オオカミ課長にご用心・前編。


 どうしてこんなことになっているんだろう。

「課長……、大神課長っ!」

 いくら俺がゲイだからといって、出張で泊まったホテルのベッドの上で服を剥かれ、突然野獣化した上司にのしかかられるなんて完全に予想外の展開だ。

 最近決まった相手がいなかったし、欲求不満で変な夢でも見ているのかもしれないと思いたいけど、夢にしては伝わってくる感触がリアル過ぎる。

「可愛いな……宇佐木」
「やぁッ、駄目……!」

 乳首に軽く歯を立てられ、小さな痛みと同時に広がる快感に身体をビクビクと震わせた俺の目には……。

 獣の耳と尻尾を生やした大神課長と、窓の外から俺達を覗く丸い月が映っていた。


○●○


 中肉中背、真面目で温厚な性格。
 こざっぱりとした短い髪と奥二重の目が誠実さを感じさせるが、特に印象の残らない、どこにでもいそうな平凡な営業マン。

 それが、カレス商事の大抵の社員が大神課長に対して抱いているイメージだろう。

 入社三年目で営業課に配属されて大神課長の下で働いている俺も、課長を上司として信頼しているけど、別に男としての魅力を感じたことはなかったし。
 だからこそ、課長との二人出張で、いつも出張で利用しているホテルにツインルームひと部屋しか空きがないと言われた時も、課長の了承をもらって特に何も考えず予約を入れたのだ。

 元々俺の好みのタイプは逞しい兄貴系だし、大神課長に当て嵌まるストライクゾーンといえば三十代半ばという年齢くらいしかない。
 間違っても、おっとり優しい課長相手にそんな気にはならないだろうと思ったから。

 ――それなのに。
 取引先との打ち合わせを終えホテルにチェックインした後で。部屋でちびちびと飲み、交互にシャワーを浴びて就寝した……と思っていた数時間後に、予期せぬ出来事が起こったのだ。


「ん……?」

 慣れないホテルのベッドで浅い眠りの中にいた俺は、身体の上にずっしりと何かがのしかかってきたのを感じて目を開いた。

「大神、課長?」

 身体の上にいた“何か”の正体は、大神課長だった。

 トイレに起きて、寝ぼけて俺のベッドに潜り込んできたのかと思ったけど、どうも様子がおかしい。

「課長〜、重いですよ。……ん?」

 胸に埋められた頭を押しのけようとして、俺は予想外の感触に首を傾げた。

「何コレ」

 “月見酒”なんて騒いで、カーテンを閉めるのを忘れて寝てしまったせいで、窓からは月明かりが差し込んでいる。
 うっすらと明るい室内で目をこらして見ると、短く刈り込まれた課長の髪の間からは、何やら獣の耳らしき物がヒョコッと生えていた。

「え? 何? 耳……?」
「引っ張るな。痛い」
「ええっ!? ほ、本物!?」

 獣の耳だけじゃない。
 よく見ると、課長の尻からは犬のような大きな尻尾が生えてパタパタ揺れている。

「宇佐木」
「はいっ!」

 これは一体どういう夢だろうと混乱する俺の身体を組み敷いたまま、大神課長は首筋に鼻を近付け、犬のようにスンスンと匂いを嗅いできた。

「かかか、課長、これは一体……」
「お前……発情期の匂いがするな」
「発情期っ!?」

 確かに最近相手もいないから自己処理するしかなくて、ムラムラするようなことはあったけど。
 そんなことが匂いで分かるんだろうか。
 というか、その耳と尻尾は一体何なんだろう。

 パニック状態の俺を見下ろして、獣耳を生やした課長は突然、寝間着代わりにしていた俺のTシャツをめくり上げ、ザラリとした舌で胸を舐めてきたのだった。

「ひぁっ!……な、何するんですかっ」
「堪らない匂いだ。甘ったるくて、嗅いでいるだけでおかしくなる」
「備え付けの石鹸の匂いですってば。課長、寝ぼけてないで目を覚まして下さい!」

 寝ぼけているにしては、タチが悪過ぎる。
 いや、もしかしたら寝ぼけているのは俺の方かもしれないけど。

 のしかかる身体の下から逃れようともがいても、思っていた以上に頑強な課長の身体は微動だにしなかった。

「課長……」
「じっとしていろ。気持ち良くしてやる」
「っ!」

 囁きだけでイカされそうな、低音のハスキーボイス。

 今になって初めて、俺は課長が“特に印象に残らない平凡な営業マン”なのではなく、印象を残さないようにわざと気配を消して生活していたのだということに気が付いた。

 いつもピチピチと窮屈そうなスーツの下に隠されていたのは中年男性の弛んだ脂肪などではなく、鍛え上げられた筋肉質な身体。
 肌の上に舌先を這わせながら俺を見つめる目は、普段の温厚そうな上司の気配が完全に消えて、獰猛な獣の目になっている。

 獣の耳と尻尾以外に外見が変わった訳ではないのに、今の大神課長は全身から匂い立つような雄のフェロモンが溢れていた。

「美味そうな身体だ」
「あ、んッ!」

 ざらついた舌が胸の小さな突起を押し潰し、クリクリと器用にいたぶる。
 下半身に伸ばされた手が下着の中に差し入れられた時には、俺のペニスは既に芯を持って硬く育ち始めていた。



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