失錯リフレイン


 毎週金曜日の放課後は、桂が国語準備室にやってくる。

 去年の春、三年に進級したばかりの桂は、今時期になって突然新しい部活を立ち上げたいと云ってきた。
 そしてそのためには顧問がいるだとか部室が必要だとか何とか。
 いろいろ説明していた気がするけど漫画片手に適当に相槌を打ちながら聞き逃していたら、いつの間にかこうして巻き込まれていた次第。

 卒業も間近な2月も半ば、今日もそんな金曜日で。
 桂は普段は物置と化している俺の隣のデスクに座って、なにやら作業をしていた。


「そうだな。ではそちらはエリザベスに任せよう」
「いや、そうではないぞ。これはこうだ」
「おお、それもよいかもしれん」
「さすがだな、エリザベス!」

 片手で抱き抱えられるくらいの大きさの白いペンギンのようなぬいぐるみに向かって話す桂も、もはや見慣れた光景だった。
 背中までするりと流れるさらっさらな黒髪や、陶器のように白い肌、伏せられる瞼には長い睫。
 魂の持たない壊れた人形のような、その顔も。


「……だそうですよ、先生」
「は?」
「……先生、エリザベスの話を聞いてなかったんですね」

 突然のフリに雑誌を傾け、思わず桂と目を合わせてしまった。

「もしかして、先生。まだエリザベスの声が聴こえないんですか?」

 いや、おまえ。それ、ぬいぐるみでしょ。
 そりゃあ、昔は中におっさんが入ってたけどよ。
 今ここで、そのお前の目の前にあるのは、ただのぬいぐるみじゃん。

「先生、もしかして疲れているんじゃありませんか。ストレスで難聴になる事もあるらしいですし」
「……あー、そうね」

 きっと、聞こえない俺の方がおかしいのよね。
 だって今日も、世界はおまえを中心に廻ってるんだから。


 幾つか小言を云ったあと、彼は何事もなかったかのように机に向き直って作業を再開し始めた。
 そうやって心配しているように見えて、相手の事情など何一つ汲み取ろうとはしないやり取りが流れてゆく。
 俺たちの変わることのないそんな隔たり。

「ねえねえ、ヅラくん」
「……なんですか、先生?」
「ちょっとこっち来てくんない?」

 おいでおいでと手招く俺に、桂は僅かに眉をひそめながらも椅子から立ち上がり近づいてきた。
 手を伸ばしてその頬に触れてみる。
 それから腰をちょっと浮かして、その唇に口づけた。
 やわらかくて、冷たい、この感触も相変わらずだ。

「……っん!ちょっと待てください!」
「なんで?」
「いや、あの……え?」
「え、なに、ダメなの?」

 しれっと云ってやれば、桂は一瞬目を見開いて、それから一歩下がり距離を取った。

「……貴様は、この姿の俺にも手を出す気か?」
 教師が生徒と淫行に及ぶのは社会的に問題があると思いますよ、先生。

 そう云って見下ろす桂の視線に少しイラッとした。
 その口端に現れるのは余裕の笑みで。おまえって、ほんと性格悪いよね。


 触れたはずの微かなぬくもりから取り残された右手を下ろせば、
 その指先に触れたのはデスクの下段に引き出しに詰まったカラフルな袋や箱だった。
 今日は2月14日。バレンタインデーという日で。
 朝から渡され続けたチョコレートは引き出しには収まりきらずに、はみ出してしまっている。
 取り立ててモテるというわけではなかったけど、自他ともに認める大の甘党の俺の名は校内では知れ渡っていて。
 いつもとちょっと違った日常をノリで楽しみたい女子高生には毎年いい標的になっていた。
 もちろん俺も大好きな甘味がたんまり貰えて、ありがたい事この上ない。

「あー……ヅラ君、ちょっと待ってて」

 誰から貰ったかなんてわかりはしないチョコレートの箱の山に手を突っ込む。
 たしか桂は甘いものはあまり食べなかったはずだ。
 とりあえず艶消しの包装紙にこげ茶のリボンがあしらわれたシックな小箱を選んだ。

「はい。チョコレート」

 俺に向けられた好意と義理を。俺の大切な日々の幸せの糧を。
 おまえに一つ、わけてあげる。

「それじゃあ、ヅラくん。俺とお付き合いしてくれませんか?」
「……何のつもりだ?」
「ここはさぁ、やっぱり王道の手順を踏むべきじゃないかと。
 ……じゃあさ、来月のホワイトデーにお返事してよ。その頃にはもう卒業式も終わってるし」
 厳密には3月末日までは高校生なんだけど…ま、いいよね。

「仕方がないな、銀時は」
 そう云って桂はいつものようにぞんざいに笑う。
「知っているとは思うがな。これでも、ちゃんとお前の事が好きだったんだぞ」

 うん。知ってるよ。
 十分に、わかっているさ。その真意はくっきりと引かれる境界線。
 結局いつまで経ってもお前を手放せないでいるのは俺の方で。
 俺のすべてを与えたって。おまえに届くはずもないことは嫌というほど知っているのに。
 そして俺はすべてを投げ捨てれるほど、強くは在れないことを知っているけれど。
 それでもさ、許される範囲でお前の隣に居たいわけ。
 俺のこんな健気で繊細なこの気持ち、おまえには分かる?
 いいや、解りっこないね。
 愛情だとかそういうふわふわとした頼りないものを理解しないお前には、
 一度や二度生まれ変わったくらいじゃあ、まだまだ理解できないだろうさ。

 それでももし、お返しに。一つの恩情をくれるなら。
 こんな終わりの見えないやさぐれた気持ちに、一つの始まりを示してよ。
 今度は恋とかそんな名のもとに、強引な駆け引きもしてみせて。
 そうすれば、たとえばお前の将来を思って手を離すことだって、今度は容易くできるはずなんだ。

 黒い小箱をその手にすっぽりと納めた桂の、うっそりと笑ったその顔も。
 やっぱり見慣れたあの顔だった。





☆おまけ☆

「おい、ヅラァ。何やってんだ?帰るぞ」
「高杉!ああ、もうこんな時間か。すまない、今行く……って、おい、エリザベス」

「うわぁ……マジかよ。てめぇ、桂に手出しやがったな。このエロ教師」
「エリザベスもそんな誤解を招く云い方をするな。まだにゃんにゃんした訳ではないんだぞ?」

「桂もさぁ、銀八なんかで遊ぶの、いい加減やめとけよ……ま、いいけどさ」

「……もしかして晋ちゃんもこのぬいぐるみの声、聞こえてたりすんの?」
「は?何いってんだ?エリザベスはプラカードで話すに決まってんじゃん。
 ……ま、いいや、行こうぜ、桂」

「それじゃあ、先生。また明日、学校で」
「じゃあな、銀八」

「あー……うん、気を付けて帰れよー」









ハッピーバレンタイン!
一応銀八桂のつもりですが、揺るぎない高桂高なのは私の趣味です…^^;
いつもとは違った軽い恋愛話を…と頑張ってみました。
3zはみんな仲良しだといいな♪


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