やさしい時間


 紅茶から立ち上る湯気越しに名前の表情を盗み見た。
 眉は下がり、視線は落ち着きなくあちこちへと動くくせに一向に俺と視線を合わせようとはしない。何か言いたそうに、薄く口を開けては閉じてを繰り返している。
 今日会った時からずっとそうだ。
 呼び出したのはこいつの方だというのに。
 最初から響いていた筈の室内秒針の音が急に耳に障る。
 痺れをきらした俺が口を開きかけたところで、ふと出掛けに言われたリーオの言葉を思い出した。

『エリオット、ちゃんと彼女の話を聞いてあげなきゃだめだよ』

 喉元まででかかった言葉を紅茶で無理矢理底へと流し込む。
 微かな物音にまで肩を揺らす姿を見て、俺は無性に虚しくなった。

(なあ、そんなに俺は頼りないか? 確かにリーオみたいに気の利いた事は言えないかもしれねえけど、俺だって)

 手を伸ばして、そっと名前の肩に置いた。
 驚いたように目を見開いたが、あの怯えた素振りは見せなかった。
 体温を分け与えるように、じっとそのまま。

「聞いてやるから、全部。言いたくないなら言わなくていい。でも一人で抱え込むな。何の為に俺を呼んだんだよ、ばーか」



(20201011)
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