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「寂しいのか」

 優しく耳をくすぐる、心の奥を見透かしたような言葉。

 低くぽつりと落とされた呟きに顔を上げると、鬼原課長が俺の顔を覗き込み、大きな手を伸ばして鼻をむぎゅっと摘まんできた。

「度量の狭い男だと思われたくはないが、お前の中であの小さな友人がそんなに大きな存在を占めているのかと思うと、少々妬けるな」
「課長……」

 鬼原課長は、いつも俺のことをよく見てくれている。
 何も言わなくても、俺がアニキのことを考えているのだとすぐに分かってしまうんだから、敵わない。

 迫力のあるヤクザ顔の表情が読みにくいのは相変わらずで、初対面の人だったら睨まれているんじゃないかと勘違いしてしまう鋭い瞳なのに、今はちゃんと、課長が俺を気遣ってくれるのが伝わってきた。

 見えない『運命の六尺褌』が、今も鬼原課長と俺の間を確かに繋いでくれている。

 胸の奥がじんわり温かくなるのを感じて、俺は笑顔で首を横に振った。

「寂しくないですよ。俺には課長がいるじゃないですか」

 スーツ姿も褌姿も世界中に自慢したいくらいカッコ良くて、とろけるくらい優しい男前兄貴がこうして俺の隣にいてくれるのに、寂しいなんて言ったら罰が当たる。

 思ったことを正直に伝えただけなのに、厳ついヤクザ顔をあっという間に真っ赤にして目を逸らしてしまった課長が何だか可愛くて、飲み会が始まったばかりじゃなければ今すぐ押し倒してえっちな悪戯をしたい気分だった。

「最近ちょっと、課長が可愛いです」
「上司をからかうな」

 最初は同性に恋をする自分なんて想像もできなかったけど、課長と付き合うようになったからといって何かが変わる訳でもなく、やっぱりこういうところは俺も男だなと思ってしまう。

 アニキのおかげで手に入れることができた今の幸せを、大事にしなければ。
 鬼原課長が今まで俺を想っていてくれた気持ちの分だけ、俺もこれから、ちゃんと課長に気持ちを返していかなければ。

 そう決意してジョッキに残った雄汁を勢いよく飲み干すと、頭上から聞き覚えのあるのんびりとした声が降ってきた。

「そうそう、いちろにはかちょーさんがいるもん。さびしくなんてないもんね」
「!?」
「でもこういうちょっとした不安も恋のだいごみなんでしょ? 兄上がいってた!」

 恐る恐る、顔を上げてみた視線の先にはプリッとした桃色のケツ。
 俺以外の人間には何も見えていないのか、テーブルの上にふよふよと浮かぶそれに騒ぐことなく、皆それぞれに盛り上がっている。

「おもらししたことかちょーさんに怒られちゃったかなって心配してたけど、いちろがしあわせそうでよかった」
「……」
「おれはまだこどもだからよく分からないけど、恋って通販のあたらしい商品が届く前のドキドキ感に似てるっていうもんね。いいよね〜」
「……」

 のんびりと訳の分からないことを言いながら小さな羽根をぱたぱたさせてテーブルの上に降り立ち、皿の上に盛られたソーセージに目を輝かせると、端っこをカプッとひとかじり。

 まだ、幻覚が見えるほどには酔っていないはずなのに。

 俺の目の前には、役目を終えて故郷に帰っていったはずのちびっ子妖精が大きな瞳をクリッとさせて、硬直したまま動かない俺を不思議そうに見上げていた。

「いちろ?……へんだな、ヨクミエールとキコエール足りなかったかな」

 俺が驚きのあまり固まっているとは思いもしないらしいちびっ子は、無反応の俺に首を傾げて、俺の飲んでいた酒に薬を追加するつもりなのかもぞもぞと小さな褌の中を探り始める。

 俺は、光の速さでテーブルの上のちびっ子を捕まえると、勢いよく立ち上がった。

「田中?」
「やんっ! いちろ、らんぼうひどい! はなしてよー!」

 いきなり立ち上がった俺に、当然のことながら皆の視線が集中する。

「おお? 余興でもする気かはむケツ」
「そういえば眞木さんがソーセージ芸を伝授したらしいですね」
「ちょっと! つまらない芸で場を盛り下げないでよね!」

 すっかりイイ感じで盛り上がっている皆を心配させず、雰囲気を壊さないようにこの場から立ち去るにはどうしたらいいのか。

 一瞬であれこれ考えた結果。
 何故か俺の口は、いくつか頭の中に挙げられていた口実の中で最悪のものをチョイスしてしまっていた。

「ムラムラしてきたので、ちょっと抜いてきます!」
「!?」

 隣の席で鬼原課長が飲みかけのビールを盛大に吹き出したのが分かったけど、今はそれをフォローする余裕はない。

 片手にジタバタと暴れるアニキを握り、もう片方の手で鬼原課長の腕を引いて立たせて。
 「では! すぐ戻りますので!」と告げると、俺は課長を引きずるようにして席を離れ、フロアを出た廊下の奥にある『盛り部屋』へと直行したのだった。



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