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tesoro mio(1/2)
※主人公はNOTトリップ主
※名無しモブ注意



 興行は順調だ。
 カジノにはいろんな人間が集まり、バカラが彼らを接待する。
 そうして見ていてようやく気付いたが、『ゴールド・ステラ・ショー』は多分、テゾーロのためのショーだった。
 金持ちや権力者をカジノで勝たせてから陥れ、金を失わせて絶望の底へと叩き落す。
 愉快だと笑うテゾーロのいびつな微笑みを見ながら、おれも同じように唇を笑みの形にした。
 ひとまず、おれは今でもテゾーロの身の回りの雑用係だ。
 しかし、テゾーロには部下も多く、雑用なんて本当に少ししかない。
 もう少し何かできないかとタナカさんに相談したら、タナカさんはおれにスーツを用意してくれた。
 初心者向けのディーラーになるのはどうかと聞かれたので、今日からしばらくスーツを着て他のディーラーから実地で習う予定だ。
 まずは形から、とスーツを着込んだところで、不意に扉が開かれた。

「ナマエ?」

 おれの姿を見て不思議そうな声を出した相手に、視線を向ける。

「テゾーロ、似合う?」

 尋ねながら自分の格好を示して見せると、そういえばディーラーの真似事をすると言っていたな、と納得した様子を見せたテゾーロがこちらへと近付いてきた。
 大きな体を少しばかり屈ませて、その手がおれの首元に触れる。

「ネクタイが曲がっていては子供の仮装と変わらない」

「あっと、ありがとう」

 言葉と共に先ほど自分でつけた蝶ネクタイを触られて、おれはぱちりと瞬きをした。
 テゾーロが屈んでいるせいで、その顔がいつもよりも近い。
 その顔を見ていると少しばかり悪戯心がわいてきて、できたぞ、と軽く胸を叩かれたのを合図に相手へと手を伸ばした。
 ちゅ、と吸い付いたのは唇から外れた頬のあたりで、すぐに顔を離すとテゾーロが少しばかり目を丸くしている。
 驚いたような顔が新鮮で、なんだかくすぐったくなってしまったおれは、笑いそうな口元をごまかすために口を動かした。

「こうするべきかと思って」

 おれの言葉に、ややおいて、テゾーロの眉間にしわが寄る。
 不機嫌そうなその顔にどことなく胸が痛んだ気がして、慌ててごめんと謝罪を口にした。

「『好き』って気持ちを伝えるにはキスが一番だって、昔習ったんだよ」

 ただの嘘だけど、そう言い放ってしまうと、自分で言ったことなのにドキドキと心臓が痛くなる。
 胸が苦しいようなこれは何なのか、眉を寄せかけたおれの前で、全く、と声を漏らしたテゾーロが片手を動かした。
 がしりと頭を後ろからつかまれて、驚いたおれの方へと近付いたその唇が、おれの鼻先を掠めて離れていく。

「それならもう少しまともなところへした方がいい」

 言葉と共に姿勢を戻されてしまい、それを目で追いながらそっと鼻先を片手で隠した。
 なんだか顔が熱い気がするけど、恐らく気のせいだろう。

「……鼻って、まともかな?」

 思わず呟いたおれに、唇の傍よりは健全だとテゾーロは答えた。
 その手がすぐそばにあった棚から何かをいじったあとでもう一度伸びてきて、おれの髪を軽く撫でつける。

「男同士だからまだいいが、おれかお前が女だったら勘違いされているところだ。バカラにはやるんじゃない」

 整髪剤を付けていたのか、髪型を作られるがままにされていると、テゾーロがそんなことを言った。
 まるで子供に言い聞かせるような口ぶりだ。
 きっぱりはっきりとしたそれは、おれがそういう対象じゃないことを明確に表していた。
 テゾーロはよく女性をはべらせているし、今さらそんなこと確かめるまでのことでもない。
 だというのに、どうしてだか心臓が痛かった。

「タナカさんやダイスにならいいってこと?」

「ダイスにやるなら平手打ちの方が喜ばれるとは思うがね」

 心を押し隠すように紡いだおれの言葉にそう言いながら、テゾーロがおれから手を離す。
 似合ってるぞと寄越されて、鏡の中を覗き込んだおれは、そこに確かにディーラーもどきが映り込んでいるのを見つめた。







 初めて『仕掛ける側』として入り込んだカジノは、さすがテゾーロのものであるだけあってどこもかしこもキラキラしていた。
 目がつぶれそうな輝きに目を眇めていたら、おれを連れて歩いていたタナカさんがおれにサングラスを貸してくれた。
 テゾーロから預かったというそれは、なんとなくテゾーロが着けているものに意匠が似ている。
 ありがたくいただいたサングラスをかけて、世話をしてくれるディーラーのサポートにつく。
 カードを何枚か配り、相手と強さを競うカードゲームは、おれもやったことがある。
 何回かに一度ゲームを任されたが、まだイカサマも何もできないおれは本当に客とただゲームをするだけだ。何より生きる上での幸運のほとんどを使い果たしたおれは不運で、大体負けている。
 だから、そんなおれに相手が負けたのだとすれば、それは相手の運が悪い。

「てめェ、イカサマしやがったな!」

 だがしかし、大声をあげた目の前の客に胸倉をつかまれて、おれは目を瞬かせた。
 お客様、と傍らから声が掛かるが、今ちょうど大負けをしてしまった相手の耳には届いていないらしい。目つきが悪く赤ら顔の男は、どうやら酒を飲んでいるようだ。
 ぐい、と引っ張られると蝶ネクタイが外れて、シャツの前がわずかに乱れる。

「あの、お客様、ここでそのようなことは」

「うるせえ!」

 慌てた様子の先輩ディーラーが近寄ってなだめようとして、しかしそれに失敗していた。
 こぶしを握り、今にも殴ろうとしている相手に、思わず身を竦ませる。
 暴力に晒されるのは久しぶりの筈なのに、うまく頭が働かない。ただ、攻撃されるときは身を竦めて亀のように縮こまるのが一番だということは、なんとなく覚えていた。
 サングラスが胸倉をつかまれた時に落ちていて良かった、とそんなことは少しだけ考える。せっかくテゾーロから借りたのに、殴られて割れたらもったいない。

「この……っ」

 歯を食いしばり、衝撃に備えたおれの前で声をあげた『お客様』が、どうしてか途中でその声を途切れさせた。
 そのことに気付き、伏せるように逸らしていた視線を戻したおれの目の前に、黄金で出来た人面がある。

「な……っ!?」

 驚き、体を後ろへ傾がせると、とん、と背中に何かがぶつかった。
 柱も何もないはずのそこに何かがあると感じて顔を上向ければ、おれの真後ろに立っていた相手がひょいと手を動かす。
 その手はそのままおれの胸倉に触れていた『お客様』の腕をつかみ、無理やりおれから引き剥がした。

「このグラン・テゾーロの乗務員は全てわたしのものです。みだりにお手を触れぬよう……まあ、もっとも、もはや聞こえてはいないかもしれないが」

 言葉と共に、周囲に近寄ってきた警備の人間に指示をして、テゾーロが黄金で出来た人間を運ばせる。
 ざわざわとわずかに騒ぐ人々へ向き直り、ショーに手違いがあったとテゾーロは説明した。
 次はもっと派手にやるので夜のステージをお楽しみに、なんて言葉に騙されたのか、納得した様子でだんだんと周囲が視線を外していく。
 そのことにわずかに息を吐いてから、おれは乱れたシャツを片手で整えた。
 きちんと蝶ネクタイも付け直してから、拾い上げたサングラスを掛ける。

「ありがとう、テゾーロ」

 言葉を投げて視線を向けると、こちらへその顔を戻したテゾーロが、肩眉を動かす。
 それからその手がひょいと動いて、おれの蝶ネクタイの角度を直した。

「まずは自分できちんと着られるようになってからだな、ナマエ」

 今日はもう引き上げろと命じられて、頷かないわけにはいかなかった。







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