未来/リクエスト
今日は非番で、住み慣れた自室の中心で大の字になって天井を眺めていた。
決して暇な訳ではなく、木目を数えていた訳でもない。
ぼんやりとだが、これでもちゃんと考え事をしているのだ。
「おい、総悟この前の始末書……って今日は非番か?」
「そうです。なので邪魔しないでくだせェ」
「暇そうだけど」
「暇じゃありやせん。こう見えて頭ん中はフル稼働中でさァ」
「ほー、それはそれは。一度どんな働きしてんのか見せてもらいたいもんだな」
分かりやすい土方の嫌味を我慢したのには意味がある。今、沖田総悟は悩みに悩んでいた。
正直あまり絡んでほしくないし、追求されたくない。
「で?何悶々としてんだ」
真選組でフォローの達人と言われているだけあり、意外と世話焼きな土方の事だ。部下が悩んでる仕草を見せればこの通り、お節介をやいてくる。
沖田は言ってしまった方が楽になるかもしれないと思い、決心したように起き上がる事なく目を閉じて口を開いた。
「結婚を考えてるようないないような」
「誰が?」
「俺が」
「へぇー」
結婚という契りを考え出したのがつい最近。2週間位会わない期間が続いたのがきっかけだった。
寂しいかもしれないと鈍いなりに感じとり、行き着いた先が結婚。あまりにも安直すぎる自分の考えに、流石の沖田も一度冷静になってみる事にした。
だが、普段は頭より先に体が動くのが災いしたのか、考えれば考える程方向性が悪い方へと向かっていったのだ。
真選組に組織している俺が女に心酔してる暇なんてあるのだろうか。
向こうは向こうで家族がある。自分と一から家庭を作るなんて望んでないかもしれない。
だが決心が付かない一番の要因は、自分が彼女を幸せにできる器なのだろうかという事だ。
考えれば考えるほど深みへとはまる。
頭の中で水掛け論が繰り広げられ、結論が出ない。
真選組を優先しなければいけないという侍の信念。武州を発った時からこれだけは譲れないと決めている。
こっちはこう考えてても、向こうは1ミクロンも考えてないんじゃないか。…いや間違いなく考えてなさそうだ。そして断られたら気まずい事この上ない。
…という自問自答が延々と続いている。たまに脱線して更に沖田を深みへと導いた。
「随分早く身ィ固めちまうんだな。ま、その方が大人しくなって良いかもしんねぇが」
土方は他人事のように笑いながら言った。部屋には入って来ず、襖にもたれ掛かっている体勢だ。
その台詞は右から左へ抜けていき、今の沖田にはなんの影響も及ぼすものではない。
「土方さんうるさい」
「へーへー、悪かったな」
漸くどこかに消えてくれるのかと思ったが、土方は煙草に火を点け留まっている。
「総悟」
「なんでさァ」
「お前が何を気にしてるか分からねぇけど、幸せの定義なんて人によって違うんだ」
今の土方の顔を見なくても沖田には分かった。
そしてその言葉を自分自身にも言い聞かせているんだという事も。
「テメエが勝手に相手の幸せを自分で計って決めつける道理はねぇよ」
「土方さんは……」
いつもの飄々とした沖田ではなく、だからといって特別真面目という訳でもない風に沖田は問うた。
「土方さんは後悔したんですか?」
はらりと廊下に煙草の煤が落下した。
煙草は何時の間にか短くなっており、持ちこたえられなかった重さの分床を焦がす。
あーと土方が罰の悪そうな顔をしたのを沖田は横目で確認した。その顔は煙草の煤で床を駄目にしてしまった事か、それとも沖田の問いに対してか。
「誰が為の後悔だよ。自分で決めた事を後悔してたらざまぁねぇだろ」
恐らく後者。
「土方さーん。俺頭わりィんで、意味がよく解りませんでしたー。もう1回言ってくだせェ。えーと確か、誰が為の…」
「止めろォォォ!恥ずかしいから!」
灰皿探してくる、と勢いよくドスドスと廊下を軋ませ土方は消えていった。
最近キレやすい。カルシウムが足りないんだろうと沖田は思った。
――土方さんは後悔したんですか?
一緒にいたいと言った姉の事で。
土方が姉の為を思って突き放したという事に気が付いたのは割と最近だった。気づいた、と言うよりも認めた、というのが正しいのかもしれない。
時間が許す限り土方を恨んでいたかった。
でも確かに姉は最期に幸せだったと言ったのだ。
「後悔する必要なんてねェよ……」
誰にも聞こえないか位の大きさでぼそりと呟き、沖田はそのまま微睡みの中へと意識が飲み込まれていった。
――…
――……
体が痛い。
固い畳で横になっていたのが災いしてか、沖田は不快感で覚醒した。
とりあえず体勢を変えたいと右半身を下にする形で側臥になる。
「……?」
何やら隣りから気配を感じる。
ゆっくり目を開けると、真っ青な瞳と交わった。
なぜか神楽がすぐ隣で横になっている。
「あ、え、お?……お、おぉ…」
「反応が地味アルな」
面白くないと頬を膨らます神楽。その頭にはいつものボンボリみたいなのはなく下ろされていた。
そのボンボリは沖田と神楽の真ん中に転がっていた。
横になるには邪魔だったのかと思案してると、それに気づいた神楽がニッとイタズラが成功した子どものように笑った。
「んで笑ってんだよ」
「ぶふふ。お前さっきまでボインだったアル」
「はぁ?」
「それ、大の字で寝てる時胸にのっけてやったネ。その姿のお前と言っちゃぁ…間抜けで……ぷぷぷ」
“それ”と称されたボンボリで、数分前までそんな羞恥な事をされていたなんてと沖田は多少の苛立ちさえ感じたが、呆れの方が大きくて神楽の額に強力なデコピンを喰らわし溜め息をつきながら身を起こした。
「お前の方にこそ入れた方が良いんじゃねェの?ほら、その貧相な胸に」
「こんな固い胸でいいのかヨ」
「俺は大福揉んでるから良いし」
「一生大福だけ揉んでロ」
鋭い殺気を飛ばしてはいるが、畳に押し付けられたそれこそ大福みたいな桃色ほっぺの存在が、相反して見事に黒いオーラを相殺する。
「…大福って言ってたら甘味食いたくなったなァ」
「甘味!食べたいアル!」
目をキラキラ輝かせ期待を含み、沖田を見た。
「………」
「? 何アルか」
丸い神楽の頭にポンっと優しく手のひらをのせた。訝しげに神楽は沖田を見上げる。
ここで甘えた顔ができないのが神楽だと思う。
「近藤さんとお前が海で溺れてたら、俺は多分近藤さんを助ける」
「…別にいいアル。わたしだって銀ちゃんとお前が溺れてたら間違いなく銀ちゃん助けるネ」
「でも、その後自分がどうなっても良いと思ってまで海に飛び出す気になれるのはお前だけだと思う」
「??」
「お前とだったら一緒に死んでもいい」
一瞬ポカンとした後、神楽は顔を真っ赤にさせた。
「な、ななななんだよそれ!」
「何って、俺ァ腹括ったんでィ」
神楽の髪を下ろした姿を見られるなんてあの時しかないよなぁと思いながら沖田は神楽に手を伸ばした。
畳の痕がついた頬に触れようとする前に、小さい手に邪魔される。
「なに」
「お前は中途半端なんだヨ。まどろっこしくじゃなくて、もっと分かり易く言え!」
「……」
「こ、今度は何アルか?」
身じろぐ神楽を逃がすべしと、沖田はにじり寄る。
「その言い方だと、俺が何を言いてぇか分かってるみたいだな」
「え…、知らなっ、」
「嘘。嬉しいぜィ、お前もその気なんてな」
こんなにも示してくれていたのに何に悩んでいたんだろ。
積み重ねられていた小さな幸せに、今まで気付かなかったのか。
後悔もなにも、初めて将来を考えた女に、気持ちを伝えて後悔なんてする訳もない。
徐々に聴こえてくる音は幸せへの足音か。それとも目の前で真っ赤になって俯いている彼女の鼓動なのか。
どちらにしても幸せなの物には変わらなかった。
中毒性ラバー
さわさんから、マリッジブルーな沖田という素敵リクエスト頂きました^^…なのにマリッジブルー活かせなくてすいません;_;
調べた所、男性は結婚を考えてから決めるまででマリッジブルーになる人が多いらしいです。
お誕生日おっめでとうございます!!