Beautiful World


 桂さん、桂さん、と。一回りは年上の部下が副将に就任したばかりの桂を探していた。俺が探してくる、と彼を制し夜の境内に歩を進める。
 ざく、ざく、と砂利を踏みしめる音の隙間から、本堂での宴の喧噪が風にのってわずかに聞こえた。物資もけっして十分とは言えない現状ではあったが、今日の勝利を祝して仲間と共に薄い酒を飲み交わす。たとえこの勝利に先は見えなくとも。瀬戸際のゲリラ戦を繰り返すくらいしか抵抗できないこの戦の終焉など目に見えて明らかであったとしても。俺たちはまだ酒は呑まなかったけれど、そんなひと夜の儚い享楽の意味が分からないほどもう子供ではないつもりだった。

 幼い三人で始めた覚束ない旅の先には。
 日増しに増える軍勢。拡大する戦火。
 積み重なるのは無意味な残骸。
 もう止めることなんてできはしない。
 こんな結末、はじめからわかっていたはずなのに。

 秋風が流れるその先で、桂は山門へと続く階段にぽつねんと座していた。
 天上の星屑を見上げることもなく、抜け殻の街を射抜くようにただ真直ぐに見下ろしていた。
「綺麗だなァ」
 隣に腰を下ろせば、桂はぴくりと動いてその瞳をこちらに向ける。空だよ、そら。そう伝えると、ようやくその顔を上げて満天の星空に微笑んだ。
 今ではこうして笑うことも少なくなってしまったけれど。それでも時折見せるその表情に、まだ俺もお前も終わってはいないんだと、少しだけほっとする。だから俺はいつだって、お前に救いを求めてしまうんだ。
 なあ、桂。
「夜明けなんて、きっと来ねぇよ」
「……そうかもしれんな」
 お前が云うのなら、きっとそうなのだろうな、と桂は頷いた。
「もう、先生はいないんだ」
 先生が死んでしまった今、これ以上大人達の演出に付き合う義理はないと。そう云ってお前の手を取って逃げてしまうことだって、俺は躊躇いもなくできるはずなんだよ。どす黒く染まった掌を見つめて後悔と懺悔を繰り返したところで、今更何を変えることができるだろう。それに俺たちが俺たちで在る理由なんて吹けば消し飛ぶ塵芥のようにちっぽけで頼りなくて。そんなものに価値などありはしないことを俺もおまえも十分に知っているのだから。
「それでも、戦わなくてはいけない」
 刀を取った時、そう決めたじゃないか。先生を取り戻すと。先生の示した世界を目指すと。
 俺たちに残された矜持は、もうそれしかないじゃないか。
 それ以外の生き方など、もう残されていないじゃないか。
 桂は淡々とした口調でそう云って、光の灯らない街を見下ろしながら口角をわずかに上げた。
「わかっているさ」
 わかっていたよ。お前を逃すことなんて、出来はしないことくらい。



 力なく振り下ろした一太刀の、鈍く光る刃先が照らすのは。
 傀儡と化し崩壊してゆく幕府。
 攘夷の名のもとに集う有志士の憂国と武士道。
 その大義に裏付けされた欺瞞と弁明。
 狂悖暴戻なる死地の侍がその胸に宿すのは、穢れなき殉国への情熱。
 そしてお前の瞳に映るのは、いつまでも色付くことのない空ろな景色。
 そう、気付いてしまったんだ。
 錆びた刃で切り取られたこの不揃いな現し世は。こんなにも醜く、美しい。

 それならばせめて、俺はお前を護るよ。
 この世界のすべてから。
 あの彼岸の先から。
 そしてお前の代わりに笑ってみせるから。

 だからいつの日か、この薄汚れた夜空の果てに。
 一瞬でも構わない。凛然として透き通る、その純真を鮮やかに示して。








趣味に走りすぎました、すみません。
いや、そのですね。393訓の二人の容姿が予想以上に幼くて美少女で思いっきりムラムラしてしまってつい…!!


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