一方、傘…と聞いて神楽は脱出するにもできずにいた。
( まさかバカ兄貴じゃねぇだろうナ )
自分を探してあるってるというのには疑問を持った。なぜなら神威は自分に興味がない、と神楽は思っているからだ。
だが気まぐれで動く兄の事だから何があるか分からない。
急に勢いがなくなった神楽に他の女の子達にも不安が再び訪れた。
神楽のように体が頑丈という訳でもないので、代わりに体でベニヤ板に突っ込む訳にもいかない。
「神楽ちゃん大丈夫?顔色悪いわ…」
「だ、大丈夫ネ!ただちょっとお腹減っただけア……、」
―ぐきゅぅぅぅぅぅ〜
強がりを言って誤魔化したつもりが、嘘はつきたくないと言うばかりに神楽のお腹から可愛らしい音が聞こえてきた。
最高に恥ずかしくて神楽の顔は耳まで真っ赤になった。
「あ、う、あぁ…」
―きゅるきゅるきゅぅぅぅぅ
止まる事なく響き渡るお腹。
それは見張りをしていた男二人の耳にも入っていた。
「? なんだ、この音」
「女達を囲ってるベニヤ板の向こうから聞こえてきたぞ」
「はっ!まさか何か画策している音なんじゃ」
( 違うアル。腹の音アル )
―きゅるるくきゅるる〜
まるで呼吸をするかのようにずっと鳴り続ける腹の虫。約丸一日食べてないようなもんだからお腹が減って当たり前だ。
「ちょって様子見てこいよ」
「あぁ……わっ!ちょ、お前誰だ!」
外が急に騒がしくなった。
一瞬にして空気が張り詰めて、神楽達を攫った犯人達の他に第三の勢力が介入してきたのか。
喧騒だけを頼りに状況を把握すると、どうやら見張りは呆気なくやられたらしい。
まさか本当に神威が?
でも神楽達がいる場所は目を欺かせる構造でできているので、音を出さなきゃ怪しまれはしない筈。
そう、音を出しはしなければ……。
―ぐぴゅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜ぴゅっ
「…………」
皆、固唾を飲んで息を殺している空間に摩訶不思議な音が鳴り響いた。
神楽の腹の虫は空気を読まなかった。
音がした方へと、足音が近付いてきてピタリの手前で止まった。
( ヤバい!助けて、銀ちゃん…。 )
夜兎の力も出ない今、女の子達は疎か自分の身でさえも護りきれる自信がない。
何時も助けてくれる雇い主の名前を心の中で叫んでみたが、来る気配もない。
刀がサクッとベニヤ板を貫通して、円を書くように刃が流れた。
丸くくり貫かれた板が神楽側に落ち、ついに恐怖を与えてきた人物との対面となる。
「あ、いたいた。さっきの生き物みたいな腹の音はテメエかクソガキ」
「……サ、ド?」
神楽が呆気にとられているうちに、沖田は他の女の子の拘束具を外し、手を取り穴から出してあげた。
「恐らくそこら辺に真選組の人がいやすから。その人に訳を話して保護してもらってくだせェ。俺の事はご内密に」
女性達はまるで王子様を見るような目で沖田を見た後、お辞儀をして境内から出て行った。
その場限りの関係だったからもう会わないかもしれないけど、怪我がなくて良かったと思いながら神楽はその背中を見送った。
「さーて、誘拐されてた人は全員逃げたし後はどう官僚のおっさんを誤魔化すかだなー」
「ちょい待てコラァァァ!わたしがまだ残ってるだロ!手!手のやつ外せヨ!」
穴を潜り、外に出ようとする沖田に神楽は目を吊り上げて怒鳴った。
「あぁん?何でチャイナだけ手錠してんだよ。他の奴らは布とかだったのに。流石の俺も鍵のねぇ手錠は外せねぇよ」
夜兎だという事で神楽だけが力を抑制させる特別な手錠をつけられていた。
なんとか立ち上がろうとしたが、手を使わずに立ち上がる事は意外に難しい。
沖田に手を借りるのも癪だと思い、なんとか一人で頑張ってみる。
だが、
「うわっ」
コロン、コロンと転がって上手く立てない。
これ以上沖田の前で惨めな思いはしたくないと思い、ふてくされて芋虫のようにペッタリと床にうつ伏せに寝転んだ。
沖田も虐めすぎた、と溜め息を付き再び神楽側へと足を踏み入れた。
「ほら、起こしてやるから」
「いいアル。お前の施しは受けないネ。銀ちゃんが助けに来てくれるの待つアル」
なんか面白くない気がした沖田は、いきなり神楽を脇に抱え、暴れるのも無視し、穴から放り投げた。
その後自分も穴を跨ぎ、再び神楽を抱え境内を出た。
「はーなーすーアール!」
足をばたつかせうるさい神楽をやっと下ろしてやった。
「借り1、な」
ニヤリと沖田は言う。
「わたし頼んでないアル!」
―ぐるるるるる〜
「だって旦那が来るって保障はねぇじゃん」
「来るヨ!銀ちゃんは絶対!それに一人でだって逃げ出そうとしてたアル!」
―きゅるる〜きゅぅぅぅ
「はいはい、さっきだるまみたいに転がってたのはどこのチャイナだったかねィ」
「あ、あれは…、そ、そうネ!わざとアル!運動不足だったから!」
―ぐきゅるるるぅぅぅ〜
「……おい、さっきから3人で喋ってるみたいなんだけど。どうにかなんねェの、その腹の音」
「何か食べたら大人しくしてるアル。ファミレスで良いカ?」
「なに?テメエが奢るみたいな言い方。どうせ金持ってねぇんだろ」
「うん。サド、ご馳走になるアル!………あ、あとネ、」
「ん」
にかっと笑い、顔を俯かせ小さい声でありがと、と言った神楽の声が鈴のようだと沖田は鼓膜に焼き付けた。
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