18.
一人、また一人と教室から生徒が居なくなり、日直が最後の戸締まりを確認した後は神楽と高杉、そして沖田の三人しか残っていなかった。
神楽と高杉は委員会の仕事で、沖田は委員会の仕事をしている彼女待ちのためである。廊下側の一番後ろでは神楽と高杉、反対に窓側の一番後ろでは沖田が陣取って座っていた。
(何で沖田が居るアルか…。居心地悪いネ…)
まさか沖田が放課後残るとは思いもしていなかった神楽は、多少集中力を散漫させながら高杉と提出用のプリントに取り組んだ。
廊下で無視されてから、まともに口も聞いてないし目さえも合わせていない。
つまりキス事件より更に気まずくなってしまった。
――しかし今はそれより…
「…何アルか?」
「いや、別に?」
「顔近いヨ。離れロ」
「はいはい」
今日はやけに高杉が絡んでくるような…。ずっと後をピタリとくっついてきたし、現に今だって…。
「神楽ってキスした事あんのか?」
「ぶっ!!!」
急な高杉の質問に神楽は思わず吹き出してしまった。コイツに自分の経験秘話を教える筋合いはないだろう。第一沖田が居るここで、その話題はまずい。できればもう思い出したくないのが本音である。ここは何とか上手く話しを逸らさなくては、と頭の中をフルスロットルで考えた。
だが、神楽が考えを出す前に高杉が口を開いた。
「どうせねェんだろ?じゃじゃ馬は」
「(ムカッ)あるネ!キスぐらい!!…………あ、」
(く、口が滑ったアル…)
「へぇ?意外に経験豊富なんだなぁ?」
高杉は面白い話題を手に入れたと、にたにた笑いで神楽を見た。一方神楽はと言うとマズい…と言う顔をして高杉から顔を逸らした。
「初めてじゃないならオッケーだよな?」
「な、何がアルか?」
「何ってキスとか?知ってるかー?文化祭きっかけで付き合う奴ら多いんだぜ?」
高杉は好きでも無い奴とキスなんてできるアルか…?
私はあんなに嫌だったのに。
思い出したくも無いのに…。
高杉の発言が信じられなくて睨むこともせず、ただ唖然とした顔で見ていた。
「キスすりゃ大体の女は落ちんだけどな」
「え?」
自然に近づいてくる高杉の顔。反射で顔を引いた神楽だがそれは無駄のようで、腕を引っ張られ二人の距離は数センチになった。思わず目を瞑ってしまった神楽は、また好きでも無い奴にキスをされてしまうのかと泣きそうになっていた。
だが、途端に黒い影がスッと神楽の眼前に現れ、高杉と神楽の顔の間は見覚えのある本(これは教科書だろうか)で遮られていた。
「おい、何の真似だこりゃぁ…」
「何かハエいたから」
顔を上げなくても声だけで分かってしまう…。神楽は未だに遮られている教科書に目を向けると、律儀にもそこに書かれている名前―…
「沖田…」
神楽が、書かれている名前を見てから顔を上げるととても冷めている目で高杉を睨んでいる沖田が居た。思わず名前を呼んでしまい慌てて口に手を当てたが、それはもう遅く、沖田の視線は1回神楽に移ってから再び高杉に戻った。
「お互い好き同士なら止めねぇが、明らかに無理矢理じゃねぇかィ。こいつに3回目ぐらいは好きな奴とさせてやれよ」
「……おき、た」
沖田がそんな風に思ってくれてるなんて嬉しかった。
封印していた気持ちがまたドキドキ動きそうで、きゅうってなりそう。
私はもう諦めたんだ、
諦めたんだヨ……?
もう何回目アルか?この気持ちは忘れる事はできないの?
「へぇ…"3回目"はねぇ…。沖田は何で知ってんだ?まさか1回目か2回目のどっちかお前がした、…って事じゃねぇだろうな?」
「!!!」
「た、高杉!こいつは関係な…「したぜィ?2回目を」
誰にも知られたくなかった事をサラリと言ってしまった沖田が信じられなくて、高杉がどんな反応をするのかも考えたくも無かった。
実際したのは沖田からだったが、彼女がいる人とキスをしてしまったなんて最低な女だ。クラス中に言い触らされたら……。私だけじゃない、彼女さんも傷付くんだ。
「クククッ、良い事知った。通りで神楽がまだ沖田を好きなワケだ。そんな事されたら忘れるのも忘れられねぇもんなぁ?」
「は?チャイナが俺を好き…?」
「やっ、止めてヨ!高杉!違うヨ!」
「チャイナ…、どういう事でィ…?」
「お前鈍いなぁ。神楽はお前が好きなんだぜ?」
(チャイナがオレをスキ?)
頭が真っ白になった。
高杉に負けじとなって、つい発言してしまった事からこんな事実が発覚するなんて思ってもいなかったから…。
俺にそんな気持ちを向けていたとしたら、今までの俺の対応は酷かったのではないか。また傷つけていたのではないか、と考えているとその場では一人しか居ないソプラノの声が静かな教室内で響いた。
「違うヨ…。それは昔の話しアル」
ニコッと笑っているが、その表情はどこか悲しげだった。
「過去ネ!過・去!まだそんな話ししてるアルかー?高杉だっさいネ!」
プププと何時も人を馬鹿にするような笑い方をする神楽を沖田と高杉はポカンとして見ていた。
「さぁーて、プリントも終わったし、高杉帰るヨ!沖田は?」
「あ…、俺は人待ってるから……」
「そっか!気をつけて送ってやれヨ!どうせ彼女だロ?じゃ、また明日ナ!」
神楽は素早く身支度を終えると、高杉を無理矢理引っ張って教室を嵐のように出ていった。
「なんでィ……、昔か……」
―――…………
「おい、神」
「高杉」
校庭の真ん中まで来ると、ピタリと足を止め後ろに着いてきていた高杉の方を振り返った。
先程までの明るい雰囲気は無く、とても真面目な顔をしていた。
「お願いアル。さっき沖田が言ってた事は忘れて欲しいネ。その代わり、何でもするアル」
「良いぜ……」
ごめんね、沖田。
私、自分より沖田の幸せを願うほどまだお前の事好きみたいアル。
何があってもお前の幸せ守るから、勝手に好きで居ることだけ許してネ。
19.へ