恋と変は
※主人公は転生主でCP9でちょっと変
俺が思うに、カクは変だ。
「のうのうナマエ、今日はなんの日じゃ?」
報告へ向かう途中の通路で気配に気付いて足を止めた俺は、近寄ってきて唇を笑みの形にしながら尋ねてくる相手を見やり、あー、と声を漏らした。
カクの求める答えは一つに決まっていて、そしてそれはすぐに脳裏に閃くようなわかりやすいものだったので、とりあえずポケットへと手を入れる。
つかみだしたものを握り込んだ拳を相手へ差し出しながら、そのまま口も動かす。
「誕生日おめでとう、カク」
言葉と共に手を開くと、正解じゃ、と嬉しそうな顔をしたカクの両手が俺の手から落ちたものを受け取った。
そしてそのうえで、その目が自分の手元を見下ろし、ぱちりと瞬きをする。
「……なんじゃ?」
「当たり券。一昨日任務で行った島の」
「そんなもんはその日で替えてこんか!」
役に立たん! と怒ったような声をあげつつ、その手がぐしゃりと俺がせっかく渡した『プレゼント』を握りしめる。
怒ったようなまなざしがこちらを見やり、ナマエはいつもそうじゃ、とカクの口が俺を詰った。
「またわしの誕生日を忘れとったんじゃろ」
「記念日とか面倒くさいしな」
「そのくせ先月はルッチにハットリの帽子をやっとった!」
「ん……あれ、ルッチは六月生まれだったか?」
そういえばそんな『話』を聞いた気がする、と首を傾げると、わかっとらんで渡したのか、とどうしてかさらにカクが怒った顔をする。
同僚であり恋人である誰かさんのお怒りのご様子に、俺は軽く肩を竦めた。
おぎゃあとこの世に生まれ落ちて、サイファーポールの人間となるべく育てられた。
大体の仲間たちはほとんど家族のようなもので、それぞれの好き嫌いくらいなら、俺のお粗末な頭にもちゃんと入っている。
俺が頭の中で作り上げた幸せな『世界』では、誕生日と言えばケーキとプレゼントだった。
しかしながらそんなものは基本的に幻想で、俺の記憶にある『大人』からの誕生日プレゼントと言えば、殺人の経験やいくつかの報奨くらいしかない。
「わしはやったじゃろ、この前!」
「ああ、あのナイフな。おかげで生きて帰れた、ありがとう」
今年の俺の誕生日、カクがくれたのは袖口に隠しておけるような細身のナイフだった。
しかしあれは血糊でひどいことになった上、敵に蹴られて折られてしまった。
三倍返しで相手の骨を折りはしたが、人間と違って無機物はもとには戻せない。
可哀想なナイフは今も、俺の自室の『ガラクタ入れ』の中だ。
同じ箱には去年や一昨年、その前にカクからもらった様々なプレゼントが入っている。
「なのにわしにはこれなのか」
むっと口を尖らせて、カクが非難を口にする。
それを聞いて軽く首を傾げてから、俺はカクが握りしめている小さな贈り物へと視線を向けた。
「俺のラッキーをやろうってのに、駄目なのか?」
諜報活動の為に立ち寄った島で、適当に入った駄菓子屋で適当に買ったガムの当たり券だ。
狙って出したものでもないそれは紛れもなく幸運の権化で、手にしたときからずっとカクにやろうと思っていたのだ。
何が気に入らないのかとカクへ視線を戻すと、カクが眉を寄せてその顔をぐいと寄せてくる。
「替える店ももう無いというのに、何がラッキーじゃ」
ただの紙切れじゃ、と非難が続く。
確かに、あの島はもう『無い』ので、それを言われると返す言葉がない。
ううむ、と声を漏らしてから、俺は仕方なく目の前の相手の帽子をひょいと奪い取った。
それから、帽子のつばが無くなった分の距離を前へと詰めて、自分とカクの口元を隠すように帽子を持ち直す。
「それじゃあ、今のところはこれで」
言葉と共に相手の唇へと吸い付いて、俺はすぐに顔を離した。
俺の様子に丸い目をさらに丸くしたカクが、しかしそれからすぐにまたその目に険を宿す。
だが、先ほどとはうってかわったその様子に、俺は軽くため息を零した。
カクは変な奴だ。
「……これだけで済ませるつもりじゃなかろうな?」
「今日の夕食は俺が作る。それでどうだ?」
相手が望むだろう言葉を口にすると、む、とカクが不機嫌そうな顔を作る。
そんな顔をしても、機嫌がよくなっているのを隠すことなんてできないのに、本当にどうしていつも無駄な抵抗をするんだろうか。
別にわざわざ突っかかってこなくても、一緒に食事がしたいならそういえばいい。
自分から面倒なことをしたくはないし、正直に言って職人が出す料理の方が俺が作ったものよりうまいのだから理解に苦しむが、カクが食べたいというのなら、料理を振る舞うくらいどうということもない。
ややおいて、俺の前で盛大に『仕方ない』という顔を作ってため息を零したカクが、それから俺の手から帽子を奪い取った。
「……仕方ないのう、それで妥協してやるわい!」
「それはどうも」
「さっさと仕事を済ませてくるんじゃぞ、七時までに部屋におらんかったら許さん!」
きっぱりとした言葉を放ち、帽子をかぶり直したカクは、それから俺に背中を向けた。
「そっちの仕事は?」
「わしは休みじゃ。野暮用でのう」
出かけるがすぐに戻るから準備はしておけと命じて、カクの足が歩み始める。
ずかずかと足早に進んでいくその背中を見送った俺は、カクが自然な動作で手元のものをポケットへしまったのまで見てから、やっぱり、と小さめに声を零した。
「カクは変だ」
俺の今日の贈り物は、いつもの通り、カクの部屋の角にあるあの戸棚の裏へと隠されてしまうに違いない。
去年のハンカチも一昨年の折れたペンも、その前のものも全部そこにあるということを、俺は知っている。
本当に不愉快だったなら、さっさと捨ててしまうだろう。
そうではなくて気に入ったんなら、わざわざあんな風に絡んでこなくたっていいのに。
気難しい恋人殿にやれやれと首を横に振り、それから報告の為に歩みを再開する。
せっかくだからと数人誘ってみたが、上官も仲間達も、誰も俺とカクの食事会には参加してはくれなかった。
薄情な仲間たちの代わりに、俺が盛大にカクを祝ってやるしかないだろう。
end
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