3Z


初詣に行かないかと近藤さんから誘いのメールを貰い家を出てみたわ良いが、寒さの中歩く事を挫折した今同級生の家にお邪魔していた。
ちょうど道すがらに目に入ったおんぼろアパートが、たまたまにっくきチャイナの家だった。

正月気分の寒い街中は閑散としていて、新年がくると同時に俺以外地球から居なくなってしまったんじゃないかと思った程だ。アイツの事だから担任や志村達と既に出掛けた後かと思ってインターホンを押したら、うさぎ柄の黄色い半纏を着たチャイナが快くとは言わないが迎えてくれた。


そして今に至る。
狭い部屋にこたつが置かれていて、テレビの正面にベッドに背を凭れ座ったチャイナが陣取り、チャイナの斜め左に俺が座っている。


「あ、ちょ、チャンネル変えんなよ」

「ここはわたしの家アル。主導権はこの神楽様にあるネ」

迎えられたは良いが、歓迎はされていないのが目の前に置かれた白湯が物語っている。白湯と言えば聞こえが良いが、結局はお湯。
今は大分冷めて水に変化を遂げているが。
その湯呑みを横に避け、チャイナの前に大量に積まれてる蜜柑に手を伸ばしたが、行き着く前にぺちりと叩き落とされた。


「……お前いつまで居座るつもりアルか」

「落語が始まるまで」

「それってがっつり夕方まで居るつもりじゃねぇカァァァ!」


水いっぱいで夕方までもたせるのは少し辛いが、居座ってやるつもりだ。
チャイナの家はマイホームのみたいに居心地が良いのだ。
こうなるならコンビニでおでんやら、肉まんやらアイスを買ってくれば良かったなぁと後悔する。この際、歯ブラシとかの生活必需品を巧妙に運び出して同棲するか、と妄想に耽っていると、こたつの中で伸ばされたチャイナの足が俺の両脚に乗っけられた。

「この脚は俺に帰るな、って言いてェのかィ?」

「なんでそうなるネ。わたしの長いおみ足が伸ばす先にお前の脚があっただけアル」

「だってこれじゃ、俺立てねぇし。重くて足が痺れて」


蹴飛ばされる前に避難したので、強烈な蹴りは免れたが、反動でチャイナにダメージが返ってきたらしい。


「小指が…小指をぶつけたアリュ…」

「馬鹿だろ。お前馬鹿だろ」

一気にHPが赤になったチャイナは悶えながらその場に寝転がった。声にならない痛みと戦いながらも夢中になっていた番組を観たい気持ちも負けてはいないらしい。厳しいアングルから猶も、目をパチクリさせてくぎ付けになっている。


「何がそんなに楽しいんでさァ。チャイナってドラマとか観る方じゃねぇだろ?

「うん、観ないヨ。でも、このドラマに友達が出るアル」

「え、まじでか。それすげぇな。どいつ?」

「これ、この子アル」

と、指を指されたのは4歳位のガキ。
どんな接点だ、と思ったが公園で遊んでたら知り合ったというものだから妙に納得した。同じレベルなのか。

「こんなホームドラマみたいな家族っているのかねィ」

「さぁ。でも理想な家族の形なんじゃないアルか。日曜6時半とかも代表的ネ」


夫婦円満、子供も素直で活発で。

寝転がって観る事にしたらしいチャイナの頬っぺたは、枕にした右腕で柔らかく変形していた。
ふいに片方の頬っぺたを触りたくなり、ほぼ衝動的に突っついていた。


「……何するネ」

「いや、餅みてぇだな、と思って」

「食べてみるカ?」

「え」

「冗談アル」


心臓が目の前のチャイナによって握られたかのように脈を打つ。下手な誘惑よりぐっときてしまった。
本人はまたテレビに夢中になってしまったようだが、俺はもうテレビに集中する事なんてできやしない。

「……なぁ、チャイナ」

「んー?帰るアルか?」

「まだ。チャイナはわりとガキ好きだよな?」

「まぁな。あ、蜜柑とって欲しいアル」

「あ、はい。でさ、いつかはこんなテレビみたいに家族作りたいと思う?」

「んー」

掃除機のように丸々1個の蜜柑をどんどん口に放り込んでいくチャイナは、聞いてるのか聞いていないのか分からない。
疑問形で尋ねてるのに、相手から返ってくる返事はぶつっと切れているものばかり。まるで熟年離婚間近の夫婦のようだ。

チャイナの横に移動し、膝で立ち顔を覗き込むと漸く俺の存在に気付いたらしい。

「お前はさっきから何したいネ。新年から喧嘩売ってるアルか」

「チャイナ、知ってるかィ。あんな風に結婚して子供がいて、っていう過程にはセックスをしなきゃいけないんだぜ?」

「頭ん中中二は帰るヨロシ」


警戒する訳でもなく、ただ眉間に皺をよせテレビに視線は向けたまま。そして一旦停止していた蜜柑をまた口に運びはじめる。

チャイナの顔の両脇に手をつき、逃げ場をなくしてやれば少しは焦るかと思いきや、無垢な瞳で見上げてくるもんだから俺の理性の方が先にぷっつんいってしまった。
これは無言のOKサインだと思っていいだろう。


「チャイナ……」


たまたま立ち寄ったチャイナの家でこんな甘い展開が巻き起こるとは誰が思ったか。それとも神様からのお年玉か。神なんて信じた事なんてなかったのに、今ならドSの称号を神様に明け渡しても良い位感謝してる。

「サド……」

頭の片隅では近藤さんの呼び出しを無視して良かったと、寒空の下俺を待っている近藤さんやおまけで付いてきているであろう土方さんや山崎をよそに不謹慎な事を考えた。
告白をすっ飛ばしてちゅーというのは順番的にいかがなものかと思ったが、ここでしなけりゃ男が廃る。

こんなにチャイナと顔を近付けたのは初めてかもしれない。あ、いや。一度だけ眼付け合った時におでこがくっついた事があったっけ。

「チャイナ、殴んなよ」


あと5センチ、
あと…1センチ

という所でチャイナの顔が消えた。

え?消えた?

さっきまでチャイナがいた所はカーペットしかない。


「もう!お前邪魔アル!テレビ全然見えないヨ!」

俺が座っていた場所から、チャイナがもぐらたたきのもぐらのように顔を出した。
しかも俺に出した筈の冷めた白湯に、どこから持って来たのか、カルピスの原液を入れ美味しく味わっている。そんな物があったら俺にも用意して良いんじゃないか。


「……あのぉ、チャイナさん?」

「カルピスはあげないアル」

「さっきまでのピンクい雰囲気は?」

「お前、昨日除夜の鐘聞かなかったのカ?体中に煩悩がこびりついてるアル」


テレビを観ているチャイナは涼しい顔をしていて、もう俺に目もくれない。
静かな空間に、けたたましい機械音が響き、その音は俺が着ていたジャケットの中から主張している。
近藤さん、土方さん、山崎から交互に着信が入っていた事を知ったのはまた後の事で、初詣に行けば良かったと後悔したのは一度でも神を信じた今だった。




男児桃色覚醒理論






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