餞別


 定例の会合を終え郊外にある現在の仮寓に着いた頃には既に半宵も近かった。居間へと続く襖を静かに流せば、開け放たれた丸窓の障子から漏れる月明の下に揺らめくのは人の影。燻らせた紫煙の匂いと畳に這う蘇芳の艶やかな着物は酷く見知った形姿だった。
「……高杉、次に会う時は斬ると云ったであろう」
「いいぜ、斬れよ」
 戯言に従い刃先をその喉元に宛がうと満足したかのようにその隻眼を閉じクツクツと笑う。そのふざけた仕草を見下ろせば、この茶番に律儀に付きやってやるのも馬鹿らしくなり握り慣れた柄を徐に鞘へと宛がった。
 

「分かっちゃいるだろうが、余計な動きはするんじゃねぇぞ」
 その言葉の意味は瞬時に理解した。
 昨今の真選組内での不穏な動きに鬼兵隊が関わっている事は既に聞き及んでいたし、そして心ならずも奴等と懇意にしている銀時の動向についても概ね把握している。
「このまま上手くいきゃあの狗っころ共も駆除できるかもしれねぇしなァ」
「あのうるさい狗等が消えるのは喜ばしいが……」
「銀時か。……お前さんが何を夢見てるかしらねぇがな。あんまり奴に期待しなさんな」
「別に期待などはしていない」
「あんな貧相で横暴な餓鬼のどこがいいってんだ」
「……そうであっても。あいつには、出来る限り生きて欲しいと願っている」
「ふん。そりゃあ、お優しいことで」
 まぁ、外野が何を喚こうが奴もテメェの終生はテメェで決着つけるだろうよ、そう云いながら高杉は煙草盆に灰を落とした。こん、こん、と控えめに響く音が小気味よい。
「だがなヅラ、俺はそんなくだらない話をしに来た訳じゃねぇんだよ」
 煙管を置いた手が目の前に迫りくる。その隻眼は正確に距離を捉え、胸下まで伸びた髪先をするりと撫でた。
「ようやく元の長さに戻ったか」
「……貴様のせいだろうが」
「まぁ、短髪も悪かなかったけどな」
 無論、あの紅桜に寄生された男が高杉の差し金ではないことは承知していた。しかし当て擦られた本人といえば別段気にする様子もなく、所々間延びした毛を引っ張ってはひでぇ切り方だなァ、などと呟きながら新しい髪束を掌で弄んでいる。
 おぃ、切るもん持ってこいよ。文机から取り出した鋏を差し向ければ、着物の合わせから懐紙を取り出し片手を振りぞんざいに広げた。

 しゃく、しゃく、と規則正しく揺れる音。
 こうして髪を揃えてもらったのはいつの頃からだったか。後頭から伝わる髪を緩く引張られる感覚ももう慣れ親しむほどの遠い昔から。
 そしてこの手が再び触れることはもう二度とないのだろうと、理由もないのにはっきりと自覚した。
「ほら、少しは見栄えよくなったじゃねェか」
「そうか?さして変わらぬように見えるが」
「テメェは容姿がいいからな。いつも身なりを整えろ。清廉で高潔、それだけで人は動かせる」
 大概に自分もこいつに甘い。結局は云うとおりにしてやるのだ。
「なに笑っていやがる」
 それがたとえ随分と分が悪い配役であったとしても。
「それならば貴様もせいぜい、無様に踊れ」
 きっと間も無く、俺の半身は息絶えるだろう。
 哀しみの半分と愛しさの半分を道連れに。
 だから貴様は有らん限りの力で、陳腐な悲劇のように復讐に身を焦がし惨めにくたばれ。
「上等じゃねえか」
 お前さんの分までどでかい花火を打ち上げてやらァ、そう云って目の前の酷く見知った男は悪戯を仕掛けた子供のようににたりと笑った。







しんみりしたお別れ話を書く予定が、ただのバカップルの会話になってしまった…

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