09



沖田と神楽は取り敢えず近所のスーパーに来た。まずは夕食を買って、それから神楽の提案で少し遠めのケーキ屋に行こうという話しになった。
前に妙やそよ、九兵衛と食べに行った時にとてもおいしかったという事をそれはもう楽しそうに沖田に話して聞かせた。

神楽は大盛り弁当を2つカゴに入れ、別に大盛りじゃなくて良かった沖田は一つ返そうとしたらそれは自分のだと言われ色々気持ち的に萎えた。どこに大盛り弁当を2つ食べる女がいるんだと、真面目に考えてみた自分があまりにもバカバカしくて止めた。

「お前の胃袋はなんなんでィ」

「別に普通アルよ?」

今度はお茶をカゴに入れながらニヤリと挑戦的な目で見られ、沖田も同じようにニヤリと返した。

「お前が男のくせに小食なだけネ」

自分はそれなりに食べる方だとは思う。いや普通だ。胃拡張チャイナ娘からすると自分は小食に位置付けられるのか。次々ポテチを放り込んでくる今の状況を見て嫌に納得した。

レジを済ませ買った物を袋に詰め、出口にと足を進めたその時―

横で袋詰めをしていたが上品そうな高齢の女が、がたいの良い男にぶつかられ、荷物を全部落としてしまった。その男は誤りもせず逃げるようにそのまま店を去っていく。
周りの客もその男に非難めいた視線を送りはするが、直ぐに手伝おうとはせず「態度悪い人がいるもんね」ともう姿のない奴の陰口をたたいている。
そんな事をしてる隙があるんなら、屈んで散らばったものを拾う事位しろよと沖田は思いながら落ちている品物に手を伸ばそうとした。


だがそれよりも早く、困ったように床に散らばった野菜やらをかき集める婆さんの横にすっと神楽がしゃがんだ。

「おばあさん手伝うネ!」

普段はジャイアニズムで大食いだけど、いつも誰よりも先に人の為に動く奴だった。でも大体は空回りして沖田も巻き込まれる事になる。
――そんな所が好きなんだよな
と、思って我に返ると急に恥ずかしくなり口を右手で塞いで神楽の隣に座った。


「あーっ!たまごにヒビが!」

「良いよ良いよ。ありがとねお嬢ちゃん」

と言われた直ぐに神楽がヒビで済んでいた卵を叩き落として3つ程犠牲にしていた。
慣れてしまった展開に今日も巻き込まれてしまう事になりそうだと、沖田は溜め息を吐いた。

「すいやせん。卵弁償しやす」

「大丈夫よ。気にしないでね、ありがとう」

神楽の変わりに手早く集めて袋を婆さんに差し出した。
横で神楽がお前が人助け?という目で見ていたのに気づいた。ここで気圧される沖田ではないので、その視線を軽くスルーしてお婆さんに笑顔で大丈夫でした?と尋ねた。

「ありがとう。兄妹?妹さんも優しければお兄さんも優しいのね」

「「え」」


何度も礼を言い頭を下げながら去って行くお婆さんを見送った。二人の間には微妙な空気だけが残る。
行こうと声を掛けると、小さく頷き神楽は付いてきた。







「こんな奴が兄ちゃんなんて絶対嫌アル」

「俺の妹ならもっと可愛いはずだぜィ」

味はどうか分からないが見た目は色とりどりのケーキを購入し帰路についていると、今まで触れなかった話題が急に上がってきた。
まさか兄妹に見られるとは。

「サドは間違いなく末っ子体質だロ。お姉さんいるしお兄さんって柄じゃないネ」

「うっせーな。それ言うならてめぇも末っ子体質だろ。ん?……確かお前にも兄貴いなかったっけか?」

「うん。いるヨ。今何してるか分からないアルけど」

神楽の兄は家に帰ってこないと何時だか聞いた事がある。沖田家とはまた違う兄妹関係みたいだ。
仲が悪いのかと訊ねると別にそういう訳でもないらしい。可もなく不可もなくというこれまた微妙な答えが返ってきた。


「生きてるとは思うんだけどネ」

「冷めてんなぁ」

「だって兄貴のやつ無一文で家出てったアル。私が中国に住んでる時だったんだけど、今は日本にいるって風の噂で聞いたネ」

立ち入って聞いて良い事なのだろうかと沖田は迷った。
兄の事を話す神楽の表情が一瞬辛そうに歪んだのが見えたからだ。

「…チャイナの兄貴なら道端でくたばるって事ねぇだろ」

そう返すのが精一杯で、自分でも無難すぎる言葉を選んだものだと思った。

可もなく不可もなく、らしい神楽と兄の関係と、こんな事位しか言えない自分と神楽の関係は大差がないんじゃないかと沖田は自嘲するしかなかった。

そうかもしれないネ、と笑って返してくれた神楽に救われた気がした。






話している間にいつの間にか自分達のマンションに着いていて、神楽が携帯をポケットから取り出し時間を確認する。

「お姉さんもう帰ってるかナ?」

「あー、一応寄ってみるかィ?」

「ん」

家にケーキを招いたら食べちゃいそうだという神楽の言葉に呆れながらも笑った。

インターホンを鳴らしてみたが隣室からは返事は無い。
やっぱ留守かと踵を返そうとしたら、ガチャリと鍵が開く音がした。


「あ、こんばんは。隣り……の?」

「? サド?」

扉を開けたのは前に俺達を迎えてくれたオネイサンじゃなくて、なぜか初対面の気がしない男だった。



「隣り?何?突撃隣りの晩ごはん?ごめんネ、うち晩ご飯まだなんだ」

「いや、よねすけでは無くて」


男のくせに桃色の髪。優男みたいにニコニコ笑ってるこの男の第一印象は『どこか取っ付きにくそう』だった。
お姉さんが彼氏と断言できない男がコイツなのだろうかと頭の隅で考えた。
沖田がどうしたものかと考え倦ねていたら、後ろからドサッと何かが落ちる音がした。
振り向くと神楽が弁当の入ったスーパーの袋を手から落としていた。

「チャイナ?」


「か、かむい…」

「ん?あり?神楽?」


(知り合いか…?)

無条件で名前を呼ばれているカムイという男になんか黒い気持ちを抱き、チラリと鋭い視線を向ける。
さっきまで笑って目を細めてたから気付かなかったけど、驚いて見開いた男のその目を見て漸く二人の関係を理解した。

同じ髪と瞳の色。

ついさっき話題に出たチャイナの兄。


「凄い久しぶりだね。何でここにいるの?」

チャイナはぽかんと口を開けて放心していた。思いがけずの再会で思考が追い付いていないようだ。

「チャイナ」

軽く小突いてやると、はっと覚醒したらしく、落とした袋を拾い俺の裾を引っ張ってきた。

「帰るアル」

「え、ちょ、え。帰るって、コイツチャイナの兄貴だろィ?」

怪力に逆らえる訳もなく、有無も言わせずに自分達の部屋に引きずり込まれた。
リビングのテーブルに買い物してきた物を置き、立ち竦む神楽の顔を覗き込んだ。

「俺達姉弟もよく似てるって言われるけど、チャイナ達も似てんだな」

「…うん。顔だけナ」

「何で逃げるようにして帰ってきたんでィ。折角の再会を」

「………」

神楽の白い肌には汗が流れており、一見冷静のようで内では恐怖と闘っているように険しい顔をしていた。

「おい、どうしたんだよ」

「……。何でもないヨ!お弁当落としちゃってグチャグチャなっちゃったって思ってたアル」

「あ、本当だ。グチャグチャだね」

「「……!!」」

神楽と沖田が驚いて後ろを振り返ると、そこには何食わぬ顔して立っている神楽の兄・神威がいた。

「な、なんでお前がここにいるんだヨ!」
真っ当な言い分をした神楽に沖田も思わず頷く。

「いや〜、今日アイツんとこに彼氏来るらしくてさ。今晩どうしようって思ってたら神楽に調度会って。ね、今晩泊めてよ」

「やだネっ!サドっ、塩捲け塩!」

「あいよー」

「……ってどこ行くネ」

「久しぶりの兄妹の水入らずだろ。今日俺、姉ちゃんとこに戻るからごゆっくり」

「ちょ、サド!」


沖田はさっきまでの神楽の様子を見て神威を追い返すか、話しをする時間を与えるか迷い、考えた末後者を選んだ。
仲違いをしたって兄妹。
沖田は3Zでも仲の良い兄弟しかみていなかったからか、“話せば分かる”という気持ちだった。

神楽と神威
思っている以上にその溝は深く、複雑だという事に沖田が気付いたのは自分が巻き込まれてからだった。




――…
―――……



「……今まで何やってたアルか」

「色んな女の家を転々とね」

「紐かヨ。男の風上にも置けないネ」


ソファの上に胡座をかいて座り、神楽は一度も神威に目を向けないでいる。
それを気にする事なく、神威は向かえのソファに腰掛け久しぶりに再会した妹を興味津々といった目で見ていた。

「バカ親父は元気?」

「最近会ってない。でも仕事仕事言ってるから元気なんだと思う」

「ふーん」

質問して終わり。
口下手な方ではないのに途切れるのは、会話する意思がないから。

「佐渡くんだっけ?アイツ神楽の彼氏?一緒に住んでるんでしょ?」

「…ちがうアル」

「へーえ、違うんだ?でも神楽は満更じゃないんだろ?」

「………」

「こっちではちゃんと相手してもらってるんだろうね。神楽は一人になるとすぐ泣いてたからなぁ。弱っちぃんだよね」

「……、ろ…」

「一人になりたくないなら、佐渡くんが求めてきた時ちゃんと応えた方がいいよ。見返りは当たり前なんだから」

「ゃ……めろ…」

「男は好きでもない女も抱けるんだ。見捨てられる前に、」

「止めろッ神威!」


閑静な空間で大声を上げた神楽の目には怒りと非難めいたものが籠もっていた。
口元をニヤリと歪ませ、怒りで震える妹を無視し、続けた。

「女は愛して貰ってないと気付くとすぐに折れる弱い生き物だ。俺達の母親だってそうだったろ?」

「マミーは違うネ!強い人だったアル。ただ体が弱かっただけで…」


自分の事は良い。ただ、母の事だけは誰にも愚弄されたくなかった。

神楽は言い返したい気持ちは沢山あったが、それが言葉にならずとてももどかしく、悔しくて涙が出そうになる。
母は兄にも神楽にも優しくて、小さい二人によく「あなた達はわたしの宝物よ」と言い聞かせていた。
そんな母の言葉を思い出し、神威に何も言えなくなったのだ。

結果、神楽はソファから立ち上がり無言で自室へと戻って行った。



「神楽」


呼び止められ、振り返らずピタリと足を止めた。


「ごめんね、ちょっと言い過ぎた」


――兄は今どんな顔をしてるのだろう
――わたしはなんで泣いてるのだろう


分かってた。
兄が父に勘当され家を出て行ったのも、自分と母親の為だって事も。

だから神楽は黙って頷き、許すしか術はなかった。





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