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19



 マルコがいなくなって、俺の生活は元に戻った。
 買った当初は、必要なくなったら売るなりして廃棄してしまおうと思っていた子供用の服や雑貨は、どうしてもそうできずに小さな衣装ケースに全て入れて保管してある。
 不思議な事に、マルコが一番気に入っていた青いコップだけが無くなっていた。
 部屋を大掃除しても出てこなかったから、マルコが持っていったのだろうか、と思っている。
 そして、そうであればいいとも。

「……あー、もっとあっちこっちつれていってやればよかったか」

 今度で良いかと先延ばしにして、連れて行かなかった場所はいくつもある。
 車にも乗せてやればよかった。
 バスや乗用車に騒いでいたのだから、乗ったらさぞかし喜んだだろうに。
 面倒くさがりだった自分を後悔しても、後の祭りだ。
 そういえば、マルコがいなくなってから、俺は漫画『ワンピース』を買い込んだ。
 最初から最新まで、全部。いわゆる大人買いというやつだ。
 何度も何度も読み返し、そしてよく泣いた。俺の涙腺は弱かったらしい。
 マルコがどこの誰かも知った。
 あんなに小さかったマルコが、ああも強い海賊になるとは知らなかった。
 相変わらず無茶な戦い方をしているのが不満だが、言ったって届きはしない。
 弟分と白ひげを埋葬した後のマルコがどうしているのかがとても不安だ。きっとたくさん泣いただろう。
 俺が親父とお袋を亡くした時みたいに、もしかしたらあの時以上に、泣くんだろう。
 慰めてやりたいとも思ったけど、異世界に居る俺がそんなことできるはずも無かった。
 俺にできる事といえば、これからも『ワンピース』を買い続けて、マルコがこれからどうなるかを見守る事くらいだ。

「……駄目だ。暗いな」

 ぼんやりと天井を見上げて一人呟いた俺は、とりあえず今日もあてもなく散歩に出る事にした。
 マルコがいなくなってから一ヶ月、ほぼ毎日のことだ。もはや日課とも言うべきだろう。
 だって、部屋に一人で居ると、暗くなって仕方ない。
 いい加減、お袋の友人に頼るのもやめて、ちゃんとしたところに就職するべきなのかもしれない。
 できれば忙しくてキツくて、何も考えられなくなるようなところがいい。
 それでいて倒産しなければもっといい。
 今日は久しぶりに職安に行ってみようか、なんて考えながらマンションを出て、大通りへ向かう。
 車検に出した車はもう帰ってきているけど、何だか運転する気にはなれなかった。
 マルコと歩いた道を進んで、大きな通りに出て、十字路の横断歩道の前で信号待ちをする。
 赤いライトが消えて緑のライトが点くのを待ちつつ、ぼんやりと佇んだ。
 マルコが不思議そうに見上げてたな、なんて考えながら信号機を見上げていた俺は、だから。



「きゃあああああああ!!!」



 悲鳴と、きしむような鋭いブレーキ音に反応するのが、少し遅れた。
 視線を向けた先にあったのは、すごいスピードでこちらへ向かってくる大きなトラック。
 運転手が居眠りしているのもよく見えた。
 それから衝撃と、激痛と、また衝撃、そして激痛。


 しまった、これは死んだ。


 そう思ったときには、俺の意識はブラックアウトしていた。





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