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くっつくとどきどきしちゃうの
※ドンキホーテファミリー古参(NOTトリップ主)とコラソン



「コーラソン」

 弾むように調子をつけて相手を呼ぶと、おれのそれに気付いたらしい相手が身じろいだ。
 ソファに座ったままで何かをしていた相手の顔がこちらを向いて、サングラスの向こうから寄越された眼差しが顔を突き刺す。
 相変わらず人のことを睨んでくる相手に、はは、と笑い声を零してから近づいたおれは、そのままひょいとソファの背もたれを飛び越えて、誰かさんの隣へと腰を落ち着けた。
 最近ピーカがどこぞから持ち込んだ、すぐそばのローテーブルとセットだったこの上納品は、おれ達の王様たるドフィに一番最適なものを選んできたという話だが、似たような体格のドフィの弟殿にもピッタリなようだ。
 おれには少し大きいそれに座ったまま、側へ視線を向ける。

「何してんだ?」

 隣に座ったままで訊ねると、おれの様子を眺めていたコラソンが、口にくわえていた煙草をローテーブルの灰皿へと押し付けてにじり消した。
 それから、いつも持っているペンとメモを取り出して、インクの少し掠れたペン先がぐりぐりとメモ帳に文字を記す。
 『べつに』と記されたそれを見て、ぼうっとしてただけか、とおれは笑った。
 そういえば、もうじき大物への取り立ての時間だ。ドフィはコラソンも連れて行くと言っていたから、その時間を待っているのかもしれない。
 おれは多分、またお留守番だろう。やることは山積みで、ドフィたちが出かけて帰ってくるまでに済ませなくてはならない。
 そんなことを考えてから、昨日のことを思い出して『そうだ』と軽く手を叩き、懐から忍ばせていたものを取り出した。

「ほら」

 そうしてそれをコラソンの方へと差し出すと、コラソンはまるでそれが恐ろしいものであるかのように軽く身を引いた。
 なんだよ失礼な奴だな、とそれを見やって非難しながら、受け取られないそれをそのままコラソンの手へと押し付ける。
 大きな手に似合いな大きさのそれは、おれが昨日手に入れた万年筆だ。
 落としても踏んでも壊れないと噂の高品質のそれを見かけたのは偶然だったが、いい買い物ができた。
 何より、ちょうどペンが切れかかっているときだったなんて、何ともタイミングが良い。

「やるよ」

 傍らを見やって言葉を投げると、わずかに引いていた姿勢を戻したコラソンが、その視線を自分の手元へ落とす。
 そのうえでゆるりと首が傾げられて、『コラソン』の名にふさわしくハートを模した帽子の端が揺れた。

「なんでって?」

 口のきけないコラソンの唇から出てこない言葉を代わりに紡いでやると、相手が一つ頷く。
 本当に不思議そうなその顔に、おや、とおれは少し目を丸くした。
 いくら年齢を重ねたとはいえ、自分の誕生日を忘れるなんてことがあるだろうか。
 今日は七月十五日で、コラソンの誕生日だった。恐らくクリスマスの次に贈り物を受け取る可能性の高い日だ。
 特に内側のつながりの強いドンキホーテファミリーは、そういうイベントごとをとても好む。自分の誕生日を知らないおれや他の奴らの誕生日だってドフィが直々に決めてくれたし、毎回騒ぐのだ。
 まだここへ来て半年にもならないが、コラソンだってそのくらい知っていると思っていた。
 今日だって、ドフィから直々に公然の秘密として使命を仰せつかり、コラソンの誕生会をする予定なのだ。
 ケーキも出るしコラソンの好きな料理も振る舞うし、ベビー5とバッファローは自分たちのとっておきをプレゼントするんだと言っていた。
 そこまで考えてから、いや、でも、と考えを改める。
 コラソンは口がきけなくなるような目に遭ってきたのだから、ひょっとしたら今までずっと、自分の誕生日を意識できないくらいの生活をしてきたのかもしれない。

「…………」

 そんなことを考えると目の前の相手を抱きしめたくなったが、おれがわずかに両手を広げると、コラソンは素早くその場から立ち上がった。
 まるで逃げを打つような行動だが、しかし、ドジなコラソンの長い脚はソファの端に引っかかり、大きな体がそのまま床へと倒れ込む。
 派手な音が鳴って、跳ね上がった足先が灰皿を蹴とばしてひっくり返しかけたのを慌てて捕まえて止めた。

「何してんだよ」

 その様子に思わず笑って、灰皿を置き直したおれもソファから立ち上がる。
 伸ばした手でドフィに似た大きな体を引き起こして改めてソファに座らせて、転んだ衝撃で落ちたらしいサングラスを拾い上げた。
 久し振りに見たコラソンの裸眼は、そのままじろりとおれを見つめている。
 こちらの一挙一動をつぶさに観察し、自分に害をなすと判断すれば逃げようという決意を見せるその眼差しは、コラソンがいつもおれへ向けるものと同じだ。
 どうしてだか、コラソンはおれのことを特別警戒している。
 ドフィの弟に無体を強いるつもりなんてないし、胸に手を当ててみても思い当たる節がない。
 おれはファミリーが大好きだし、いくら少し力が強くても、人間を抱きつぶすような無茶はしたことがない。
 それにドフィと同じくコラソンも頑丈だから、前におれがとびかかった時も、ハグをしようが頬に吸い付こうがどうということもなかったはずだ。

「おれ、そんなに怖いか?」

 まるでクラウンのように化粧を施した目元をそっとサングラスで隠してやってから、そんな風に問いかけた。
 おれのそれに、サングラスをかけてその目元を隠したコラソンが、ゆるりとため息を零す。
 その手が万年筆を握り直し、先ほどと同じメモ帳にペン先が押し付けられた。
 先ほどの少し掠れた『べつに』をくるりと丸が囲み、そしてその横に、言葉が足される。

「『そんなことはない』」

 否定を寄越されて、なんとなく嬉しくなった。

「……そうか!」

 思わず弾んだ声を零して、すぐさま両腕を広げる。
 しかしコラソンの両手が素早く動いて、おれの両腕をがしりと捕まえて抑えた。
 ぐぐ、と力を入れてみるがうまく相手へ抱き着けず、なんだよ、と眉を寄せる。

「怖くないならやらせてくれよ。大丈夫だって、痛くしないから、ちょっとだけ。な?」

 思い切りぎゅっとやって、何ならちょっとばかりちゅっとやるだけだ。
 しかしおれの言葉に、ふるふるとコラソンが首を横に振った。
 明らかな拒絶に少し頬を膨らませて、なんだよー、ともう一度言葉を零す。

「けち」

 詰ってみるが、コラソンはもう一度首を横に振るだけだ。
 どうしても抱きつかせてくれない相手に、おれが仕方なくそれを諦めたのは、ピーカがコラソンを呼びに来た、十分ほど後のことだった。
 腹いせに準備を丹念に行った結果、飛び散った紙テープで足を滑らせたコラソンがすっ転んでしまったので、あれは少し申し訳なかった、と思わないでもない。
 まあ、みんなに『誕生日おめでとう』と言われたコラソンは少し嬉しそうな笑みを浮かべていたから、誕生会は大成功だったはずだ。許してもらいたい。



end


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