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「マルコ、お前ェもか」

 午後になり、そろそろ白ひげも起きているだろうと予想してマルコを抱えて向かった先で、予想通り昨晩の酒が抜けたらしい船長は、その目を開いてこちらを迎えてくれた。
 その足の上に乗っている動物は、どう見ても動物化した家族の一人だ。
 見回せばあちこちに同じように動物化したクルー達がいて、その殆どが酔っぱらった様子で床に転がっている。
 話に聞いたわりにあまり見かけないと思ったら、どうやらマルコと同じような事態になったクルー達の殆どは、この船長室に足を運んでいたらしい。
 船長に合わせて作られた、ほかの部屋よりずいぶんと広い室内でマルコが軽く羽ばたいて、差し出された白ひげの腕へと飛び乗る。
 俺だと両手で抱えなければ運べないのだが、白ひげは片腕でも十分マルコを支えられるらしい。多分、白ひげなら肩に止まらせても問題ないだろう。
 羨ましい膂力だとそれを見上げた俺の前で、グラララと笑った白ひげがマルコを自分の肩口へと移動させて、持っていた杯をマルコの顔の近くへ寄せる。

「お前ェも飲んでいくか、マルコ」

 迎え酒を楽しんでいるらしい白ひげの台詞は、どうやらこの室内のクルー達を酔いつぶしたのと同じものであるようだ。
 この状態は後で船医に怒られるんじゃないだろうか、なんて考えながら周囲を見回して改めて視線を向けた先で、マルコが軽く首を伸ばし、白ひげが飲んでいるのと同じ酒にくちばしをつける。
 どうやら酒を飲むつもりらしいと把握して、その方がいいかと俺も小さく頷いた。
 他のクルー達もここにいるのだから、マルコがここにいたって問題ないだろう。後で様子を見に来よう、と決めて、楽しそうに酒を飲んでいる船長へ視線を戻す。

「それじゃ、後でつまみでも」

 そう言って会釈すると、おう、と白ひげが返事を寄越した。
 見たところ何もつままずに酒を飲んでいるようだし、適当に腹にたまるものを運ぶことにしよう。
 そんなことを考えつつくるりと背中を向けると、数歩も歩かないうちにばさりと大きな音がする。
 羽ばたきの音に似たそれに振り向こうとしたら、どし、と何かが背中にぶつかった。

「っと、」

 転びそうになってたたらを踏みつつ、視界をよぎった青い輝きに目を瞬かせて、すぐに後ろを振り返る。

「マルコ?」

 白ひげの肩の上にいたはずのマルコが真後ろの床の上に座っていて、何やら非難がましい視線がこちらへと向けられていた。
 開いたくちばしからきゅうともくうともつかない鳴き声を零されて、どうしたんだ、と尋ねつつとりあえず屈んで両手を広げる。
 俺のそれを受けて、ちょこちょこと足を動かしたマルコの体が近付き、この部屋に来た時のように不死鳥の体が俺の両腕に収まった。
 よ、と声を漏らしつつマルコの体を持ち上げて、どうしたんだとその顔を覗き込みたいのに、俺の肩より後ろに行ってしまったマルコの顔を見ることが出来ない。

「ナマエ、お前ェも付き合うか」

「え?」

 戸惑いつつ両手でマルコを支えていると、部屋の主からそんな誘いがかかった。
 視線を向けると、楽しそうに手元の酒へ口を付けながら、白ひげが低く言葉を零す。

「置いていかれんのは嫌だそうだ」

 仕方ない奴だと言いたげにそんな言葉を寄越されて、改めて自分が抱えているマルコを見やった。
 しかしやはり、マルコの顔を見ることは出来なかったので、とりあえずマルコの長い尾を片手でゆるく束ねて持ち上げる。

「……それじゃあ、午後の作業が終わったらと言うことで」

「グララララ! おう、楽しみにしてるぜ」

 そうして出した俺の提案に、船長殿はとても楽しそうに笑い声を零していた。







 午後の作業当番は、夕食前までの見張りだった。
 いつもなら当番の相方がいるのだが、その一人は先ほど白ひげの部屋で見かけたので、見張り台に立っているのは俺一人だ。
 もちろん、すぐ傍らには不死鳥の姿となったマルコがいるので、実質はいつも通りの体制なので問題ない。

「……こうして見ると、よそと変わらない島なのにな」

 彼方までの水平線に船の影が無いことを確認してから、双眼鏡をすぐそばの島へと向ける。
 見渡す限り緑の生い茂った無人島は、今までモビーディック号で訪れた数々の島々とそんなに変わった雰囲気もない。
 相変わらず『この世界』は不思議に満ちていて、俺には考えもつかないようなもので溢れている。
 体はつらくないか、と傍らに声を掛けてみると、マルコが応じるように鳴き声を零した。
 大きな翼を広げて見せられて、そうか、と頷く。
 相変わらずゆらゆらと揺れる不思議な炎に思わず手を伸ばすと、それに気付いたらしいマルコの片翼が俺の手の上に乗せられた。
 肌に触れても消えはせず、触れたものを焼きもしない青い炎が、よく分からない感触と穏やかな温かさを俺に伝えてくる。
 指で軽く羽を撫でていると、ふ、と少しだけ口元が緩んだのが分かった。

「綺麗だな」

 マルコの体を覆う青い炎は、一言で言うなら綺麗と言う言葉が最適だった。
 怪我をしてもすぐにマルコの体を癒して消える、不死鳥の名にふさわしいものだ。
 戦っているマルコを何度か見たが、家族を守るためにその羽を広げて、炎を残像のように散らしながら敵を蹴散らしていくマルコの姿は、すごいとしか言いようがない。
 マルコは強いのだから、後はもう少し自分が怪我をしないよう気を付けてくれたらいいんだが、なんて考えながら動かしていた俺の指から、ひょいとマルコの翼が逃げる。

「あ」

 思わず声を漏らしてそれを追いかけようとした俺は、その代わりのようにどすりと肩口に衝撃を感じて、そのまま動きを止めた。
 俺の肩に頭突きを入れてきたマルコが、更に数回その頭で俺の肩を叩いて、しまいにぎゅうともぐわともつかない鳴き声を零す。
 何やら非難がましいそれに、マルコ? と名前を呼んだ。

「どうかしたのか」

 尋ねてみるが、マルコは少し鳴き声を零すものの、鳥の言葉が分からない俺には何のことだかさっぱり分からない。
 そう言えば今日は朝からマルコの声を聞いていないのだと思うと、何だか少し寂しい気もした。
 更にごすりと頭で肩を小突かれて、痛くないかと声を掛けながらその頭を軽く手で押さえる。
 指で頭を撫でるようにしながら、とりあえず落ち着いてほしくて少しだけ体を離した。

「ほら、落ち着いてくれ」

 言葉も掛けつつ更に何度か頭を撫でていると、ふと手触りが変わった。
 え、と声を漏らして視線を向けた先で、青い炎に包まれていた不死鳥が、みるみるうちにその姿を変えていく。
 たてがみと同じ色の髪が指に触れて、特徴的な目元の男が、じろりとこちらを見つめていた。
 日差しのせいか少し顔が赤い気がするが、それよりも突如『人間』になった傍らの相手に、ぱちりと瞬きをする。

「……マルコ?」

 思わず名前を呼んだところで、見張り台の縁に両足を上げて座っているような恰好だったマルコの体が、ぐらりと外側に傾いだ。

「マルコ!」

 慌てて両手を伸ばしてマルコの服を掴まえたものの、真下へ落ちていくその体の勢いに引っ張られて、俺の足まで見張り台から浮く。
 体が外側に飛び出したのを感じて、内臓の浮くような浮遊感にぞわりと背中に冷汗をかいたのと、俺に服を掴まれたままのマルコが大きく両手を広げたのは殆ど同時だった。
 視界の半分を覆った青い炎が、ばさりと羽ばたく。
 甲板に叩き付けられるはずだった体が下からわずかに支えられて、驚いて目を見開いている俺の体は、羽ばたくマルコに連れられてゆっくりと降下した。

「……落っこちる気かよい」

 すと、と足を甲板に降ろしたところで、炎の翼を人のそれへと戻したマルコが、呆れたように言葉を落とす。
 そんなつもりはなかった、とだけそれへ返事をしてから、俺はそっとマルコから手を離した。
 それから改めて視線を向けて、マルコの頭から足の先までを確認する。

「…………戻ったのか」

「そうみたいだねい」

 俺の言葉に頷いて、マルコも軽く自分の体を見下ろした。
 時間が経ったからなのかもしれないと呟くそれを聞きつつ、そうか、と声を漏らして真上を見上げる。
 つい一分ほど前までマルコと一緒にいた見張り台は、随分と高い場所にあるものだった。
 もしもマルコが一緒じゃなかったなら、まず間違いなく甲板に叩き付けられて大怪我をしていたことだろう。

「……ありがとうな、マルコ」

 するりと漏れた礼の言葉を追うようにマルコへ視線を戻すと、何かを確認するように掌を動かしていたマルコが、ちらりとこちらへ視線を寄越した。
 俺を支えても飛べるんだな、とそれを見返して言葉を続けると、ぱち、と瞬きをしたマルコの口に笑みが浮かんで、どうしてか少しばかりその胸が逸らされる。

「当然だろい、おれを誰だと思ってんだよい」

 わざとらしいくらい得意げなマルコの言葉に、すごいな、と素直に賛辞を贈る。
 不死鳥の姿でもマルコはマルコだが、やっぱり言葉を交わせるのは嬉しいものだ。
 そんなことを考えると少し口元が緩んだようで、気付けばマルコに笑みを向けていた。
 それを見たらしいマルコの目が満足そうに細められて、その手が軽く首裏にあてられる。

「他の奴らも元に戻ってっといいんだけどねい」

「そうだな……俺は見張り当番だから一緒に行けないが、早く様子を見に行った方がいいんじゃないか?」

「そうするかねい……それじゃ、すぐ戻ってくるよい」

 そんな会話を交わして、マルコが船内へ向かうのを見送って、俺の足が改めて見張り台へ向かう。
 結局今日の『異常事態』は時間が解決したらしく、夜はそれを祝っての宴会だった。


end

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