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ぼくの王様
※『しあわせなせかい』『幸せの過程について』『あついのはだれのせい?』と同設定
※主人公はトリップ系人魚でサッチと付き合ってる



「じゃ、行ってくるな」

「行ってらっしゃい」

 そんな会話を交わして、小舟から降りたサッチが仲間と一緒に島の中心へ向けて歩いていくのを、ナマエは水際の小舟の傍から見送った。
 その体は濡れても色の変わりにくい上着で覆われて、頭の先まで海水で濡れている。体の半分は海に浸っていて、そして水の中に伸ばした下半身は魚の姿をしていた。
 モビーディック号とよばれる『白ひげ海賊団』の船がたどり着いたこの島に、住民の姿は見当たらない。
 木々が生い茂り、動物の鳴き声は時折聞こえるが、海から見える場所にある建築物は放棄されて長いことを物語っている。
 物資の補給を兼ねて探索を行ったクルーの一人が、島の奥に『遺跡』らしきものを見つけたと戻って報告したのは、昨晩のことだった。
 金銀財宝が眠るかもしれないと考えれば、興味を示したクルー達が島へ降りるのも無理はない話だ。
 ナマエもいくらか興味を惹かれたが、ナマエは人魚とよばれる種族で、陸に上がるには向かない。

『よし、じゃあ、おれが代わりにどんなとこか確かめてきてやるよ』

 にかりと笑ってそういったサッチが陸へ降りる一名に名乗りを上げたのもまた、昨晩の話だ。
 最初はナマエを水樽に入れて連れて行こうとしていて、いくらか罠があるらしいと聞いて断念していた。ごめんなと謝られて、ナマエの方こそ困ってしまった。
 罠があるなら行かなくていいとも言ったのに、大丈夫だと笑っていたサッチの背中が見えなくなるまで見送ってから、ナマエの体が少しばかり水の中に沈む。

「……別に、いいのに」

 確かに遺跡には興味を持ったが、サッチが怪我をする可能性を無視したいわけではない。
 罠を解除してくるから、連れて歩けそうなところには明日連れて行ってやる、とも約束してくれたが、そういうことではないのだ。
 尖らせた唇まで海水につけて、それからするりと海面の下に体をすべて預けたナマエは、柔らかな砂の上で体を少し擦りながら、そのまま小舟の傍を離れた。
 ナマエの影に驚いて慌てて逃げた小魚達が、船へ向けて悠々と泳ぐナマエを隠れ家からこっそりと見上げてくる。
 見下ろしたそれに笑ったナマエが軽く手を振って、それから船の傍まで近寄ったところで、海底にきらめくものに気付いてその目を瞬かせた。
 人魚らしい速さで潜水し、人間なら簡単には耐えられないだろう水圧の場所で、ひょいとみな底から煌く塊を拾い上げる。

「金貨だ」

 ぽこりと口に残っていた空気をこぼしながら呟いたナマエが抓み上げ、そして海面へかざすようにして見上げたそれは、黄金の貨幣だった。
 ずっと海底にあったのか、少しばかり苔がついている。指でそれを少しばかり擦り落とすと、いつの間に近寄ってきていたのか、その苔を齧るために小魚がナマエの指を軽くつついた。
 ゆったりと尾を動かして海底にとどまりながら、ナマエが金貨を自分の方へと引き寄せる。
 それに誘われるように苔を求めて近寄った小魚は、一番大きな塊を口に入れた後、きょろりと丸い目をナマエへ向けた。

「うん?」

 背ビレを軽く震わせて、小魚の発した言葉に、ナマエが首を傾げる。
 ナマエはもともとは、人間だった青年だ。
 それがどうしてか今は人魚で、自分が生まれて育ったのとは違う世界にいる。
 だからこそ最初は戸惑ったが、どうやら人魚と言う種族は、ある程度魚と会話ができるものらしい。
 ただ、小魚達の声は小さくて、聞き取りづらいことも多い。
 ナマエがそっと顔を寄せると、それに気付いた小魚がナマエの顔へと近付く。
 耳たぶをついばまれそうな位置でぱくぱくと動いた小魚の言葉に、ナマエはその目を丸くした。







 モビーディック号が停泊している砂浜側とは逆に当たる、岩壁ばかりが続く島のそば。
 海底を暗くする岩陰の傍で、ナマエはそれを見つめてゆっくりと息を吐き、零れた空気が海面へと昇っていった。

「すごい……遺跡だ」

 海底で、島へと続く岩壁にぽっかりと口を開いたそれは、どう見ても建造物だった。
 その中を海水が満たしていることは明白で、建物の柱にも壁にも、苔が生え貝が張り付いている。
 先ほどの小魚が言っていたのはここだと把握して、ナマエはそっとその手を肩から掛けてきた鞄へ触れさせた。
 『反対側に建物がある』と小魚が言っていたのは、ナマエが金貨を拾い上げたからだ。似たようなものがたくさんあったと言っていたので、欲しがっていると思ったのだろう。
 それを聞いたナマエが一人でこうして島の裏側まで回ってきたのは、海の中の探検を人間に付き合わせるわけにはいかず、頼めそうな魚人もいなかったからだ。
 サッチが一緒にいてくれない今、簡単な作業しかできないナマエには『休み』が言い渡されているために、時間は随分と余ってしまっている。
 それなら少しだけ一人で見てこようかと考えて、ナマエは船から離れてきた。
 一応、少しだけ船に戻って『探検してくる』と口にして、簡単な用意はすることができた。
 海の中で光を零す石を鞄からつかみだし、そっと包みに入れる。
 強い光を前にだけ放てるようにしたそれは、いわば電池を使わない懐中電灯だった。
 ゆるりと尾を振り、ナマエの体が遺跡の中へと入り込む。
 何匹かいた小魚達が、ナマエの出現に驚いたように逃げていった。

「古いなあ……どのくらい前のなんだろう」

 がっちりと岩同士が合わせられた内部は、あちこちから木の根と思わしきものが張り出していた。
 これだけしっかりとからみついているのなら、崩れてくることもないだろう。
 怖い生き物はいないと言っていたが、はたしてそれで間違いないのかはナマエには分からない。
 武器になるものを鞄からつかみだし、右手と左手にものを持ったままで、その体が天井の高い通路を進んだ。
 遺跡らしい荘厳さをにじませた海底遺跡の中は薄暗いが、思ったよりも光がある。
 それに気付いてゆっくりと体を天井へ近づけたナマエは、木の根がわずかに発光しているのに気が付いた。
 そっと指を這わせて、手触りを確認する。



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