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天使の求婚
※主人公は転生トリップ系男児
※幼少ロシナンテ=ロシー捏造注意



 もぞり、とすぐそばで何かが動く。
 その違和感にわずかに眉を寄せてから、しかしまあ気にせずに、俺はベッドに体を横たえていた。
 眠ることがどれだけ幸せで尊いことかを考えれば、今このまったりとした穏やかな感覚を失うことなんてできるはずもない。
 いつも抱えている抱き枕を引き寄せて、そっと体に押し付ける。
 そのままするりと手触りのいいはずのそれを軽く撫でおろすと、ひゃあ、と何やら高い声が耳に届いた。

「……ん?」

 声を漏らしてから、確認するようにもう少し手を動かす。
 そうして、いつもの滑らかな布の手触りがないことと、少し柔らかくてあたたかなそれと、俺の手の動きに耐えられないと言いたげにくねった物体に、俺はそこでようやく、仕方なく片目を開けた。

「…………ロシー?」

 目に飛び込んだ金髪に、知っている名前を口にする。

「おきちゃった?」

 俺のそれを耳にして、身じろいだ相手が俺の傍で俺を見上げた。
 俺は確かに自分のベッドに眠っている筈だが、どうしてかロシナンテが傍に転がっている。
 しかも一緒のタオルケットをかぶっているという状況についていけず、少し考えてからもう片方の眼も開くと、そんな俺を見上げたロシナンテの小さくて短い腕が、俺の体へ添えられた。
 センゴクさんが連れて帰った三年前よりは肉付きのよくなった手は柔らかく、そっと触れるその温度はあたたかだ。

「……なに、してるんだ」

 もつれる舌を動かして言葉を放つと、そいね、とロシナンテが返事をした。
 きっぱりとしたその言葉は確かに正しいかもしれないが、俺の疑問にはまるで答えていない気がする。

「……なんで?」

 仕方なく言葉を重ねつつ、『生まれ直した』俺と同じ年頃の小さな体を引き寄せる。
 じっと見つめた先で、シーツに頬を押し付けたロシナンテが楽しそうに笑う。

「だって今日、ぼくたんじょうびだよ」

 放たれた言葉に、それはしってる、と俺は答えた。

「たんじょうびおめでとう、ロシー」

 放った言葉は、今朝口にしたのと同じものだった。
 センゴクさんが連れて帰った小さな小さなロシナンテは、七月十五日生まれだ。
 今日の日付くらいちゃんと把握しているし、ちゃんと朝に祝いの言葉を口にしたし、今日の夕方にセンゴクさんが遠征から帰ってくるから、戻ったら祝うとすでに俺とセンゴクさんで決めている。
 ロシナンテはこの数日、ずっと気付いていないふりをしているが、俺達がいろいろな『用意』していることを知っていて、そわそわと誰より一番落ち着かない様子をしていた。
 あと半日だったのに、ついに『知らないふり』すらできないくらいになったのか、とその顔を見つめていると、ロシナンテは俺の視線を見返しながら言葉を紡いだ。

「去年、ナマエが言ったでしょ」

「きょねん」

「そうだよ」

 寄越された言葉をおうむ返しにする俺へ頷いて、その顔がこちらへ近づく。
 細い腕に力が入って、今の俺と同じ年頃で、そしていまだに俺より少し小さなロシナンテが俺へとしがみついた。

「オトナになったらぎゅーってしてくれるって、言ったでしょ」

 一年たったよ、おとなだよ。
 高い声でそんな言葉を寄越されて、ぱちりと一つ瞬きをする。
 しばらく考えてから、そういえば去年の今頃そんな話をした気がする、と気が付いた。
 社会人だった俺が『この世界』に生まれ直して、センゴクさんのもとに引き取られて、もう十年以上が経つ。
 その間に俺と同じくセンゴクさんに引き取られたロシナンテは、最初の頃こそ周囲の全てにびくびくしていたが、何やらとんでもなく天使だった。
 可愛いな、と眺めて、やらかすドジの世話を焼いているうちにすっかりと懐いてくれたらしいロシナンテがおかしなことを言い出したのが、確か去年だ。

『ねェナマエ、けっこんして、いっしょに兄上をさがしにいこう?』

 どこで仕入れた情報なのか、公園で摘んだ雑草の花束を片手に、真剣な顔を真っ赤にしながらそんな風に乞われて、目を瞬かせた覚えがある。
 まさかその年齢で『結婚』が何たるか分からないのか本気で天使なのかと慌てて話して聞かせたのだが、さすがに天使のようなロシナンテに下世話な情報を入れたくなくて、夫婦に対する表現がひどくあいまいになったことは認めよう。
 そのうちの一つが、お互いに抱きしめ合う仲だ、という初心な話である。
 それを聞いてすぐに両腕を広げてきた小さな相手に、大人になったらな、と言った覚えも、確かにある。
 一年経って、一つ年齢を重ねたのだからなるほど確かに、ロシナンテは一歩『大人』になったと言えるかもしれない。

「……まだたりないだろ」

 だがしかし、俺はそう言葉を口にして、そっとロシナンテから手を離した。
 シーツの上で距離をとると、俺の体に触れていたロシナンテの手がするりと外れ、ロシナンテが悲しそうな顔をする。
 可哀想なその顔に胸が痛むが、しかしここで頷いて抱きしめてやるわけにもいかない。

「いっこおおきくなったのに?」

「あと五つはおおきくならないと」

 悲しげな声にそう答えつつ、俺はむくりと起き上がった。
 朝食後、朝寝を決め込んだ俺の部屋は俺が眠る前とほとんど変わっていない。
 しいて言うなら、ドアの入口近くに俺の抱き枕である仔馬のぬいぐるみが転がっていることだろうか。放り投げられて打ち捨てられたかのような様子だ、可哀想に。
 きっとロシナンテがドジをやらかして放ったんだろうな、とそれを眺めてから、俺はロシナンテを置いてベッドから降りた。

「ナマエ、」

「しかたないからおきる。カードでもするか、ロシー」

 睡眠というのは尊いものだが、ロシナンテはどうやら暇なようだ。
 構ってほしいなら構おうとぬいぐるみを拾い上げてから視線を向けると、ロシナンテが俺のベッドの上に起き上がったところだった。
 不満そうに頬を膨らませてから、その目がどことなく恨めしげにこちらを見ている。
 ぬいぐるみを抱えたままで首を傾げて、俺はロシナンテに近付いた。

「ロシー?」

 どうした、と尋ねるつもりで呼びかけると、近寄ってきた俺を見上げたロシナンテが、ぼくはだめなのに、と口にしながら俺の手元を睨み付けた。

「なんでポニーはいいの?」

「ポニーは大人だからな」

 何せセンゴクさんがご友人から『昔使っていたもの』をいただいてきたおさがりなのだから、間違いなく俺やロシナンテよりも年上だ。よくよく見ればつぎはぎの跡もある、歴戦の猛者たる仔馬である。
 俺がこいつを気に入っているのは、この滑らかな手触りの生地のせいだと言っても過言じゃない。
 触れているとなんとなく撫でてしまうぬいぐるみを抱えて、俺はロシナンテへ言葉を落とした。

「リビングにいこう」

「……ポニーをおいていくんなら、いく」

 どうにも仔馬のぬいぐるみが嫌いらしいロシナンテの言葉に肩を竦めて、俺は手元のそれをベッドの上へと横たえた。
 素早く動いたロシナンテの手が、仔馬にしっかりとタオルケットを掛ける。
 優しい気遣いかと思ったが、そこまでぎゅうぎゅうとタオルケットを巻かれてしまっては、もはや仔馬の尻尾も見えない。

「……いこ!」

 納得したのかようやく手を止め、言葉を放ったロシナンテが立ち上がった。
 そして、案の定ずるりと足を滑らせて、その体がこちらへと倒れ込む。
 それを受け止めて素早く立ち直らせ、俺は小さなその手を捕まえた。

「家のなかでくらいはころばないようにならないとなァ」

「うう……うん……」

 危うく転ぶところだったロシナンテが、ごめんなさいとありがとうを口にする。
 それを受けて笑いかけ、俺はロシナンテと共にリビングへと向かうことにした。
 あと五年もすれば、ロシナンテにだってちゃんと『結婚』がどういうものなのか知っているに違いない。
 そのころには笑い話になっていてくれれば、それでいい。
 『男の俺に結婚を申し込んだんだぜ』と俺が笑って、それへロシナンテが苦い顔で『昔の話だろ』と言う、そのくらいでいい。あんまりにも天使だからあんな発言がなければ受けていたに違いないなんて、俺のそんな話は知らないままでいてほしい。
 ついでに『兄上を探しに行きたい』なんていう恐ろしい発想も引っ込めてくれていないかな、なんて思っている俺のことなんて知る由もなく、リビングでカードを手にしたお向かいのロシナンテは上機嫌だった。


end


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