アパートのご近所さん 3Z?


普通お隣りへのおすそ分けってある程度お見せしても恥ずかしくないものじゃないだろうか。それも女子高生となれば、ケーキとかのお菓子類とか。多めに作っちゃったカレーでセーフなライン。
女からの手作り弁当なら幾つも差し出された事がある沖田だが、まさかバケツを差し出してくる女がいるとな思いもしなかった。

「お引き取りくだせェ」

「遠慮すんなヨ!まぁまぁお構いなく」


ぷるるんと掃除用のバケツにプリン。
こんな馬鹿な事をする奴が身近にいると思うと、ある意味国宝で崇めたくなる気持ちの半面、普通に恥ずかしいと嘆く気持ちが相容れなく葛藤する。
この際神楽の奇行はいつも通りの為スルーさせていただく事にして、あの食い意地の汚い神楽が沖田に分けるという共存意識の芽生えに疑念の念が生まれた。

なれた動作で食器棚を漁り、スプーンを二つちゃぶ台にバケツプリンと共に用意した。

「それ、どうしたんでィ?」

何からツッこもうか、それとも全て受け流そうか。悩んだ末での問いだった。


「むふん。バケツでプリン作ったネ。思いの外成功したからお前にも分けてやろうと思ってナ!」

「はー、さいですかィ。で、本当の理由は?」


腰に手を当て、自慢げに高笑いをしていた神楽がピタリと静かになった。そしてしょんぼりとただでさえ小さい体を縮こませ、バケツプリンを抱きしめて目を涙で潤ませた。

「……この子はとっても難産だったネ。わたし、身を粉にして産んだアル」

「プリンをか」

「……この子は普通の子より大きくできてるアル」

「どっかのアホがバケツで作るからな」

「冷蔵庫に入らなくて……」

「なんか大体読めてきた」

「だから、部屋に冷房ガンガン利かせて冷蔵庫にしたネ。固まったはいいけど、エアコン壊れちゃって寒すぎて住めないアル」


冷蔵庫に入らなかった時点で諦めればよかったものの、食べ物が絡むと悪知恵が働くらしい神楽は真冬には相応しくない馬鹿丸出しの事をして、その災いが自分に返ってきたらしい。
呆れて声も出ない沖田は、自業自得だと神楽に言い聞かせ大きな溜息を吐いた。


「今、チャイナの部屋は冷蔵庫状態?」

「うん。でも何でも屋に頼んだから大丈夫ヨ」

「何でも屋ぁ?」

「銀ちゃんが直しに来てくれるって。器用だからナー」

神楽のスプーンでの一掬いは大きい。おたまで食べてるのかと思ったが、沖田と同じスプーンだった。
沖田も向かいに腰掛け、遠慮せずにプリンを掬い口へ運ぶ。
思ったより甘くて、市販のプリンとなんら変わりない。

「なるほど、こりゃ居座り料か」

もう夢中になってるのか、神楽は返事もせず幸せそうに頬張っている。

「……銀八と俺役割逆じゃね?」

甘いもの好きの銀八なら喜んで貪るだろうに。
独り言のつもりで呟いた言葉は拾われていたらしく、無意識か上目遣いで見てくる神楽に沖田はたじろいだ。

「お前と食べたかっただけアル……。そんな事言うなヨ」


神楽の“コレ”で何度本気になりかけた事か。
自分の体を生業にしている女性のスタイルのようになれとまでは言わないが、もう少し凹凸のある人が好みだ。だが、今目の前にいる神楽に惹かれた事があるのも紛れも無い事実だったりする。
たまにくるデレに免疫がなかった時期はまんまと男心を利用され、二つ返事していたが今はもう違う。対神楽用のワクチンは経験という名の苦い思い出で摂取済みである。

「……で?本当は?」

「お前はわたしの嘘見破るのが特技アルか?」

「質問を質問で返すなってーの。どうせ下心あるんだろィ」

「疑っちゃやーヨ」

「やーヨじゃねーよ。話さねぇとゴム人間の刑にすっぞ」


“ゴム人間の刑”
聞いた瞬間神楽の顔は強張り、両手で頬を隠した。沖田の言うゴム人間の刑とは、某海賊漫画に出てくる主人公の如く、伸びもしない頬を抓られ引っ張られるというなんともきつい仕打ちである。
前に一度、神楽も返り討ちにしようと飛び掛かった事もあったが、リーチの違いからそれは敵わなかった。
ちょっとしたトラウマになっている神楽は、悔しそうに頭を垂れた。


「……お前が留守の時にちょっと風呂借りようとしただけアル」

「は?風呂ならテメエんちにも備わってんだろィ」

「風呂でプリン作りたかった…って言ったら怒るアルか?」

「ふざけんな、バカ女」


ふざけてねーヨ!、と目を尖らせて怒りだした。

「俺ん家の風呂使う位なら、テメエのその頭のボンボリで作ればいいだろィ!」

「これはマミーから貰った大切なものアル!」

毎度の如く、取っ組み合いの喧嘩に発展した。沖田は神楽髪とボンボリを掴み、神楽はゴム人間の刑で対抗している。


「お前のエロいDVD何十枚も重ねて、真ん中の穴でプリン作ってやるかんナ!」

「何十枚も持ってねェよ!」


沖田が上になったり、神楽が上になったりと大暴れしていたその時だった。
どちらかの腕がバケツプリンが乗ってるテーブルにぶつかり、その弾みでバケツが宙を舞う。

あ、と思った時既に遅し。

スローモーションで落ちてくるバケツとプリン。
この時、ポジションが下になっていた神楽は瞬きをする一瞬一瞬にそれが映っていた。

沖田の頭にプリンが不時着。次に空になったバケツが被さる。
沖田が引っ張っていた神楽のボンボリが外れ、玄関の方に転がっていった。びっくりして思考回路が停止していた二人は、ただコロコロ転がっていくボンボリを真顔で目で追う。

玄関の戸が開き、来訪者の足元にぶつかりボンボリは止まった。拾われ、沖田と神楽が顔を上げるとそこには銀八が佇んでいた。

「あー…、直ったって事神楽に知らせに来たんだけど、えーと、なんだ、プリンプレイ?ってぇの?そういうのは掃除が大変だから止めといた方が良いんじゃねぇか?ま、二人が楽しんでんなら良いんだけどね。取り合えず邪魔したな」


――ガチャン

何事なかったかのように戸が閉まり、二人だけの空間が戻ってきた。

沖田の帽子と化したバケツ。
二人の体にはプリンの残骸。
誤解された関係。


「どうせだからこのまま頂きやすかィ」

「何をだヨ」

「やだなー。そんなのプリンに決まってんじゃねぇですかィ。何考えたんでさァ、神楽さんのえっちー」

「殴りたい!思いっきりグーで殴りたいアル!」



この数秒後、組み敷いていた沖田の手がプリンを踏んで滑り、事故ちゅーという二次災害が待っているという事を二人はまだ知らない。


何もかもべたべた



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