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神様の怪物(1/3)
※主人公はNOTトリップ主で人外(受け主傾向)
※映画『GOLD』のキャラがいろいろ出ますので注意
※わずかな残酷表現ありにつき注意



 おれには『拾い主』がいる。
 その手で黄金を生み出せる、多分人間のほとんどが求めるような力を持ったその『人間』は、ギルド・テゾーロというらしい。

『……誰だ?』

 島外れに隠された岩牢の前へ流れ着いた相手が、おれへ向けてそう言った。
 海水にまみれた体をずるりと動かし、警戒心を丸出しにした様子でこちらを睨み付けた相手を見つめ返したのは、相手がおれの手の届かない場所にいたからだ。
 おれを捕らえた岩の牢屋は堅くて狭く、手だってその隙間からはほとんど出せない。
 内側は薄暗く、潮が満ちたときに時々合間から潮水が入り込むことがある程度だった。
 それでもじっと見つめるおれの眼は見えたのか、柔らかそうな砂の上で濡れた体を動かして、その人間がこちらへ近付く。
 ずる、ずると音を立てて近付いた相手を見つめていると、やがてすぐそばで立ち止まった相手が、海水の匂いばかりがする体をかがめてこちらを覗き込んだ。
 青い瞳に見つめられて、どうしてか少しだけ背中が粟立つ。

『人間か?』

 問いかけられて、おれは頷かなかった。
 自分がどういう生き物なのかだっておれには分からない。
 おれと仲良くしてくれた『人間』達はおれを怖がっておれをここへと閉じ込めて、それから一度だっておれの様子を見には来なかった。
 『ここでじっとしててくれ』と言われたから、おれはずっとじっとしている。
 そういえば、あれからもう何年経っただろう。
 考えても分からぬことを思い返して瞬きをすると、答えろ、と正面の『人間』が言葉を零す。
 だから少し首を傾げて、そして『人間』達になんと呼ばれていたかを思い出したおれは、そのまま口を動かした。

『かいぶつ』

 放ったおれの言葉に、どうしてか目の前の相手は少しばかりその目を瞬かせた。
 そうしてその手は輝く黄金を生み出しておれの目の前の格子を破壊し、おれをそこから連れ出したのだ。







 鏡で見た自分の顔は、記憶の中のものと何も変わらなかった。
 『人間』に近い瞳の形に髪型に、肌色だって同じようなものだ。
 背丈はおれを拾ったテゾーロの半分より少し上程度で、着ていた洋服はだいぶ傷んでいるからとテゾーロに奪われ、今着ようとしているものはテゾーロがどこかで買ってきたものだった。
 軽く引っ張り、ボタンを掛けようとして音を立てた指の間のものに、少しだけ眉を下げる。

「テゾーロさま」

 そう呼べと言われた呼称を使いながら視線を向けると、誰かとの連絡を終えたらしいテゾーロが、電伝虫を置きながらこちらを向いた。

「……それほどもろい材質のボタンだったとは思えないが」

 何をしているんだ、とあきれた様な声音を寄越されて、おれは上着の前を開いたままで肩を竦める。
 そうは言われても、割ってしまったものは仕方ない。
 割れたボタンのかけらを先ほどより強くつまむと、軽く音を立てたそれはすっかりぺしゃんこになってしまった。
 おれのそれにため息を零してから、テゾーロの手がこちらへと伸びる。
 おれのシャツに残っているもう半分のボタンのかけらへその指が触れて、つるりと唐突にそこへ黄金が現れた。

「その力があって、どうしてあんな場所に閉じ込められていた?」

 あの程度自分で壊せるだろう、なんて言葉を続けながら、すぐにテゾーロの手が離れる。
 黄金で出来たボタンが後に残されて、おれは目を瞬かせた。
 軽く指で触れ、つついてみる。
 先ほどまでまるで水のようにぬるりと動いていたというのに、今おれの指に触れているそれは鉱物のそれだった。
 黄金というのは柔らかいものだと聞いた気がするが、特殊なものなのか、つまんでみると先ほどのボタンよりも硬い。
 新たなボタンとなったそれを使ってシャツの前を一つ閉じながら、だって、とおれは口を動かした。

「ここでじっとしててって言われたから」

 おれをあそこへ閉じ込めたあの日、とても怖いものを見る目をおれへ向けた『人間』がそう言った。
 なるほどおれが怖いのか、と分かったから、おれはそのままじっとしていた。
 知らないうちに島の様子は随分と様変わりしてしまっていたし、あの日おれをあそこへ閉じ込めた『人間』達は、きっともういないだろう。

「言われたことに従うのか? まるで奴隷のように?」

 おれへそう言いながら、テゾーロの手がおれの服の残りに触れる。
 おれの代わりに他のボタンをかけながら、テゾーロが触れるたびにただの白木のボタンだったものが黄金に変わっていった。
 最後には白いシャツには不似合いなほど輝くボタンが残されて、きらきらと輝くそれは海面のきらめきのようにおれの目を突き刺す。
 少しだけシャツを引っ張り、すごいなとそれを見つめていると、前から伸びた手が今度はおれの顔を下から掬い上げるように捕まえた。
 おれのそれより随分と大きな手がおれの両頬を押さえこむようにしたので、少しばかり唇がとがる。

「答えろ、ナマエ」

 おれが教えたおれの名前を口にして、テゾーロはおれの顔を覗き込んでいた。
 その目は何かを確かめるようにおれを見ていて、その奥にどうしてか暗い影を見つけた気がした。
 それを見上げて、とくりと心臓が高鳴ったのを感じながら、ゆっくりと口を動かす。

「好きだったから、いいかなァって」

 『人間』というのはいつだって臆病だ。
 おれを島の『人間』に売り払った『人間』もそうだったし、おれを殺そうとしたのに殺せなかった『人間』もそうだった。おれのことを好いてくれた『人間』もいたが、おれのことを怖がって嫌いぬいた『人間』の方が多かった。
 そのどれにしたって可愛いなとおれは思ったし、おれを閉じ込めた『人間』達の群れは特に、おれを怖がるまではおれを必要としてくれたから『好き』だった。
 おれの言葉を聞いて、テゾーロが眉を寄せる。

「好意を抱いた相手にあそこへ閉じ込められたのか」

 そのくせそんなことを言うのかと、そんな言葉が寄越された。
 おれを憐れむようなそれに、ゆっくりと瞬きをしてから手を動かす。
 そっと掌だけをテゾーロの片手に添えて、自分の顔との間に挟むようにしてからすりついた。

「テゾーロさまのことも好きだよ」

 ずっとあそこにいるつもりだったおれをこうして引っ張り出した相手へ言葉を紡ぐと、ふん、とテゾーロが鼻で笑う。
 その手がするりとおれの手と頬の間から逃げ出して、動いたその手がつるりとおれの片腕に何かを巻き付けた。
 戸惑い見やれば、おれの腕に黄金で出来たものが蛇のように巻き付いている。
 端に星をかたどったそれは腕輪のようで、見ているとまるで呼吸をするように軽くおれの腕を締め上げた。
「恩を感じるのは当然だな。おれがあそこから出さなければ、お前はずっとあそこにいただろう」

 きっぱりとした言葉に、別にそれが理由ではないけど、軽く頷く。
 おれの返事を見下ろして、ならば、とテゾーロが口を動かした。

「これからはおれの役に立て、ナマエ」

 おれを求めるその言葉に、分かった、とおれが答えるのなんて、わかりきったことだった。







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