※沖田中1、神楽小3


今から3年前、沖田が中学に入学してから少しした時だった。


爪先立ちの恋
‐はつこいばなし‐



「な"んだよ"……」

「そーご、かぜアルか?」

ここ最近兄的存在のお隣りさんの喉の調子が頗る悪い。
神楽はのど飴を持ってきたり、ホットかりんを用意したり懸命に走り回った。それもこれも沖田の今の現象は風邪だと思っているからだ。


「ネギ、首にまくアルか?」

「ごれ…、風邪じゃねぇから」

「でも声ガラガラネ。それにいつもよりひくいヨ?」

「声変わりだよ!ほっとけ!」


この時沖田は反抗期の真っ只中で、神楽に構われるのにうんざりしていた。お守りだかなんだか知らないが、確実に自分の自由時間が減っている気がした。
外に遊びに行きたいし、素直に女の子にも興味がある年頃だった。だが誘われて出掛けようとしても、いつも後ろから神楽がカルガモのようについて来る。


「こえ、がわり?」

「そ、だから風邪じゃねぇんだ。俺、今から出かけてくらァ」


学年で一番可愛いと言われてる子に最近告白された。その子は先輩達にも人気があるらしく、沖田は“生意気な1年だ”と目を付けられていた。
縦の付き合いというものも大切だと理解している沖田は、その子には曖昧な返事中であり、もし上級生に詰め寄られても付き合ってないと言い逃れができるから都合が良い。

「かぐらも行く!」

「お前は留守番してろィ」


神楽みたいなガキを連れていったら興醒めだ。
冷たく言い放っても、後ろから神楽が付いて来る事を知ってか知らずか、伸ばしてきた手を知らんぷりしたまま沖田は家を出た。








「でね、最近買ったそれがすごく可愛くてね」

つまんねぇ。
自分の話しかできないのか、この女は。

既に上の空な沖田は雲をボーッと見ていた。金もないし、ただ公園のベンチで座って話をしてるだけなんて生産性のない事このうえないと思う。

「ねぇ、聞いてる?」

「あ"ー聞いてる聞いてる」

「あ、沖田くん声変わり中?」


なんか現在進行形で声変わり中って恥ずかしい気がする。大人に一歩近付く準備だとは分かっているが、妙に青臭い。

「土方くんはもう綺麗に声変わり終わったよね。大人っぽかったなぁ」

クラスの何人か、近藤や土方は既に声変わりを済ませていて、自分だけ出遅れているような気がして疎外感を少し感じていた。それから剣道やってるんだよね?土方くんもやってるの?とか、土方中心の語尾にクエスチョンが付く話題ばかり振られた。
この時点でピンときた。

(コイツ土方狙いか)

出しにされてるのに気づき、そのまま協力してやる義理もないので適当に相槌をうって流す。

皆が男女交際という清い響きに何を期待しているのか分からないが、沖田は実体験から想像してたより大した事ないという結果付けをした。
寧ろ近藤や土方とサッカーや野球やゲームをしていた方が万倍楽しい。


「あのさァ、土方さんが好きならマヨネーズでも送ってやらァ喜んで首振ると思うぜィ」


沖田のその言葉に赤面させ、沸騰した頭を冷ます事なく何かをヒステリックに怒鳴って帰ってしまった。
その時の顔がまるで般若みたいで、学年一美少女の名を返還すべきだと本気で思った。

( 暇なっちまったなァ……。 )




**



「そーごいないアルなぁ……」

片手に葱を持ち、神楽は沖田を探していた。風邪ではないと言っていたが、葱を巻いとけば少しは楽になるのではと思ったからだ。
置いてきぼりにされて、家を出てから早数十分。留守番を頼まれたからそう長くは出かけてられない。逸る気持ちを胸に、街中を歩くが一向に沖田は見つからない。


「まったく、どこでちちくりあってるアルか、あのえろ助は!」


ぷりぷりと漫画だったら付きそうな効果音をはべらせ、ほっぺを膨らませながら歩く姿は幼稚園児にしか見えなかった。
しかも葱という奇抜なアイテムを持っている為か、通り過ぎる人達に好奇の目で見られている。

「おい、そこのチビ」

自分に声を架けられたと思い後ろを振り向くと、体格の良い学ランを着た男が立っていた。その両脇には子分なのか某ガキ大将の側近を彷彿させるひょろい奴らが固めていた。

「わたし、チビじゃないネ。だからバイバイアル」

小学生にとっては先輩というものがどんなものかというのがまだ理解できない。縦社会の始まりは大体が中学からである。

神楽は葱を振って、鼻歌を歌いながら無視をしたがそう簡単には交わせなかった。


「まぁ待て。お前、沖田総悟の妹だろ?」

両脇を支えられ、たかいたかい状態になった神楽。
中学生なのにおっさんみたいな奴だと近くなった顔をまじまじと観察した。


「妹じゃないアルよ」

「な、なに!?情報によると一緒に暮らしてるし、妹だと……。おい、デマかよ!」

「え!いや、同じ家から出てきたのを見た奴がいるって……」


もの凄い迫力で大将に言い寄られる子分が可哀相。

「妹じゃないけど、その人言ってることうそじゃないヨ」

助け船を出してあげた依然宙ぶらりん状態の神楽に向けて、子分は必死に頷いた。
それに大将もそうか、と直ぐに謝ったから悪い奴じゃないと、神楽は感じた。

「悪かったな、妹なら沖田総悟の弱みを知ってるかと思ったんだ」

「よわみ?そんなのたーくさん知ってるアルよ」


でもなぜそんな物が知りたいのかと聞くと、どうやら好いてる女が沖田の事を好きなんだと言う。
神楽は中学は大人だなと不思議と感心した。好きならただ好きなだけでは済まないらしい。

好きなんてまだ分からない神楽だが、弱みを握ってそれを武器にして闘うというのは平等じゃない気がした。


「男ならせいせいどうどうぶつかってこい!かぐらさまが骨は拾ってやるアル!」

今は何を言っても格好つかないが、男らしいその言葉に胸を打たれたのか、大将子分A子分Bは崇めるかのように神楽を掲げた。

「俺、頑張ってくる!」

「おう、がんばれヨ。…でも、そろそろハイエナキングごっこはやめてほしいネ」


はっ、とした大将が掲げていた神楽を降ろそうとした時だった。


「うごっ!」

大将の体が数メートル飛んだ。
神楽がびっくりして、へたりこんでると再び両脇を持たれ立たされた。

「大丈夫か?」

「……!」


黒い髪に黒い学ラン。真っ黒な人だというのが第一印象だった。
整った顔に切れ長の目。
沖田位の歳だが、沖田の数倍大人っぽい。


「……だいじょぶアル」

「おっし。オイ、テメエ等、寄ってたかって幼稚園児虐めて楽しいか?あぁん?ん、2年の先輩じゃねぇか」

「ひ!土方!いや、別に虐めてなんか……すいませんでしたァァァ!!」


ガタブル震えている旧大将は既にその座を真っ黒な人に受け渡していた。先程までの威厳もなく、正座でいっそ潔く土下座までしている。
頭を上げさせ、二度とするなよとお決まりの文句を吐かれるとそそくさと退散していった。


「怪我はねぇよな」

この言葉は神楽に対してのものだった。
声色は変わりぶっきらぼうながらも、優しい。

「……わたし、ようち園児じゃないネ。もう小学校3年生アル」

「え、まじでか。そりゃあ悪かったな」

くしゃくしゃっと頭を撫でられた。頭のてっぺんがほんのり温かい。
神楽の顔がピンクに染まり、頬紅を付けてるみたいになる。


「……」

「葱持って歩き回っても変な奴しか寄って来ないぞ。ほら、あんなのとか」


指を指された方を向くと、数メートル離れた所に眉をしかめた沖田が立っていた。
大きな溜息を吐き、神楽達に近付いてくるといきなり葱を持っている細腕を掴み引っ張り歩きだした。

「そーご!?わ、いきなり何アルか?」

「その野郎には近付かない方が良いぜィ。マヨネーズ工場に連れてかれるから」

「おい、待て総悟。そいつお前の知り合いだろ?さっきお前が呼び出しされた先輩に……って聞けやコラァァァァァ!」



後ろ髪引かれる思いの神楽は、何度も振り返ったが角を曲がってしまってからは見えなくなり肩を落とした。

「そーご、そーご!」

「………」

返事がない、機嫌が悪いようだ。
最近沖田としたゲームを思い出した。

「そーご、ねぎ……」

「だから風邪じゃね"ぇっての」

「なんでおこってるアルか?ふられちゃったアルか?」

「フラれてねぇし。つうかもう女は良い」


相当酷いフラれ方をしたのだろうか。少し気の毒に感じ、慰めてやろうかという小さい神楽の母性本能が開花した。
沖田によじ登り、いい子いい子をしてあげる。

「んなっ!」

「だいじょぶヨー。女は星の数ほどいるアル。そーごは顔だけはいいから良い子がすぐできるヨ」


――4つも年下のガキに機嫌を取られるなんて……。

顔から火が出るんじゃないかと思うくらい恥ずかしかった。不思議と苛立ちが治まり落ち着いてきた。

「……だな。こんなチャイナでも女に属されるんだしな」

「うるさいアル!ミツバ姉に言いつけるヨ!」

「てめっ、汚ねぇぞ!クソガキ!」

葱をバットのように扱い、尻やら背中やらを殴打される。葱を甘くみてはいけない。これは地味に痛い。

「……お前がしょうかいしてくれたらゆるしてあげてもいいネ」

「は?なにを?」

「……あの人を」


黒髪の…とギリギリ耳に届く声で言われ、数秒遅れて沖田はピンときた。

「あー、土方?」

「ひじかた!?下のなまえは?」

「……十四郎」

「とうしろう……」

ほぉっと自分の世界に浸っている神楽を見て、再び苛立ちがこみあがってきた。
その表情はまさしく恋する乙女。さっきまで一緒にいた女と同じ顔だ。


「……ガキのくせに」

「ん?」

「なんでもねぇよ。ただお前と土方は合わねぇって事だけ言わせろィ。スッポンのうんことスッポンのうんこじゃ見るに見れねぇ」

「! うんこって言うやつがうんこアル!」


近所の人に聞かれたら恥ずかしいレベルの口喧嘩をしている沖田と神楽。
それを見ていたミツバに食べ物を粗末にしちゃいけません、とずれた所をこってり怒られた。


変声期を終え、一歩先に大人に近付いた土方と、どっかりとお子様のポジションから動かない神楽。
そして変声期真っ只中のどっちつかずの沖田。
完全に土方寄りだったら神楽に憧れの対象になっていたのだろうか。神楽寄りだったら同じ目線でふざけあう友達として上手くやっていけたのか。

夜、ベッドの上で考えに考えすぎて見事に朝練に寝坊し、そんな沖田を迎えに来た土方と、神楽が運命的な再会を果たす事になる。日常となったその風景の裏に土方が自分の姉と愛を育み始め、神楽初の失恋カウントダウンが始まったのはまだ誰も知らない別の話しであった。




おわり




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