サイアノ・タイプ


 目が覚めるといつものソファの上で。カーテンを閉め忘れた窓からは銀色の日差しが射し込んでいた。今日もきっと暑いのだろう。
 けれども空調を効かせた室内は肌に当たる風がとても冷たくて。腰に掛けていたブランケットを手繰り寄せ、手足を隠すように包まった。
 それでもやっぱり寒かったけれど空調のリモコンを探すのも億劫だったから。それならもう一度寝てしまおうと、まだぼんやりと膜が貼った頭が思考を放棄しようとしたその時に。
 ぴんぽん、と一つ、チャイムが鳴った。
 一度は無視しようとも思ったけど立て続けになる聞き慣れたリズムで鳴らされるその音に。この頭はようやく目覚めて、覚束ない身体を無理やり起こした。

「おはよう、晋助」
 大きなつばがついた麦わら帽子を被り、白い半袖のパーカーと紺色のハーフパンツをはいた夏の装いの桂は、勝手知ったるや靴を脱ぎ僕を押しのけリビングへと向かう。
「どしたの」
 リビングの壁側に置かれた白いカウチソファに座ろうとした桂に一応尋ねてみる。
 時計を見ると朝の8時。いつもなら通学前に迎えに来る時間だけど、今は夏休みだ。
 まあ、突拍子もなく訪ねてくるのはいつものことなので、特に驚いてはいないんだけど。
「今日はお前の誕生日だろう?」
「……あ、そうかもなぁ」
 そういや誕生日なんて日もあったなぁ、とキッチンの近くに貼ったカレンダーをちらりと見遣った。
「貴様にも予定があるだろうと思ってな、こうして早めに来てみたのだ」
「いや、別に、どっか行く予定なんてないけど」
「そうか、それならば今日は俺と一緒に祝おう」
 ソファに座って僕を見上げた桂は、何が嬉しいのか、ぽんと両手を合わせてにっこり笑った。

 それから桂は持ってきた大きめのトートバッグごそごそと漁り、その中から白いバスタオルのようなものを取り出してこちらに差し出した。
「なんだ、これは?」
「誕生日プレゼントだ」
 そのかさばる布を受け取って広げてみると、それは着ぐるみ風の服だった。真ん中にスナップボタンが付いてあり、頭部のフードには黒い糸で刺繍された二つの丸い目とフェルトで作られた大きな黄色いくちばしがついている。
「エリザベスのパジャマだ。どうだ、かわいいだろう?」
 それは桂が大切にしているペンギンおばけの顔だった。目の部分の刺繍はよく見るとちょっと歪んでいて。
「これ、作ったのか?」
「そうだ、我ながら良い出来だと思っている。ほら、もう一度よく見てみろ。かわいいだろう?」
 何度見てもかわいいのかどうかの判断はつかなかったけれど、桂がそういうなら、かわいいのだろうと、小さく頷いてみた。
「今日は特別な日だからな、晋助にも着せてやろうと思ったのだ。心配ない、俺の分もちゃんと用意してあるぞ」
 さあ、遠慮なく早く着せて見せてくれ。との催促に着ていたTシャツを脱いでその着ぐるみに手足を通した。股下が長くとられているので、ちょっと動きにくい気もするけど、ご丁寧に用意された黄色のルームソックスもちゃんと履いてみる。
 振り返ると、桂はいつの間にか既に着替えを終えてソファの上に正座していて。こちらをまじましと見つめて、それから、ぱぁっと顔を輝かせた。
「思った通りだ。やはりよく似合う」
 そういって僕を隣に座らせると、背中に垂れ下がっていたフードを頭に被せては、うん、うん、とご満悦そうに頷いた。
「こんなかわいい着ぐるみを着られて、お前もさぞかし嬉しかろう」
 今日の桂は何故かとても機嫌がいいから、僕もなんだか嬉しくなってくる。
「今日は一日中、晋助の好きなことをして過ごそう」
 さあ、何がしたい?今日は特別な日だからな。なんでもしてやるぞ。そう云って、桂がまたわらった。
「うーん…………じゃ、寝る」
「貴様は先ほど起きたばかりじゃなかったのか」
「夏休みってのはな。寝ても、寝ても、眠たいんだよ」
「……そうだな。実は俺も昨夜はこれを作るのに夢中で、あまり寝ていないんだ」
 そう云って着ぐるみの端を持ち上げた手を、僕はそっと握った。

 それから僕たちは手足を折りたたみ互いの手を絡めてソファの上で、二人、小さく丸まった。
 目の前には白い布から覗く肌と、フードから流れ落ちた一房の髪。その顔は傷一つなく、さらりと揺らめいた髪から僅かに漂うのは清潔な石鹸の匂い。
 共に生きたあの噎せ返る夏の日々は、遠く色褪せてしまったけれど。君のいつだって冷たく覚めた瞳は、こうして今も変わらずに僕を見つめるから。
 もっとここに在ることを感じるために。あの日々を忘れないために。
 痴がましくてとても言葉には出来ないけれど。できることなら、ずっとこうして、傍にいて欲しいんだ。

 その頬に手を添えてゆっくり引き寄せる。白い布地に包まれた二人は、外から見ても、たぶんいつもとはちょっと違っているんだろう。
 彼の背越しに見えるベランダの窓からは、過ぎ行く夏の空が広がっていて。
 窓枠に切り取られた二人だけの空は、雲一つない、鮮やかな青色だった。






晋ちゃん、おたんじょうび、おめでとう!
相変わらず晋ちゃん僕っ子ですみません…一応人前で自分のことを話す時は一人称は俺になる設定です^^;


>>






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -