環さまへ捧げます


「斎藤さん、斎藤さん!おはようございます!」

「あぁお待たせしました><か…昨日ぶりだな」

「はい!早く斎藤さんにお会いしたくてこんな時間ですがこっそり来ちゃいました。えっと、迷惑、でしたか?」

「そんな事はない、お待たせしました><は誰にも見つからずに来れたのか?」

「勿論です!斎藤さんの為ならこれくらい朝メシ前ですよ!」

「女子(おなご)が朝メシだなんて言葉、使うものではないと思うが…」


全く…そう言いながらもふわりと優しく微笑む彼、斎藤一さん。彼の笑顔は今日も美しく輝いている。そう、まだ空にぼんやり残る真ん丸なお月さまよりも、だ。

今はまだ日が昇り始めるには少し早い時間帯、私は大好きな彼の元を訪れていた。私がこの屯所付近に住み始めてから初めて知り合った男の人。しばらく経ってお互い面識を付けた頃、本人からいきなり暴露された新撰組とかいう巷では人斬り集団との噂の絶えない所の三番組組長を務めていると伺った時には心底驚いた。何せ、噂が噂なだけに俄かには信じ難かったからだ。その噂の内容とは聞くに堪えようのないものばかりで(該当者は下っ端の中の下っ端)、例えば刀の切れ味を試す為だとか、ただ悪戯に権力を揮ってみたりだとか。理不尽で利己的な理由によるものばかりに町民は皆眉を顰めるものばかり。
そんな集団と彼の纏う雰囲気とは全くの正反対なものだから、事実を告げられた時は酷く困惑し何度も同じことを聞いてしまい迷惑をかけてしまった。今でも深く反省している。

だから私は斎藤さんの様な心優しい人がそんな集団と(斎藤さん本人にそんな集団なんて言えないが…)同じ括りにされるのは嫌だったし、そ、傍にも居て欲しかったから『新撰組を辞めてしまえば』とうっかり進言してしまった。顔からサァっと血の気が引いて、その時は言っててすぐに失言だったと謝ったけれど拳一つとんできても文句は言えないと思った。寧ろ言えるはずがないのだ。たからこそ、その制裁を甘んじて受けとめようとギュッと目を閉じ来るべき衝撃に備えようとしたけれど頭を掠めたのは予想だにしない、


「………」


今と同じで大きくて少し無骨な温かい掌だった。

『、どうして?』と恐る恐る顔を上げて彼を見やれば柳眉なそれをくたんと下げて寂しそうに斎藤さんは笑った。自分は己を見つけてくれたあの人たちの力になりたいのだと。
きっと仲間が何より大切で、だけど世間体もしっかり知っていて。きっと色々な気持ちが綯い交ぜになっていたんだと思う。その時感じた不可侵領域に思わず衝動的に涙が零れてしまったけれど、それを少し恐々と、でも丁寧に拭ってくれたのも勿論斎藤さんその人だった。


「私、斎藤さんに頭撫でてもらうの大好きです」

「…いきなりどうした」

「あれ、照れているんですか?」

「照れてなどいない」


うっすらと頬を染める斎藤さんはなかなか貴重だ。普段は冷静さが着物着て歩いているような方なのに、偶に見せるこの感覚のズレが何ともいえない。こんな人前で悶える訳にはいかないのに。
私だってこうされると反抗なんて出来ないし(初めからする気なんて毛頭ないが)嬉しさから同じく頬が染まる。でも彼はからかわれていると感じたのか、私を宥める様にポンポンとそこに手を置き数秒、静かに離れて行った。


「…なんだか物足りないです」

「また気が向いたらな」

「き、今日もお仕事ってあるんですか?!」


黙っていたらこのまま斎藤さんが行ってしまいそうだったので、早朝だというのに構わず大きな声で呼び止めてしまった。そして、きょとんと面食らった斎藤さんもまた素敵だった。


「いや、今日は久し振りに副長が休暇をくれてな。丁度暇を持て余していたところなんだ。だからお待たせしました><、この後もゆっくりお前の相手をしてやれる」


そう告げられた時の私の腑抜けた表情は早くも今日一番の変顔だっだかもしれない。自分を映すもの等を持ち合わせていないことから心底ほっとしていたのだけれど…。それを見ていた斎藤さんにくすりと笑われてしまった。何これ、すっごく恥ずかしい。


「まずは朝餉の時間まで少し散策でもしないか?」

「はい!斎藤さんとなら喜んで!」

「なら行くぞ」


ふわりと宙に浮く小さな体。それを壊れ物でも扱うかの様な繊細な力加減で肩に乗せてくれる。ここからの眺めも好きだけど叶うのならばいつか彼と並んでこの町を歩いてみたいな。



(お待たせしました><ちゃんは可愛らしい小鳥さん設定)(なので傍から見たら一くんが一方的に喋ってます笑)


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