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 マルコが落ち着いてから、夕飯を作り終えたのは七時ごろだった。
 夕飯のメインは鶏肉とキャベツの煮物にした。
 例によって、鶏肉やキャベツを食べた事があるかは確認してから作った。
 それなりに食べられる味の料理を二人で食べて、後片付けをしたら次にやる事は決まっている。

「ほら、マルコ、服を脱げ」

「……やあ、よい」

「いやじゃない。綺麗にしないとリビングも寝室も立ち入り禁止だ」

「うー」

 唸りつつ、マルコの手がのろのろと服を脱ぐ。
 それを手伝ってやって、俺はすぐに全裸のマルコを風呂場へ押し込んだ。
 ボイラーのスイッチを入れて、マルコを椅子に座らせたまま、シャワーを出す。
 適温にしたそれをマルコの足に当てると、びくりと反応したマルコが椅子に足をあげた。

「マルコ、観念しろ」

「やーよい、むずむずするよい」

「何だ、水流が強かったか?」

 くすぐったいという意味かと思って、俺は軽く調節する。
 視線をマルコから外して、先ほどより弱弱しいシャワー音と水流になったことを確認してから、もう一度視線をマルコへ戻した。


「え」


 そして硬直する。
 なぜなら、先ほどまでマルコが座っていたはずの椅子に、青い小さな鳥がいたからだ。
 しかもその羽根はゆらゆらと揺らめく炎を纏っている。
 俺が今朝、初めて目撃したマルコの姿だ。

「……マルコ?」

 そっと呼んでみると、眠たげな顔をした鳥がぴょい、と小さく鳴く。
 しかし、返事をしたそれは鳥だ。
 どう見ても火の鳥だ。
 俺は、消火活動を行ってしまうかもしれないノズルをそっと降ろし、水流を止めた。
 静かになったバスルームで、俺はじっと火の鳥と見つめ合う。
 はたから見ると、なかなかにシュールな光景かもしれない。

「……さっきの姿に戻れるか?」

 とりあえず尋ねてみると、鳥は人の姿のマルコと同じように小さく首を傾げて、それからその翼を大きく広げた。
 ぱたぱたとそれを動かして、その体が少し椅子から浮く。
 けれどもそのままぽとりと下へ落ちて、改めて鳥が椅子に座った、と思った途端、朝と同じ光景が俺の目の前に訪れた。
 唐突に、そこにマルコが現れる。

「もどった、よい」

 ぜぇはぁ、と小さく息を切らしているのは、先ほどばたばた羽ばたいていた反動だろうか。
 ふう、と少し滲んだ汗を自分の腕でぬぐうマルコを見下ろして、俺は口を動かした。

「何で鳥の格好になったんだ?」

「マル、あくまのみたべたよい。のーりょくしゃよい」

「アクマノミ……」

 そういえばあの漫画の主人公もそんなことを言っていた気がする。
 食べたら色々な能力を手に入れて、その代わりに泳げなくなっていた、ような。
 こんな小さいのに、マルコもその『能力者』なのか。
 戸惑いつつ見つめれば、マルコはむうと唇を尖らせた。

「とりさんになったりなれなかったりするよい。たまにかってになって、もどるのたいへんよい」

 どうやら、まだコントロールはうまくできていないようだ。
 そうかと頷きつつ、とりあえず改めてシャワーを出す。
 水音にびくりとマルコが震えて、困ったように眉が寄せられる。
 じっとこちらの手にあるノズルを見つめるマルコに、もしかして、と思って尋ねた。

「マルコ、お前能力者だから水が怖いのか?」

「べ、べつにおみずこわくないよい。でも、のーりょくしゃはおよげないから、いっぱいのみずにはいったらしんじゃうってサッチもいってたよい」

 マルコはそんな風に言いながら、まだこっちの手にあるノズルを見ている。
 そんな風に言ったら、怖がっていると肯定するのと同じだ。
 俺は小さく息を吐いて、その場に屈みこんだ。
 出しっぱなしのシャワーで少し足が濡れたが、まぁどうせ着替えるつもりだったから構わない。

「能力者は海に弱いんだろう? これは真水だから、そんなに怖がらなくても大丈夫だ。それに、俺もシャワー派だから湯船を使う予定もないしな」

 おぼれる心配は無いぞと続けてやると、マルコがこちらをすがるように見上げる。

「でも、それ、たくさんおみずでるよい。そんなにたくさんでたら、すぐいっぱいになっちゃうよい」

「排水溝があるから大丈夫だ」

 小さな指にノズルを示されて、俺はシャワーの矛先を先ほどから必死に水を排水してくれている丸い溝へ向けた。
 小さく音を立てながら水が流れていく様子を見やったマルコが、それからやがて、決死の覚悟を決めたように唇を引き締める。
 強大な敵を見やるようにノズルを睨みつけ、わかったよい、と幼い声が言葉を紡いだ。

「オヤジがいってたよい。うみのおとこはゆーかんよい。マルはうみのおとこよい!」

「よく言ったなマルコ。さ、目を閉じろ」

 潔い言葉に深く頷き、俺はすばやくシャワーの矛先をマルコのほうへと向け直す。
 頭を洗って体を洗い終えるまでにマルコは三回くらい悲鳴を上げたが、武士の情けで聞かなかったことにしてやった。




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