二百九十五訓の少しネタバレあり



バレンタイン?誰にもあげないアル。
だって好きな奴なんかいねーモン。







「って神楽言ってたけど」


沖田が瞑想と称し、誰の目にもつかない屯所の屋根で惰眠を貪っていたら銀髪の天然パーマが梯を使ってやってきた。どうしてここに居るのが分かったのか以前に、どうやって屯所に侵入したのかという疑問が頭に浮かぶ。
アイマスクを装着してるのでそのまま寝たふりを決め込もうとしたが、吹っかけられた話題にピクリと眉を動かしてしまったのでそれは叶わなかった。


「そーですかィ」

「あれ?反応そんなもん?」

「まぁ、別に。そんなこったろうとは思ってやしたし」


沖田は神楽に期待をした事など一度もなかった。良い意味で期待を裏切られてばかりだ。自分と張り合える相手なんていなかったのに、閃光のように目の前に現れ、今は肩を並べる程である。
そんな良き好敵手と違う所は、沖田が男で神楽が女だと言う事位だと思っている。惚れた腫れたなど、自分達には縁のない話し。

興味がないという反応をする沖田を、銀時は無味乾燥といった表情で見た。


「へー、そのがっつかない感じが江戸中の女からチョコを貰える秘訣なのかねぇ」

「さっきからなんなんですかィ。俺に揺さぶりかけても何も出やせんぜ」

「え、いやーただ沖田君が何個チョコ貰ったかなーと思ってね?」


それが本来の目的か、と沖田は確信した。チョコをせびりに来たのか。
何か弱みを握った所に付け込み、その代わりとしてチョコを頂こうと計画したのだろうか。

――この人だったら何もしなくても貰えそうなものなのに

沖田は心中で思った。


「知らねぇです。数えてねぇし。適当にそこら辺の紙袋に入ってますからどうぞ持ってってくだせェ」

「沖田くぅ〜ん!さすが話の分かる奴だなァ」


明らかにそれを狙ってきたくせによく言うやと笑うと、まさかと否定された。
目的の物も手に入ると分かり、銀時は早々に屋根から退散しようとした所を沖田に呼び止められた。
別に忠告しなくても良いかと思ったが、昨年のバレンタインで沖田が貰ったチョコを食べた隊士が大変な目を被った事がある。そのチョコには毒薬が混入されていたらしく、その隊士は三日三晩寝込む羽目になった。そのようにどのような所から攘夷浪士が仕掛けてくるか分からないのだ。


「ただ変な物混じってても俺は責任とらないですからねィ。忠告はしましたから」

「まじでか。女の執念はすごいからなー。媚薬とか入ってたり?」


媚薬…―とまではいかないが、惚れ薬の類いは混ざっていた事がある。
あの時は山崎が面白い目にあってたなぁと記憶を巡らせた。
今思えばもっと有効活用すればよかったと思う。あのじゃじゃ馬娘を薬で手懐け、いっそ死んだ方がマシだという位辱めをうけさしゃあ良かったと。


「そん時は姐さんにでもやって近藤さんとの仲を宜しく取り持ってくだせェや」

「うん、俺が殺されるからね沖田くん」


銀時は真顔で言い、大きく息を吐いた後、使い慣れてるように臆する事なく梯を降りて行った。
漸く邪魔者排除に成功したかと思い、再び束の間の夢の世界へ旅立とうとした瞬間だった。
銀時がひょこりと頭だけを出した。


「あ、沖田くん沖田くん」

「はい?」

「チョコ、また来たみたい」


屋根にいるからこそ発見できた。
屯所を囲む高く聳え立つ塀の外に、落ち着きなく右往左往している桃色頭が。


「あれも俺が貰って良いの?」

「……」









「誰待ちでさァ?呼んでやるけど」


成る程。門番が居なきゃぁ、銀時が簡単に侵入できるのも頷けた。今日は土方が遠くへ出張している為に隊が緩んでるのかと沖田は納得する。沖田自体は留守だろうとなんだろうと、土方の有無は関係ないが。
銀時はチョコが来た、と言っていたがその前に神楽のバレンタイン不参加表明を聞いていたのでチョコには触れずに尋ねてみた。

「! だ、誰も待ってねェヨ!」

「んじゃ、屯所の周りうろちょろすんの止めろよな。不審者でしょっぴくぞ」

「うっせぇヨ!まさかお前が直に出てくるとは思わなかったから……」


もじもじと俯いてはっきりしない神楽は珍しい。言いたい事があるならはっきりと言うのが彼女の良い所だ。
女心は複雑怪奇で、神楽の今の心情を汲み取る事ができるはずのない沖田。神楽の不審な態度より、そよ風と共に鼻孔に入る甘い香りに意識を持って行かれた。
後ずさる神楽に構わずにじり寄る。


「……チョコの臭いがすらァ。まさかチャイナ、バレンタインに乗っかってチョコを食い荒らしてんじゃ、」

「お前も私のイメージそんなんかヨ!私は銀ちゃんと新八にチョコ、あげたくて……でも恥ずかしいからちょっと誰かに練習相手を頼みたかっただけアル」

「練習?んなのしなくても、普通に渡しゃあ良いじゃねぇか。それに旦那なら……」
「お、お前、練習に付き合え!」

「はぁ?」


必死の形相で頼み込む神楽に、沖田は二つ返事とまではいかないが、勢いで頷くしかできなかった。
まだ屯所内をふらついてるだろう銀時を呼び出し、直接渡させるのが一番手っ取り早いと思うが。
好きな人はいないらしいが、大好きな家族へと贈るチョコは用意してたらしい。神楽の女の子らしさに触れ、沖田は少し戸惑った。


「どういう顔で渡せば良いアルか?どういうタイミングで渡せば良いアルかァァァ!?なんて言えば良いネ!」

「取り合えず落ち着け。まず目を見ろ」


ひゅっと小さく息を吸った神楽は体を固くさせ、沖田の目に吸い込まれるように見つめた。


「んでなんか礼を言う」

「い、いつもありがとアル?」

「疑問形?」


頬を紅潮させ、目を潤ませている。そんな神楽を興味深く見つめる。


「ここで渡す

「はい、これチョコネ。心して食べるヨロシ」

「ま、そんな感じだな。ちょっと偉そうだけど」

「サド」


指南という程の物もできず、居た堪れなくなった沖田は直ぐにその場を去ろうとしたがそれはできなかった。
神楽に呼び止められ、背を向けた状態で停止した。


「お前との決闘、まぁまぁ暇潰しになるヨ。たまにウザいけど」

「いきなり暴言かよ」

「でもネ、」



「いつもちょっとだけ楽しいアル」


沖田は勢いよく振り返った。そして暫く考え、ふむと一人納得すると神楽の手からハート型のチョコを奪い、掲げたり四方八方から眺める。
ハート型か…とボソリと囁かれた言葉は神楽には届いていなかった。


「……、あっそ。テメエがそこまで言うんだったら貰ってやらァ」

「――こんな感じだロ?……って、へ?え、ちょ、返せヨ!これも練習だったアル!」

「俺の手に渡ったもんは俺のもんでさァ。それに旦那にあげた分のチョコ代としてもらってやらァ」


新八の分も含んでるのだが、それはこの際関係ない。
ポカンとした神楽にしたり顔を向け、肩に手を置き耳元でこう呟く。


「媚薬とか惚れ薬とか入ってねぇよなァ?もし、入ってたらチャイナ呼び出してえっちな事してやるかんな」

「えっ…!?ぶ、ぶぁぁぁかッ!んな事するかヨ!それにそんな事されてたまるかヨ!バーカバーカ!」


近藤が酔っ払った時より顔が赤い。いや、体全体真っ赤なのかもしれない。
耳年増な神楽は瞬時に何を言われてるか理解したらしい。

既に走り去ってしまったが、未だにエコーとしてバーカバーカとどこからともなく聞こえてくる。

取り残された沖田は、後ろの頭を掻きながら、どうしたもんかとチョコを眺めた。
銀時にちゃんと渡すべきか否か。


「沖田くんよぉ、えっちな事ってなにしちゃう訳?」

「あ、旦那。…まさか盗み聞きしてたんですかィ?趣味悪ィや」

「ちげーよ。たまたまだ」

「ふぅーん。じゃ、これ、チョコ」

「いいよ。神楽からは気持ちだけ貰うわ。それに、それ貰ったのお前だろ」


門の影に隠れていた銀時の両手にはチョコが山盛りの紙袋がちゃっかり握られていた。
あれが本当は沖田の、こっちは銀時へのチョコだったのだが。
持っていたチョコをつんと人差し指で突かれ言われた言葉に、沖田ははっと顔を上げた。


「良いなァ、沖田くん―――から貰えて」
「は」


ニヤリと最後に呟かれた銀時の言葉に、毒気を抜かれたようだった。

もしかして俺は大変なチョコを受け取ってしまったのかもしれない。
そっか、これが噂の。
なぜ銀時が神楽のバレンタインの様子を自分に伝えたのか漸く納得した。先回りで沖田の気持ちに気づいていたのか。それって物凄い恥ずかしい事じゃないか。
万事屋の面々と顔を会わせづらい。銀時が持っていったチョコの中に毒が盛られてて暫く寝込みますようにと沖田は強く願った。




は入ってない、と思う


けど、もっと厄介な物が混入してるかもしれない。沖田限定で。



「良いなァ、沖田くん、本命から貰えて」





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