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壟断の音
※主人公は麦わらの一味でNOTトリップ主



「ブルックー」

 声を掛けながら、ひょいとマストのはるか上までよじ登る。
 展望室の屋根であるそこで佇み周囲を見回していた我らが海賊団の音楽家は、はい、と声を零してこちらを見た。
 目玉がないから『見た』というのが正しいのかは分からないが、少なくともその顔はこちらを向いたし眼孔もおれの方を向いたのだから、こちらを『見た』でいいだろう。

「どうしたんですか、ナマエさん」

 今日はお昼過ぎまで眠るとおっしゃっていませんでしたかと、不思議そうに言葉を寄越される。
 よいしょ、と足をあげ終え、相手へ体を向けて座り込み、起きちまったからさ、とおれはため息を零した。

「あれだけ騒がれたら、さすがになァ」

 おれの言葉で、先ほどの騒ぎを思い出したのか、ああ、とブルックが声を漏らす。
 何やら驚異の発明品を作ったらしいウソップとフランキーが盛り上がり、甲板はいつも通り騒がしい。
 いつも通り鍛錬をしているゾロやナミ達に尽くすのが生きがいのサンジは気にした様子もないが、さすがに甲板に近い場所で眠り続けているのは不可能だった。

「おれは繊細なんだ」

「ヨホホホホ」

 胸に手を当てて言葉を放つと、傍らから笑い声が落ちる。
 片手に単眼鏡を持ったままの相手を見やり、それに、と言葉を続けた。

「ブルックがこんな上にいるのなんて珍しいから、様子を見に来た」

 そうしてそのまま言葉を放つと、おや、とブルックが首を傾げる。
 生前の写真からでもあっさりと判別がつくような膨らんだアフロが風で少しばかり揺れて、目玉の無い眼孔から注がれた視線をわずかに感じた。

「そんなに珍しいでしょうか」

「あんまり上ってこないだろ、いつも」

 何せブルックは、かなり背が高い。
 わざわざここまで登ってこなくても、おれやウソップ達よりは簡単に遠くが見えるだろう。
 それに、案外寂しがり屋のブルックは、おれよりも随分と年上の癖にみんなに混じって騒ぐのが好きだから、誰かと話せる距離にいたがるのだ。
 こんな高い場所にいたら、話しかける奴なんて本当に用事のあるやつくらいだろう。せめて展望室ならまだしも、その上だ。

「危ないもんは見当たらないみたいだけど、何か見えたのか?」

 珍しく単眼鏡まで手にしている相手にそういうと、ブルックの片手の骨がかちりと音を立てて単眼鏡を握りしめ、はい、とその口が言葉を零した。

「離れた場所で、クジラが泳いでいるのが見えたので」

「クジラ? アイランドクジラか?」

「それを確かめたかったのですが、もう見えなくなってしまいました」

 残念そうに放った言葉に、そっか、と声を漏らす。
 おれがルフィの船に乗ってグランドラインへと入った時、一番初めに遭遇した巨大なクジラは、ブルックが前に乗っていた船についてきたクジラだったらしい。
 今も双子岬でおれ達を待ってくれているんだろうラブーンは、アイランドクジラと呼ばれる種類のクジラだ。
 いつか会いに行くつもりだけど、きっとまだまだ先だろう。

「アイランドクジラって群れで泳ぐらしいし、すぐに見えなくなったんなら違ったかもな」

「ええ、そうかもしれませんね」

 見えなくなったクジラが何だったのかなんて誰にも分からないから、おれがそういうと、まるでおれの言葉が分かっていたかのようにブルックが頷いた。
 その手が単眼鏡を小さく折りたたんで、自分のポケットへ仕舞ってしまう。随分と小さくなる単眼鏡だ。またウソップが作ったのかもしれない。
 その様子を眺めてから、ふわ、と軽くあくびをする。
 おれのそれを見て、ヨホホホ、とブルックが笑い声を零した。

「眠いのでしたら、もう一度お休みになった方がよろしいのでは?」

「そうだけど、まだ騒がしいんだよなァ……」

 言葉と共に、甲板の方へと視線を向ける。
 ウソップ達の大発明はお披露目が終わったようだが、今度はゾロとサンジが喧嘩をしていた。
 あいつらの喧嘩の種は尽きることを知らないので、もう少ししたら取っ組み合いが始まるだろう。
 高い場所にいる今はあまり気にならないが、船室へ戻ればうるさいに決まっているし、ルフィに次いで強い誰かさんたちが争えば、ナミが怒るまで止まらないことは間違いない。

「それに、ブルックがまだ降りる気なさそうだし」

 甲板から視線を外して空を見上げながら呟くと、わずかに視界に入り込んだアフロが軽く揺れた。
 多分首を傾げたんだろうブルックの手が、軽くおれの腕を捕まえて、少しのけ反っていたおれの体を引き戻す。

「私ですか?」

「そう。こんなところに一人じゃあつまらないだろ」

 多分まだ先ほど言っていた『クジラ』を諦めきれていないんだろうが、一人でずっと海を見つめているなんて寂しいことこの上ない。
 おれはそれほど視力が良くないので、できることと言えば話し相手くらいなものだ。
 だから付き合うよ、と言葉を続けたおれに、ブルックがその顔を向けてくる。
 死んで蘇ったブルックの体は白骨化していて、肉付きの無いその顔は表情が読み取りにくかった。
 それでもなんとなく感じる雰囲気が、おれより年上の誰かさんが戸惑っているんだということをおれに知らせる。
 どうしたんだとそちらを見ていると、ややおいて、ブルックがおれの腕からその手を放した。
 その代わりのように回り込んだ掌で背中を軽く押されて、おれはそのまま引っ張られる。
 更にはくるりと体を回転させられて、屋根の中央側へ背中を向ける格好にさせられた。
 なぜ移動させられたのかが分からず目を瞬かせていると、それでは、と歌うように言葉を紡いだブルックが、置いてあった楽器をひょいと持ち上げた。
 手入れされたヴァイオリンがその肩口へと当てられて、空いたもう片手が弓を持つ。

「せめてナマエさんがここでお休みになれるよう、子守唄でもお聞かせしましょう」

「あれ、クジラは?」

「もう見えなくなってしまいましたから」

 首を傾げたおれへ向けて、ブルックは先ほどと似たような言葉を口にした。
 確かにそうだが、それならここにとどまる意味はないんじゃないだろうか。
 ブルックが下へ降りるんならおれだって降りるし、そうすれば騒がしいゾロとサンジから距離をとった場所で休むだけのことだ。
 そうは思うものの、いつもは『みんな』の為に音を奏でるブルックを独り占めできるというのは、何とも魅力的な話だった。
 少し考えて、仕方ないなと偉そうに言葉を紡いでから、楽な姿勢をとることにする。

「眠らないけど、一曲くらい聞いておこうかな」

「はい、それでは」

 『降りよう』と誘う代わりに呟いたおれに頷いて、ブルックがゆっくりとその腕を動かす。
 そうして奏でられた音楽は、確かにブルックの言う通り子守唄で、まだ昼前のこの時間に聞くにはどうにも不似合いだ。
 しかしそれでも、眠らないはずのおれを眠らせてしまうだけの威力を持っているのだから、つくづくうちの音楽家は恐ろしい奴だった。


end


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