小兎さま相互記念



「神楽、これをやる」

「何アルか、これ?」



リンリンリン



銀時から差し出されたカードをじっと訝しげに見つめる神楽の顔には、胡散臭いという文字が浮かんでいる。
あの甲斐性のない雇い主がクレジットカードなんて物を所持してる訳もないし、どこかの会員カードだとしても神楽には利用価値なんてない。
それなのに神楽が受け取ってしまったのは、カードには定春にそっくりな犬が描かれており可愛かったからだ。

「テレフォンカードって何アルか?」

「今の若者はテレフォンカードも知らねぇのかよ。まぁ、携帯とか身近にあった年代だしなぁ」

「なんだヨ!勿体振らずに早く教えるヨロシ!」

「あーはいはい、テレフォンカードってぇのはなぁ―…」





と、銀時に教えてもらった情報から公衆電話を探して見つけたは良いものの、電話をかける相手なんて誰も思い当たらなかった。父親には手紙で事足りるし、普段万事屋にいるのにわざわざ万事屋にかけるのもおかしな話だ。
銀時も新八も携帯を持っていないので、得に携帯に対する憧憬があったという訳でもない。

「使い道ないアルなー」

ただ、未体験のテレフォンカードを使ってみたいという好奇心が神楽の遊びモードに火を点けている。
10円を大量に用意しなくても、これ1枚で電話ができるとはクレジットカードより凄いんじゃないかと神楽順位で只今トップに踊り出ている代物だ。

カードをかざして歩いていたため、前方から歩いて来る人物には気付かなかったのか、正面にぶつかってしまった。
神楽は尻餅をつき、カードは地面に落下。いてて、と意識が削がれた隙にぶつかった相手に拾われてしまった。

「あ!ちょ、返すアル!……って、あ、なんだ税金泥棒カ」

「だーれが税金泥棒だ。見ての通りちゃんと仕事してんだろうが」


歩き煙草禁止と貼紙がある横で、堂々と隊服を身につけ紫煙を口から吹かす副隊長を神楽は白い目付きで見上げた。
立てと、差し出された手は銀時の手とそっくりで神楽の手より一目瞭然に大きかった。

「マヨラーのくせに紳士だナ!」

「くせにってマヨラーなめんなよ……ってオイっ!やめろ!降りろ!」


手をとったと思えば、片手で宙返り。そしてそのままストンと土方に肩車をされる体勢になる。

「やめろって言ってんだろ!ちょ、おい、じゃれんな!」

「マヨはパピーみたいアル」

20代でこんな大きな子供がいてたまるかと声を大にして言いたかったか、そう否定できないような因子があるのを思い出して頭が痛くなった。
その因子基、似たようなガキを思い出したと同時に、拾ったテレフォンカードの存在と良い事を閃いた。


「これお前のだろ?」

「そうアル!返すヨロシ!」

「かける相手なんていんのか?いないんだろ」

「うぐっ……、余計なお世話ネ!」

どうやら図星をついたらしい。
土方は髪を物凄い力で引っ張っられた。


「いててて!やめろ!しょっぴくぞ!」

「返せー!返せヨー!」

「わーったからちょっと待て!」


ポケットからペンを出し、テレフォンカードに何やらすらすらと書き出した。勿論神楽も黙ってはおらず、土方の耳元で大きな声をあげたが、もう後の祭。返された時は見覚えのない数字の羅列が黒ペンにより書かれていた。

「なんだヨこの数字?090……?」

「その番号にかけてみろ。良い暇潰しになるぞ」

「はぁ?」

意味が分からんといった顔で土方を覗き込んだ後、飛び降りまじまじと手の中のテレフォンカードを見た。
『良い暇潰しになる』という土方の言葉が引っ掛かる。ただでさえ好奇心旺盛の神楽が迷っている時間はカップラーメンより短かった。

「ま、まぁ神楽様は忙しいけど、試してやらない事もないアル」

「ついさっき凄い暇そうだったじゃねぇか」

「今忙しくなったネ!なのでマヨラーに構ってる暇はないアル。じゃあナ!マヨネーズと煙草は体に悪いから気をつけろヨ!」


落ちてた傘を拾い、脱兎の如く土方の前からいなくなってしまった。
残された土方は煙草に火を点けながら、笑いを必死に堪えて口元を歪ませていた事を神楽は知らない。










たばこ屋の横に置いてある古ぼけた公衆電話。
ドキドキした面持ちで受話器をとり、間違わないようにゆっくりとボタンを押す。テレフォンカードを入れなければ電話は通じないので、書かれた番号を暗記できなかった神楽は、たばこ屋のお婆さんにペンを借り右手に書き写した。


「090の……」


呼出し音が鳴ると神楽の心臓はさらに高鳴った。
これは相手からしてみると悪戯電話。だが土方の知り合いで暇潰しに付き合ってくれるという事は、少なからず相手はしてくれる人だという確信がある。


『――へーい』

出た!

「あー、もしもし?誰アルか?」

電話をかけてきた相手にそんな事を言われるとは思ってもいなかった電話口の男は間抜けな声を返した。

『え?……えぇ?や、テメエこそ誰だよ』

尤もな返事だ。

「万事屋ぐらさんとはわたしの事アル!」

『……万事屋?あ、もしかして』

「神楽アル!」

すると相手側の方からゴンッと大きな音がして神楽を驚かせた。どうやら携帯を落としたらしい。
何をそんなに慌てたのか分からないが、「なんでだ」とか「土方の野郎か」とかぶつぶつと聞こえてくる。
そのうちにカードの度数が減っていき、それがこのカードの寿命に近付くカウントダウンだと気づく。

「あぁぁ寿命が!カードの寿命が!早くしろヨ!」

『は?』

「なんか面白い事してくれるんだロ?マヨラーが言ってたアル」

『なんちゅー無茶振りだよ。できねーし、そんな事』


この怠そうな声、どこかで聞いた事がある…。いや、寧ろよく聞く部類に入る。
でも確定できないのはなぜか。
時折混ざる優しい笑い声とか、上司や同僚から向けられる愛情とも違うなんとも言い難い不思議な感情。
何となく人というものは自分の事を好いてるか、そうじゃないか本能で分かってしまうもの。

―コイツ……。


「お前、わたしと会った事あるカ?」

『……。お前本当に分かんねーの…?』


表情が見えないが不機嫌になった事が分かる。

「……わかんない、アル」

『分かんねーなら良い……げ、見つかった。今戻り、』

――ブチン

声が遠くなったと思いきや、いきなり切られた。プープープーと機械音を発してテレカが戻ってくる。

「何アルか……」






それから数日後、神楽はいつも定春と遊ぶ公園に赴いた。
酢昆布をしゃぶり、ぶらぶらしてるとベンチに座って鼻ちょうちんを作ってアイマスクをしながら眠っている沖田を見つけた。
またサボってんな、と近付いて見下ろしてみるとピクッと反応した。


「誰でィ……」

不機嫌丸出しのその声は、睡眠を邪魔されて明らかに苛立っていた。怯むはずのない神楽は遠慮なしに傘で沖田を小突いた。

「チャイナ?」

「そうアル」

気配で分かったのか、一発で当てられた事に驚いた。
黙って隣に座ろうとすると沖田は何も言わず、刀を反対に移動させ神楽の座るスペースを確保した。神楽も断る理由がないので大人しく隣へ座った。

「よく分かったアルな。喋ってもないのに」

「愛の大きさの違いかねィ」

「………」

「ちょ、黙んなよ。冗談だろィ」


神楽は思わず黙ってしまった。
こんな事を冗談で言える仲なのか。
そういえばコイツとの関係はなんていう名前なんだ?
友達?…そんなぬるいものか。
他人?…にしては知りすぎている。

恋人?……は反吐がでるアル。

多分好敵手が一番しっくりくるのだろう。

「つうか女だったらもっと淑やかに座りやがれ。ベンチがシーソーになるかと思ったぜィ。そんなんじゃ男できねぇぞ」

「で、できるヨ!そ、それに、わたしだってモテるアル!」

「へぇ?」


あれから電話の人とは何度か通話したけど、自分の事を好いてくれてるという考えがが色濃くなっていく。
自意識過剰ではない……と神楽は思いたかった。
なぜなら、見ず知らずの他人にあんな優しく話せると思わないから。

「あ、会った事はないけど、絶対わたしの事好き、アル」

「それ言われんの2回目だな」

「え?」

「いんや」


沖田が笑うなんて珍しい事もあるもんだ。いつもは会うとバイ菌を見るような目付きで見てくるのに。…それは神楽にも同じ事が言えるのだが。
自分のペースが乱され、落ち着かない神楽は傘の先でガツガツと沖田の革靴を突っつく。それに対しても、いてぇとだけ返す沖田に驚きよりも恐怖に似た気持ちが芽生える。
―やっぱ変アル

「度数あとどん位残ってんでィ」

「え?あ、あと6……、て、なんでそんな事知ってるアルか」


キョトンとする神楽に口が滑ったのか、或は確信的にか沖田はほくそ笑む。

「さぁな。自分で考えてみろアホチャイナ」

ペンチから立ち去った沖田、そして残された神楽。
考え巡ると、一つの結論にたどり着いた。それはあまりにも単純で、神楽にとって信じがたい事実。
ポケットに存在しているテレカ。ケチな筈の上司に貰い、一見堅気には見えない面のチンピラ警察から示された電話番号。
そして決定打は先程の沖田のしたり顔。
電話の声が面と向かって会話するより柔らかくて気付けなかったのが、神楽の最大の失態だった。

―本人を目の前になんて恥ずかしい事を言ってしまったんだ。
心中で自分へ叱咤し、ひどく後悔したが後の祭。祭ついでに自分を謀った銀時達を血祭りにしたてあげるかと、握り拳に力を入れた。
そこへ何も知らない定春がくぅんと鳴きながら、心配そうに神楽に擦り寄った。大丈夫ヨ、と我が子を撫でるような手つきで定春にいい子いい子すると定春は目を瞑り、神楽の首筋に顔を埋める。


「あと6分、電話できるアル……。何を話せっていうんだヨ。コノヤロー」


くぅん?
かけないって選択はないのかと定春は神楽にモフモフして貰いながら、首を傾げた。

されど6分、たかが6分。

神楽はすっかり暗記してしまった番号を押せなくなってしまうのだった。
しびれを切らした沖田が、たばこ屋の前をうろちょろしている神楽の首根っこを掴まえて、路地裏に引きずり込むのは数日後の話である。




―――
遅くなってしまいすいません;しかもリクエストから脱線していっちゃってますね´`書き直し受け付けます。
改めまして相互ありがとうございました。


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