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 絶妙なタイミングで格好良く登場したちびっこヒーローは、ぷりっとしたケツの後ろで小さな手をぱたぱたと振って「いちろ、いちろっ」と何かの合図を送ってきた。

 どうやら、自分の降り立つ場所を要求しているらしい。
 それに気付いた俺がそっと両手を差し出すと、ちびっこ妖精は満足げに手の平に降り立ち、瞬きも忘れて硬直しているおかっぱ眼鏡に向かって高らかと叫んだ。

「一寸の虫にもっ!」
「……?」

 そこまで言って、とうとうっ!と二回ほど格好良さげなポーズを取り直した後で、ちびヒーローがもう一度おかっぱ眼鏡を見上げて叫ぶ。

「六尺のたましい!」
「??」

 もう一度決めポーズをピシピシッと取って、やんちゃ坊主は両手を斜め上にシャキッと伸ばす格好いいのかダサいのかよく分からないポーズで動きを止め、ぷりんっとしたケツを俺の方に突き出した。

「正義のふんどし妖精、アニキちゃん! 見! 参っ!……とうっ!」

 とうっと勢いよく俺の手から飛び上がって一体どうするのかと思えば、一応ここで自己紹介は終わりなのか、ちびっこヒーローは登場した時と同じように小さな羽根をぴるぴるさせて俺の目の前をふよふよし始めた。

 どうやらこいつは、あの決めポーズのためだけに、俺の手の上に立ちたかったらしい。

 謎の決めポーズはともかく、さっきの決め台詞だとどう考えても俺が“一寸の虫”っぽくて、助けられても何だか微妙な気分だ。

「おい」
「やんっ」
「お前ちょっと太ったんじゃないのか」
「お尻さわっちゃダメ!」

 里帰りする前より心なしかむっちりしたような気がする尻を、後ろから指先でツンと突いてやると、ちびっ子妖精は顔を真っ赤にして両手でケツを押さえた。

「だって、褌妖精の国の食べものはとってもおいしいからいっぱい食べちゃったの。いちろにもおみや持ってきたよ。えっとね……どこだったかな」
「……どうして人への土産物を褌の中に入れちゃうんだよ」
「このふんどしは収納力が魅力のタイプだから大丈夫! いっぱい入るもん」
「そういうことじゃなくて」

 ああ、全身から力が抜けていくこの感じは、久しぶりだ。
 このちびっ子が帰ってきてくれただけで、心の奥がじんわり温かくなって、癒される。

「――何ですか、それは……」
「!」

 お土産を探して褌の中をごそごそと探るアニキを凝視して、すっかり存在を忘れられていたおかっぱ眼鏡の青年が、自分の目が信じられないといった様子で恐る恐る手を伸ばしてきた。

「人形……? 自力で浮遊できるなんて一体どんな仕組みに……」

 大きな手から逃れたアニキが、ササッと俺の後ろに回る。
 俺を助けに来てくれたんじゃなかったのか、お前は。

「どうなってるんですか? 誰かがどこかで操縦をしているんですよね?」

 おかっぱ眼鏡は、アニキのことを最先端技術を結晶化させた人形か何かだと思っているらしく、ちょこまかと飛び回るちびっ子妖精をガン見して視線を離そうとしない。

 よく考えてみたらアニキが俺以外の人間の前に姿を現すのは初めてのことで、こんなに簡単に人前に表れてしまって大丈夫なのかと不安になった俺は、肩の上にちょこんと立ったアニキにこっそり確認せずにはいられなかった。

「こんな思いっきり姿見せちゃって大丈夫なのか」
「だいじょぶ。ちゃんとかんがえがあるの」
「考え?」
「たしかずっと前に褌妖精ショッピングで買った『ワスレール』があったはずだから、それを飲ませればおれのこととか全部忘れちゃうんだよ」

 飲んだだけで記憶がなくなってしまうなんて、何とも怪しくて危険な薬だ。
 人体にどんな影響があるのかも分からない怪しげな薬を使うのはどうかと思うが、今はその薬に頼るしかないから、仕方ない。

「いちろはかちょーさんに会いに行くんでしょ? ここはおれにまかせて!」
「褌ごそごそしながらそんなカッコイイことを言われても……」
「『ワスレール』どこにしまったかわからなくなっちゃったの。暗くてよく見えない」
「……」

 ごそごそと褌の中を探りながら、ちびっ子妖精はもう一度「だいじょぶだから」と言って、クリッとした大きな目で俺を見上げてきた。

「いちろはちゃんとかちょーさんのところに行かなきゃダメ」
「アニキ……」
「はやく、行って!」

 褌の中で何かを探り当てたらしいアニキが、小さな羽根をパタパタッと羽ばたかせておかっぱ眼鏡青年の目の前に飛び出していく。

「きのこ眼鏡! おれがおあいてです!」
「きのこ眼鏡!?」

 すっかり混乱した様子の青年がアニキに気を取られている隙を狙って、ちびっ子妖精がもう一度早くこの場から立ち去って『CLUB F』に向かうようにと合図を送ってくる。

「――さんきゅ、アニキ」

 こんなに小さなやんちゃ坊主が、俺のために身体を張って一生懸命頑張ってくれているんだ。

 だったら、俺も、今自分にできることを精いっぱい頑張らなくちゃ。

「あっ! タナカさん! 待ってください!」

 背後から追ってくる声を振り切って、俺は全力で駆け出し、薄暗い路地を抜けて褌兄貴たちの集うあの店へと向かったのだった。



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