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意外な事に、バジル隊長は上機嫌な様子で仕事を続けながらニッと眩しい笑顔を俺に向けてきた。
「お前、寝言で“バジル隊長みたいな有能な上官の下で働けて幸せです!机に向かってバリバリ仕事してる姿に惚れ惚れしちゃいます!男前過ぎます!”なんてずっと言ってたらしいな」
「へっ…!?」
「やめろよ〜。恥ずかしい奴だなぁ。そんな事同期に聞かれたら照れるだろ」
「……」
ありえない。
例え寝言でも、俺がそんな事を言うはずがなかった。
だって机に向かってバリバリ仕事してる姿なんて今まで一度も見た事がないし。
ひと度戦地に出れば、味方も震え上がる程の鬼のような働きぶりを見せるが、実戦以外では全く働かないヒトなのだ。
昨日働く隊長の姿を夢に見た時だって、あまりの違和感に、すぐにこれは夢だと認識してしまったくらいだ。
「まー俺も、そこまで言われちゃ働かねーってワケにもいかねぇからな。ホラ、昨日クラウスから回って来た書類、片付けたから持って行ってくれよ」
「…はぁ…」
…なるほど。
適当に褒めて、隊長をヤル気にさせる作戦か。
頭脳派筆頭の呼び声高い二番隊隊長どのに、まんまと乗せられてしまったらしい。
隊長が仕事をしてくれるのは嬉しいけど、自分の気持ちが誤った内容で伝えられたのはちょっと悔しかった。
「隊長」
「あ?」
「…俺、バリバリ仕事してなくても、隊長は十分男前だと思ってますから!隊長よりイイ男なんていないですっ!今までどおりの隊長でも、ちゃんと好きですからっ!」
「……」
一瞬の沈黙。
あれ?…今、もしかして、流れに乗ってとんでもない発言をしてしまった…?
恐る恐る視線を向けると、驚いたまま固まっていたバジル隊長の顔に、パッとヒマワリの笑顔が咲いた。
「バ〜カ。何必死になってんだよ」
「…だって…」
本当に、仕事をしてもしなくても、貴方が好きなんです。
「そんな心配しなくても、お前の仕事干したりしねぇって」
「はっ!?」
「とりあえず片付けたかったのはクラウスの書類だけ。後は全然手ぇつけてねーから、いつもの通りヨロシク!」
「え、ちょっと…」
「じゃ、俺ちょっとその辺で朝メシ食ってくるから」
「隊長!?」
鼻歌まじりに執務室を後にするバジル隊長。
そうか。告白のタイミングを間違えてしまったのか…。
一人残された執務室で、手付かずのまま積まれた書類の山を眺めながら、それでも俺は何となくホッとした気持ちになっていた。
いいんだ。今のままで。
事務仕事をとことん嫌う気まぐれな上官の下で、苦労しながらも“隊長は俺がいなきゃダメなんだ”って思える毎日が、俺にとっては幸せなんだ。
「うん。今日も一日頑張ろうっと」
二番隊へ持っていく書類を抱えながら、いつもよりちょっと前向きな気持ちになって、小さくそう呟いた。
気まぐれ上官と俺の、新しい一日の始まりだった。
end.
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