ヒラリと神楽の勉強机から1枚の紙が落ちた。


「なんだこれ?」


爪先立ちの恋
―頼りにして―


ベッドでぐーすか昼寝をしている神楽の横に座り、手に取ったプリントに目をやる。そこには『家庭訪問のご案内』と、書かれていた。
ふむと顎に手を当て思惑する表情をし、そのプリントを適当に折りたたみポケットの中にしまい込んだ。当初の目的であった神楽を起こすという目的を果たす為に丸くなって寝ている妹分に手を伸ばす。






「ふあぁあぁぁあ。…寝すぎて疲れたアル。今夜眠れなそう。そーご、ゲームしようヨ」

「嫌でィ。てめぇはそうでも俺は寝る」


寝る子は育つと言うが平均より少し小さめな神楽は、3時間爆睡という偉業を成し遂げた。
起きたばかりだと言うのに三人の中で誰よりもご飯をかき込む。途中でご飯粒を鼻の頭につけ、何かを思い出したかのように「あっ」と大きな声をあげた。


「来週短縮授業だから帰るの早いアル」

「そうなの?でも何で?なんか準備とかあるの?」

「えっ!っとー…、運動会の準備が…」

「チャイナ、嘘は言っちゃ駄目だって姉上が教えてくれただろィ」

「う、嘘じゃないアル!」

「んじゃこれはなんでさァ」


テーブルに出された紙を見て神楽は思わず箸からハンバーグを落としてしまった。染みになるとミツバが直ぐに神楽の上着をスポンと脱がし、洗面所へと消えていった。ブラ要らずの幼稚園児体型の神楽はまたまたキャミ1枚にされ、あさっての方向を向いて目を泳がせている。
突き出された紙、それは先程神楽の部屋で手に入れた家庭訪問のプリントだった。

「お前の親父さん休めんの?」

「……」

俯き、ふるふると首を横に振る神楽を溜め息を吐きながら見た。
もう呆れの感情しか生まれてこない。
普段連絡が取れない親がこうも上手くつかまる訳もなく、だからと言って担任に親はどの日も予定が合いませんというのが嫌だったのか、このまま良かれ黙っていようと思っていたらしい。
馬鹿だ。

「あのなぁ……先生が親もいないのに家に来たってなんの意味もねぇだろうが。何?どうにかなるとでも思ってたのかィ?」

「……だって、パピーいそがしいアル」

「んなの知ってらァ。俺は何で姉さんや俺に……、」


といった所まで言って言葉を飲み込んだ。ミツバが神楽に着せる為に自分のワンピースのお古を奥の部屋から持って帰ってきた時には、二人は重苦しい空気を纏っていた。


「? どうしたの二人とも……あら、何?このプリント。家庭、訪問……?」


本当はこれでなのねと、小さく呟いたミツバの言葉に神楽の頬はみるみる赤に染まっていった。それは嘘をついてしまった事がバレてしまったというより、その事から自分は何て恥ずかしい事をしたんだろうという羞恥からだった。
残りの御飯とハンバーグとスープを掻き込み、ごちそうさまでしたと手を合わせ、脱兎の如く沖田家を飛び出していった。

「そーちゃん何かしたの?」

「別に……」






――…
―――……




飛び出した神楽は自分の家に戻るのも気が滅入り、行く宛もなく電灯が灯る住宅街を肩を落として歩いていた。
暗闇の中を歩いて気付いたが、最近この辺は変な人が出没するという噂があった。警察の人がわざわざ一軒一軒に注意に歩いていたなと、ぼんやり思いだす。

この近くによく沖田と行くコンビニがあった筈。変な人と一緒にその事も思い出し、灯りを目当てに小走りになる。

コンビニに着いた時は神楽の息は少し切れていた。


「変なおっさんには会わなかったアル。よくやった自分」


自分で自分を褒め、モチベーションを上げてみるが、帰りもあの暗い夜道を帰るのかと思えば上がるもんも上がらない。

(……贅沢言えばトシ兄に迎えに来てほしいアル)

王子様みたいに、と思っていたが、この際村人Aの沖田でも良い。いや来てくれるなら沖田しかいないと思った。だが気まずい雰囲気のまま飛び出してきてしまったから迎えになんて来てくれる訳がない。

無性に寂しくなり、酢昆布でも食べて元気だそうとお菓子コーナーに足を運ぶと、しゃがんでお菓子を物色している知り合いを見つけ神楽は目を丸くした。

「あっ」

「あ?」






――…
―――……



「そーちゃん、心配なら探しに行けば良いんじゃないの?」

「…別にそんなんじゃありませんよ」


神楽の部屋の電気がついていない事に気付いた沖田はさっきから妙に落ち着きがなかった。ソファーを立ったり座ったり。

「最近この辺危ない人が出るんですって」

「……そうなんですかィ」

「神楽ちゃん可愛いから心配だわ…。探しに行ってくれないかしら?私からのお願い」

「…アイツはメスゴリラだから大丈夫でしょう」

「神楽ちゃんは女の子よ。ね、そーちゃん願い事訊いてくれるわよね?」


嫌とは言わせないという雰囲気を纏うミツバの言う事は誰も逆らえない。これで土方も尻に敷かれてるんだと沖田は思った。
姉上の頼みなら…とぶつくさ言いながら家を出る沖田をミツバは笑顔で送り出した。




―そしてその数十分後


「ただいまアルー」

「おかえりなさい。……あら?神楽ちゃんだけ?そーちゃんは?」

「え?」

そう言われてみると沖田の姿がない。
ミツバの口ぶりからして外に出ていったらしい。

「神楽ちゃんを探しに出ていったのよ。すれ違いになっちゃったのね」


携帯持って行ったかしら、と自分の薄水色の携帯を開いた。意地を張りながらも探しに行った弟に電話をしてみるが無情にも同じ室内から着信音が聴こえてきた。

(……慌てて出て行ったのね)


こっちが探しに出てまた入れ違いになったら意味がないという事で、ミツバと神楽は家で待っている事にした。
ミツバばホットミルクを神楽に作って与え、ソファに並んで座った。

「ねぇ、神楽ちゃんどうして家飛び出しちゃったのかしら?」

「……だって、だってそーごが、」


かわいい弟と本当の妹みたいな神楽の事は大体察しがついていた。
大方、互いの事を思って言った事が裏目に出たのだろう。


「家庭訪問、私達に迷惑かけまいと思っていたのね」

「……」

こくんと頷く神楽の頭を優しく撫でてやると、潤んだ目できゅぅっと抱きついてきた。

「そーちゃんああ見えても頼りになるのよ。帰ってきたらお話ししてみましょ」

「うん!」

「でも神楽ちゃんこんな暗い時に一人歩きしちゃダメよ」

「大丈夫!先生に会って送ってくれたネ」

「先生?」








「あのすいやせん」

「ん?」

「こん位の背で桃色頭のちんちくりんのガキ見やせんでした?」


おかしい。
神楽の行動範囲をくまなく探してみたけど見つからない。
一旦引き返すかと考えていると前方から若い男が歩いてきた。今の時間帯人通りが少ないし、もし神楽を見ていたら気づいてる筈だ。


「ちんちくりん?あ、あー……もしかして二つでおだんごにしてる?」

「間違いなく」

「そいつなら家に帰ってったぞ」

「え。見たんですかィ?」

「あぁ。家に入ってった所までな」


そこまで見てるなんてストーカー?と思ったが、ひとまず神楽の真意を確かめたくてポケットを探り携帯を探す……が、出てきたのはゴミ屑だけだった。
沖田が怪しんでるのを見透かしてか、男は吹き出し笑いをし口を開いた。


「だーいじょうぶだよ。俺こう見えて公務員だから。そんな変態見るような目で見んな」

「はぁ」

「んじゃぁな、オニーサン」


公務員にはとても見えない風貌の男はじゃあなと軽く手を振り夜道に消えていった。
沖田はその男のふわふわの白髪頭を見て綿あめを思い出した。










「おかえりなさいませ!ご主人さま」

「……んなのどこで覚えてくんでィ。気色わりィ」


沖田が帰ると綿あめ男(沖田命名)の言うとおり、神楽が戻っていた。

「あのネ、そーご…。ごめんなさいアル」

「チャイナが誤るなんて珍しい……」


グイグイと袖をひっぱられ、半ば強制的にソファに座らせられた。


「本当はパピーが家に帰ってこないから、それが恥ずかしくて先生に言えなかったアル…。先生はそんな目で見ないって分かってるのに…。同情されるのが嫌だったネ」

「……」

「そーご。家庭訪問なんだけど「わーったよ」


へ?と沖田を見上げると何時ものポーカーフェイスで神楽を見ていた。


「家庭訪問の時間まで帰れるから」

「? ……!!そーご!ありがと!」

「その代わり、散歩行ったら目ェ覚めちまった。今夜ゲーム付き合ってもらうかんな」

「うん!へへ、そーごに銀ちゃん会わせるの楽しみアル」


内心自分は神楽に甘すぎるなと沖田は一人心の中で自分に叱咤した。
“銀ちゃん”とはどういう人物か分からないが会話の流れからして担任か?
随分懐いているんだなと思うと同時に、沖田は理由が分からない苛立ちに襲われた。

―…まさか、その“銀ちゃん”ともう出会っているという事も気付かずに。







家庭訪問当日


「「あ」」

「あれ?二人とも知り合いアルか?」

「綿あめ男?」

「え?何そのあだ名?お前神楽の兄ちゃんだったの?」

「違いまさァ。隣人の沖田総悟です」

「神楽の担任の銀八です。て、え?違うの?あ、神楽ァ、ケーキはあるんだろうな」

「あるヨ!ミツバ姉が作ってくれたアル!」

「よしっ、前の家コーヒーしか出してくれなかったからさ〜。んじゃお邪魔しまーす」



「……チャイナ、何?あのちゃらんぽらん」

「銀ちゃんアル」

「嘘だろィ」


沖田はこんなのが担任だったら代理として時間を作らなくても良かったと、後からとてつもなく後悔したとか。




おわり




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