ハルモニア


 振り返れば、静まり返る並木道の向こうに。幾重の枝の隙間から街明かりが見える。
 高台の住宅地に紛れて立つマンションに、俺たちは暮らしていた。

「今日はクリスマスだ。クリスマスというのは、家族で過ごす日なのだそうだ。ご馳走を用意しよう。プレゼントもある。だからおまえも今夜は早く帰ってくるのだぞ」
 今朝、桂はそんなことを俺に伝えた。
 俺たちは家族ではないけれど、たぶん家族なんかよりずっと同じ時間を共有し、お互いの事を知っているつもりだから、その言葉に違和感はないけれど。
 無邪気に振る舞うその笑顔と弾んだ声に、俺は少しだけ哀しくなった。


 帰路に就く足元には、雪のかたまりがぼたぼたと落ちては消えた。
 ああ、嫌だな、と思った。
 うすら寒い風も、上着とコートで分厚く覆った背中の湿りも。
 とうに陽は落ちているはずなのに、桃色の雲が流れる空も。
 俺を手招き続ける、通り過ぎてきた並木達も。

 そういう時は、目を瞑って、耳を澄ますのだ。
 ざわめく木々や鋭く走る大気、エンジンの唸り、微かな人の話し声。そんな雑踏の向こうの、奥の音。
 流れるのはいつだって静かで歪なメロディで。
 不揃いな和音に隠された、透き通る煌めきを、聴く。



 確かな正しさがこの手に在った頃のクリスマスは、はらはらと雪が降る今よりもずっと寒い日で。
 異国文化に乗じて隊の者たちに少しの酒を振る舞った俺を、桂はくだらないと一瞥し自室に戻り刀を研いでいた。
 襖越しに「めりーくりすます」と言葉を贈れば。息を詰める音がわずかに聞こえて。
 縁側から眺める夜空の果てに、飛行戦艦の輝きを見た。


 俺達はいつだって、お互いを認めず、解することはない。
 それでもなにもかも知っているつもりで振る舞い続ける切なさと、この価値を。伝え合う術など持ちはしないから。
 それならせめて今夜は、メリークリスマスと伝えよう。
 今では聞き慣れてしまった言葉でも。
 何の意味も持たせずに、空虚なままで、今年もおまえに。





知らないふりをし続ける晋ちゃんと、認めることが出来ない桂くん、でした。
其々の季節の風景が二人を繋ぐきっかけになりますように。
いつまでも一緒に居てね。メリークリスマス!


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