※微妙に注意


右と言えば左へ向かう彼女


前日が前日だっただけに街中には笹の葉や短冊が至る所に落ちていた。ちゃんと掃除しとけよなと内心悪態をつきながらも、自分もちゃっかり昨日の祭りを楽しんでいた事を思い出した。
少し季節を先取りな気がするカラフルなかき氷や、こちらもまた何色あるのか分からないカクテルジュース。公務中でありながら沖田はしっかりとそれらを胃袋に納めていた。
昨日は七夕の祭りで笹が江戸一面に飾られていたが、今はもう撤去されている。
一々イベント毎に何かを催すのは、やっぱり祭り好きの江戸の血だろうか。


「おい」


足を止め呼ばれた方に振り向くと、万事屋の紅一点の姿。ただ何時もと違っていたのは、チャイナ服ではなく身に纏ってるのが白地に淡い桃色の花があしらわれている浴衣を着ていたという事。江戸の人達は着物を着ている事が多いので、格段浮く、と言う訳ではなかったが、普段の彼女を知る者としては違和感を抱いた。

「なんでィ、祭りは昨日で終わりだぜィ?まさか日にち間違ったのか?ぷぷぷ、だっせー」

「うっせーナ!間違ってないアル!ちゃんと銀ちゃんと新八と昨日行ったもん」


なら何で?と沖田は思ったが、それを口にする前に神楽が遮るように沖田に何かを差し出した。さも人を小馬鹿にするような笑顔で。


「これお前のだロ?」


それは短冊で、書かれた願い事を見た瞬間、沖田の眉間に皺が寄った。昨日町内会で配っていた短冊なので、誰が書いたか特定出来るものではないのに何故自分に渡してきたのか。


「道に落ちてたアル。拾ったのがわたしで良かったアルな〜」

「いや、これ俺じゃねぇし。何だよ、『童貞卒業』って。喧嘩売ってんのかてめェ」

「え!」

「絶対そうだと思ったのに、っていう顔止めろィ。俺なんかより、お前ん所の眼鏡のが正しいんじゃねぇの?」

「新八だったらお約束すぎてつまんないアルー」


ビリビリと破かれた哀れな短冊。笹から落ちた時点で願い事は散ってしまったようなものだが、まさか書いた本人は勝手な理由で破かれるとは思いもしなかっただろう。
用が済んだのかも分からない目の前の少女は、傘を閉じたり開いたり、かと思えば崩れてもいない浴衣の襟元を直したりと沖田の前に立ち塞がったままだった。
どう対処しようかと考えを巡らすと、一つの方法に行き着いた。この話題だと必ずこの少女は体全体で拒否反応を見せる。

「ははーん。浴衣着て現れたり、そんな願い事書いた短冊を見せるなんてチャイナ俺の事誘ってんの?」


自分を性の対象として見られる事をすこぶる嫌がった。
普通の女とは違うと認識があるから沖田はネタにするのであって、相手はちゃんと選ぶ。たまに相手するのが面倒になった時に使うネタだった。
神楽からしてみると馬鹿にされていると思っているが、沖田はからかい半分、本気半分。
今日も例に漏れず顔をしかめて沖田を睨み付ける。


「ばっかじゃねーノ。お前の下半身になんて興味ないアル」


ぷいっと顔を逸らし、道に落ちている短冊を踏みながら沖田から離れていく。
何時もならここで終戦だが、今日はもうちょっと戯れに付き合ってもらおうか。
ドSの笑顔を気付かれないように作り、いつもより小幅な神楽の後をついて行く。

「……付いてくんなヨ。変態野郎」

「最近物騒だからなァ。ボディガードが欲しかったんでィ。あ、そこの角右ね」

「誰がボディガードネ!」


神楽が前を歩き、沖田が後ろを歩く。付いてくるなと言っても聞くような人ではないと神楽は分かっていたので、別の作戦に出た。

「ちょ、右って言ったろィ。そっち左。なんでィ、右左も分かんねぇのか」

(こっちだってお前の言う事なんて聞いてやらねぇヨ!)


沖田が指示する方向と“逆”に歩く。
お互いに天の邪鬼な性格なのだ。


「……次、右」

「うるさい!」


カーナビのように懲りずに指示してくる沖田。そしてまた敢えて反対に向かう神楽。
それが何回か繰り返され、神楽が万事屋に帰りたいと思い始めた頃には沖田の嫌がらせが終盤に近付いていた。


「あれ?ここ…」


歌舞伎町に近い。近いけど、ここは明らかに活気溢れる歌舞伎町とは違う。寧ろ静かと形容した方が合ってる場所。
一見なんの建物が分からないものや、明らかにそういう所ですとギラギラと主張している所。
神楽は何故こんな所にと少し混乱したが、直ぐに原因を察した。


「おいサド!なんでこんな所に付いたアルか!?辺り一面いかがわしいホテルだらけだローが!」

「俺ァ知りやせんぜィ。てめぇが俺の言う方向の逆に向かうのが悪ィんじゃねぇの?」

「明らかにわざとだロ!狙ってただロ!」

歩いているうちに日も暮れていて、ちらほらと男女の連れも増えてきた。沖田達を何事かと眺めていく。誰でも分かる隊服を着て、まだ幼い少女とこんな所でもめてれば誰でも興味が惹かれるだろう。
今回はただの嫌がらせのつもりで、勿論沖田自体隊服でこんな場所に入る気はさらさら無かった。
かなり頭にきている神楽に、そろそろ誤った方が良いかと思った瞬間腹部に衝撃が走った。


「ってぇ……、チャイナ、何、す」

ホームラン王も伊達じゃないフルスイングをバッドの代わりに傘でおみまいされた。
うずくまるしかない沖田は、涙目になりながら神楽を見上げるとギョッとした。
だが直ぐに冷静に戻り、立ち上がると神楽の腕を掴み引っ張った。


「……冗談に決まってんだろィ。今日は俺が悪かったよ。だからんな顔すんな」

だから今日は帰ろう。
そういう意味で引っ張った。

だが神楽はそこに根を這ったように微動だに動かない。


「おい、」

「別に…、入ってやっても良いアル」

「は?」

どこに、と聞き返しそうになりながらも口を噤む。
歩いたせいか、浴衣の襟元が少し乱れ、白い鎖骨が覗いており思わず生唾を飲み込んだ。でも相手は喧嘩仲間。邪な思考回路を切断するように、沖田は一度固く目を瞑った。
ずっと顔を背けたままの神楽の頭を両手で包み込み、正面を向かせるとそのまま頭から柔らかい頬へ移動させた。そして餅のように神楽の頬を引っ張った。


「おいおい。いくら俺の誕生日だからってサービスしすぎじゃねぇの」

「いひゃい、いひゃい!はなひゅありゅ〜!」

「俺ァ浴衣見せてもらっただけで十分でさァ。まぁ、それを脱がすのも乙だけど俺達にはまだ早ぇ」

それに俺の心の準備ができてねぇしな、と神楽に恥をかかせないようにと言葉を選ぶように話した。

沖田は気づいていた。
今日神楽が自分の前に現れたのは偶然ではなかったという事。どっからか誕生日だという事を聞きつけ、祝ってくれる為に探してくれていたのだと。
そしておそらく銀時に植え付けられたであろう、変な知識のお陰で沖田は得意のポーカーフェイスを崩された。

神楽は沖田の次の言葉を待っているのか、パチパチ瞬きをして珍しく大人しくしている。


「あー、なんか腹減らねぇ?」

「う、うん。お腹ペコペコアル」


隊服のポケットを漁ると出てきたのは、1枚の千円札と数枚の小銭。(軽食なら間に合うか…)

「ラーメンで良いかィ?」

「キャッホーイ!ラーメンアルー!」

「ただし一杯だけな。金がねぇ」

「いっぱい!?」

「いっぱいじゃねぇよ、一杯でさァ」


さっきまでの色香は何処へ。
ラーメンの話しをした途端に涎を垂らし、目をキラキラ輝かせる。
手を出さなくて良かったと思う反面、あんなチャンスもう無いんじゃないかという葛藤にこれから苦しむ事になるとは沖田はまだ知らなかった。





1年に一度の特別な日
今日は日常の中の小さな非日常だった。




沖田誕生日おめでと!

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