「そーごは、ようじょしゅみなのカ?」



爪先立ちの恋
‐ライバル出現?‐



神楽の言葉は、その場の視線を集めるのにとても容易かった。
閑静な場所である本屋の一角。ジャンプを立ち読みしていた沖田の隣に、同行していた神楽が寄ってきて爆弾発言を投下した。
―幼女?え、そっち系?―
ひそひそと囁かれるありもしない捏ち上げに、沖田は眉間に皺を寄せながら神楽にげんこつを食らわせた。

「いたっ!」

「下手な事言うな」

二度とこの本屋に来れなくなる前に撤退をと、沖田は本を手早く売場に戻し、頭を抑え涙目になっている神楽の腕を引っ張った。
ありがとうございましたーと頭を下げる店員の目は、どことなく冷めているような気がした。
居た堪れない状況で本屋の外に出る。鉄拳を食らわしたというのに、もうけろっとしている神楽にもう一遍教育的指導を施す。

「んぎゃ!いたいヨ!びーぶい反対!」

「びーぶい?DVの事かよ?」

「そうとも言うアル」


こんな単語もよく知らないガキが『幼女趣味』なんて、教育上よろしくない言葉を知っている訳がない。
変な本でも立ち読みしたのか。要観察が必要だと沖田は実感した。
神楽とよく一緒にいる所を学校の友人達に見られて、あらぬ噂がたってるというのに本当に勘弁してほしい。土方には「ロリコンじゃないって自分に言い聞かせる程真正っぽい」って言われたが知らねぇ、その後マヨネーズを屋上から絞りきってやった。

「あ、あとネ、そーごは眼帯してる中2っぽいやつとは友達アルか?」

「眼帯?……あ、あー」

「それって俺の事か?嬢ちゃん」

「あ」「げ」


後ろを振り返り、話しに乱入してきた人物の顔を見るやいなや、沖田は口を台形の形にし眉間には見事な皺が刻み込まれた。


「誰かと思ったら高杉さんちの晋助君じゃありやせんか」

「よう、沖田ァ。お前は休日の昼間っからお守りか?それともデート?」

「うっせ。去れ」

「んなつれねェ事言うなよ。別にお前等を尾行してたっていう訳じゃねぇ。たまたま本屋に寄ったら沖田とこのガキを見つけただけだぜ?」

「ガキじゃないアル!かぐらネ」


腰に手をあて、むんっと高杉の前に仁王立ちをする神楽。頭何個分か小さい神楽に迫力なんてもんは何一つもない。
様も付けるが良い、と言いそうな勢いの小学生に高杉はにぃっと笑い、脇に抱えていた買ったばっかの雑誌で神楽の頭をモグラ叩きをした。
いでっいでっと、トンカチに叩かれた釘の様に縮んでいく神楽。

「やめロ!ボコボコにしてほしいアルか!」
と、言いながらもその声は沖田の後ろから聞こえてくる。子供ながらも、高杉が放つ危険オーラを察知し一瞬で沖田の背後に隠れたのだ。
警戒心剥き出しで毛を逆立ててる猫の様だと沖田は思った。


「こりゃァ確かに……。沖田が幼女趣味って学校で噂されてもしょうがねぇなァ」

「滅多な事言うんじゃねぇやィ。チャイナは隣に住んでるただのガキ。つうかお前か、チャイナに変な事植え付けたの」

「そーごまで!ガキじゃないって言ってるアル!」


神楽を一瞥し、次は高杉に目を移すと溜息を吐いた沖田は神楽の腕を掴み歩きだした。無視する形をとる事にした沖田は、高杉をその場に置いてずるずる神楽を引きずる。


―高杉晋助
沖田と同じ銀魂高校の1年で左目に眼帯を付けている。お洒落なのか物貰いなのかは分からないが、年中だ。
近藤や土方のように常につるんでいるという奴ではないが、気も合う奴でよく沖田とサボる事も多かった。

悪い奴ではない。
悪い奴ではないのだが、どこか浮き世離れをしている所がある。

神楽と関わらせてはいけない。本能がそう告げた。












「そりゃぁ気をつけた方が良いぞ総悟」


昼休み。ミツバお手製の弁当を広げ突いていると、前の席に土方がどっかりと座った。部活の予定を知らせに来ただけみたいだが、昨日の出来事を話したら思いの外食いついてきた。


「高杉は良い噂がねェ」

ちらっと登校してない高杉の席へ視線を移しながら話す。

「寝取られるぞ」

「誰を」

「え、チャイナを…?」

「ハッ」

鼻で笑った沖田に土方は多少なりともカチンときたらしく、何かあっても知らんからなとマヨデニッシュをむさぼり始めた。
暫し考えに耽ってると、引っ掛かる事を思い出した。


「あれ?高杉って彼女いやせんでした?確か来島って言うタメの」

「あー、なんか付き合ってはいないみたいだぜ?」

「へー。今の若者は性が乱れてると言いやすが、特定の女を作らずフラフラしてんのはいかがなもんですかねィ」

「総悟、お前歳いくつ?」



沖田ぁとクラスメイトが気怠けに自分を呼ぶ声に気づき、声の方に顔を向けると金髪の気の強そうな女が立っていた。
擦れ違ったクラスメイトには「また告白かよ、たまには俺にも回せよなァ」とふざけた事を言われたが、恐らく違う用件だろう。

「あんたが沖田総悟っスか?」

「…そうだけど」

「ちょっと面貸すっス」

顎で指された場所は裏庭。




――…
―――……




「早速本題に入らせていただくっスが、沖田総悟、お前彼女の躾ちゃんとやってるっスか?」

「は?」

彼女なんていないのだから沖田にとっては何のこっちゃの話しである。
とぼけている訳ではないが、来島には知らないフリして逃げようとしているように感じたらしい。閑静な裏庭で甲高い怒鳴り声が響く。


「お前の彼女が晋助様をたぶらかしてるっスよ!口を開けば神楽、神楽って……。調べたらお前の女だって言うじゃないっスか」

「かぐ、チャイナは……そんなんじゃねぇやィ。それにチャイナは小学生ですぜィ」

「小、学生……?」






**



「くそっ、次は絶対よっちゃんには負けないアル」

小学生にとって給食は戦争である。神楽は強者のみが食す事が許される『欠席者のプリン』を手に入れるべく、ジャンケンという名の合戦に参加した。だが、結果はあえなく惨敗。
過去は振り返らない。そう決めている神楽であったが、あの2ヶ月に1回のペースで出る濃厚プリンだけはどうしてもこの手に勝ち取りたかった。
悔しさを引きずり、6年生にしては背負われてる感が否めない大きいランドセルをガタガタいわせて大股で歩いていた。


「小学生は早帰りで良いなァ」

「うおっ。昨日の眼帯の兄ちゃん。しんしゅつきぼつアル」

「今なら沖田もいねぇと思ってな。アイツいると邪魔だ」


――知らない奴にはついていくな

耳にたこができるのではないかという位沖田に言い聞かされていた神楽。

どうしよう、知らない人ではないけど一度会っただけだし。
固まったままで神楽の頭はぐるぐると思考を巡らしていた。


「なぁ、どっか遊びに行かねぇか。ランドセル背負ったままでも遊べるとこだけどな」

「お、お前は危ないよかんがするネ。そーごに言ってからじゃないとあそばないアル」

「ガード固ぇなァ。保護者に断りが必要なのかよ。沖田には後で言っといてやるから行こうぜ」

「やーアル!そーごっ、そーごォォォ!」

高杉に腕を捕まれ大声で叫ぶ神楽。変質者対策に防犯ブザーを持ってはいたが、さすがに沖田と同じ学校の人に使うのは躊躇われた。
苛々しながら、喚く神楽の頭を鷲掴み無理矢理こちらを向かせ噛み付こうと少し口を開けた瞬間だった。

「! ギャァァ、食べられるアルゥゥ!」



「ソイツはうまくねぇぞ、っと」

「っ、」


高杉の背中にゴスっと音がしたと思い、神楽がそーっと高杉の背後を見てみると明らかに機嫌が悪い沖田が立っていた。どうやら携帯を投げたらしく、沖田の黒い携帯が地面に無残に転がっている。
沖田の後ろには金髪の女が立っていてポカンとしていたが、直ぐに正気に戻り高杉に駆け寄った。

「晋助様ァァァ!大丈夫っスか!」

入れ代わりに涙を溜めた神楽が、小さい子が母親にするように両手を広げて沖田目掛けて走ってきた。

「うぇ、っく……そ、ごぉ」

ピタリと沖田にくっついたと思えばよじよじと登り始め、無言のおんぶをせがんでくる。年に何回あるかないかのデレだ。
沖田はふぅと小さく溜息を吐いたが、それからは全く嫌悪感は感じられない。寧ろ自然の流れでおんぶをしてあげるその姿からは、柔らかい雰囲気が漂ってくる。


「ったく、直ぐに泣くんだからしょうがねえなァ。最初で最後かもしんねぇんだぞ、口説かれるなんて。喜んどけよ」

「うー……」


あ、鼻水がついた。
沖田の制服にごしごしと顔を擦り付けながら、頭を横にふる。

「高杉、テメエが幼女趣味なのは良い。そういうのは自由だし?……でもチャイナにはまだ刺激が強いみてェだから他、あたっちゃくれねぇかィ?コイツより可愛い奴なんて沢山いるだろ?」


あくまで喧嘩腰ではなく、沖田にしては柔和な言い回しをしたつもりである。
高杉はクッと微笑し、落ちていた沖田の携帯を投げて寄越しながら挑発するように沖田に告げた。


「お前の前以外だと結構可愛いぜ?じゃじゃ馬姫は」
―…そーご、そーごって必死にお前の名前を呼んでいた。


沖田は首を傾げ、今更なんだよという様な表情を高杉に見せた。


「んなのとっくに知ってらァ」

よいしょ、と沖田の背中でむくれている神楽を背負い直してじゃあな、と何事もなかったかのように踵を返して行った。







「晋助様……」

「なんだ?」

「今回はなんであんなガキに目をつけたっスか?小学生だし、晋助様はいつも……」

彼氏がいる女を狙うじゃないっスか……と言いたい所だが、口にすると惨めな気持ちになるので来島はぐっと言葉を飲み込んだ。好いている男が自分に興味を示さず、その上“人の物”が好きだなんて。


「知ってるだろ?俺の女の趣味」

「……はい」

「アイツ等今まで見た中で一番強い赤い糸で繋がってる。そういうのぶっ壊すのが俺の一番の楽しみだ…ククッ」

「…晋助様、たまにポエマーですけど、そういう所も好きっス」





おんぶ姿の兄妹みたいな二人。
今はまだ二人からすれば透明な糸が、いつか花開くように紅く色付くのは何時の事か。



おわり



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