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二度目の初恋 (1/7)
※企画サイト様への提出作品
※異世界トリップ主人公ではない


『ダイジにするから、おれとケッコンして!』

 もう、ずっと昔の話だ。
 崖から落っこちて死ぬところだったガキの頃のおれを、助けてくれた人がいる。
 まさかおれみたいなやつを助けてくれる人がいるなんて思わなくて、だからとんでもなく驚いて、さらには体を心配してくれたのが嬉しくてたまらなかった。
 ずっと一緒にいたいと、誰かを強く望んだのは、思えばあの日が初めてだったかもしれない。
 けれども、小さなガキだったおれが望みを言っても笑っただけのその人は、すぐにおれの目の前から姿を消した。

「それがおれの初恋かなァ」

 酒の肴に言葉を零すと、命の恩人じゃあ仕方ねェなァ、とすぐ傍らでラクヨウが頷いた。

「しかしお前、初対面の相手にプロポーズって、どんだけマセガキだったんだ」

 にやにやと笑って顔を酒で赤らめた『兄弟』に、おれは軽く肩を竦めた。
 確かに、あの時はきちんとわかっていなかったとはいえ、ガキだったおれが言った言葉は間違いなくプロポーズだ。
 ガキの頃からずっと家族が欲しかったし、一緒にいてくれる相手が欲しかった。真剣にはとってもらえなかったが、あれはガキだったおれの精一杯の望みだった。
 おれの横でだばだばと口へ酒を注いで、のどを鳴らして飲むなんていう行儀の悪い行動を行ったサッチが、口の端から零れた酒を片腕でぬぐう。
 月明かりの下でこちらを向いた酔っ払いが、それで、と言葉を放った。

「その姉ちゃんはどんな美人だったんだよ?」

 おれの『初恋』の相手を『女』だと決めつけたサッチの口ぶりに、ははは、と軽く笑った。
 さすがに、顔も声も覚えていなくても、相手が男だったことくらいは覚えている。
 子供だったおれにそんな分別はまだなかったし、今になって思い返してみても、あの日以上の気持ちを誰かに抱いたことがない。
 ナースや島の女達に目を引かれたことだってほとんどないし、かといって『家族』や島の男達を前に変な感情を抱いたことだってなかった。
 しかし、『初恋の相手』が男だなんてわざわざ言ってやる必要性も感じられず、サッチの問いにだけ返事をすることにする。

「さすがに、もう覚えてねェなァ」

「いやいや、ちっとは覚えてんだろ? 胸がでかかったとか、髪は何色だったかとか」

 聞かせろよとにやにや笑う酔っ払い達に、だから覚えてねェよ、と軽く肩を竦めた。
 もう十五年は前のことだ。
 絶対に忘れないと胸に誓ったはずなのに、時がたてば記憶はどんどん薄れていく。
 声も顔も無くしてしまったおれが覚えている『あの人』のことなんて、本当に少しだけだった。
 自分より大きな手と、優しかったことと、おれの渾身の願いを笑って流したこと。それからおれを助けてくれたときのこと。
 けれどもその『覚えている』ことを、家族に話すわけにはいかない。

「よし、次はサッチの番だな」

「おー、おれか。おれァなァ……」

 酒を片手に促すと、意識の逸れたらしい酔っ払いが酒瓶の中身を呷る。
 それから思い出話を始めた兄弟の向かいで、ラクヨウの傍に座りながら、おれはちらりとすぐ近くで酒を飲んでいる相手を見やった。
 いつも通りの宴の最中、おれ達からは少し離れたところでイゾウと酒を飲んでいる『家族』が、おれの視線に気付いたのかちらりとこちらを見る。
 それを受けてひらひらと手を振ると、ただの酔っ払いだと思ったのか、呆れた顔をしたマルコはすぐにこちらから目を逸らした。
 それを残念に思いながら、そっと片手を首に巻いた飾りに触れる。
 首からつるしたペンダントの青い石が、内側に入った白い模様を浮き上がらせながら、あちこちに置かれたカンテラや松明の明かりを反射していた。
 おれが自分で作ったネックレスを飾るその石は、あの日『あの人』が落としていったものだった。
 石を削りたくなくて、金具に閉じ込めてしまったがために少々厚みのあるそれの中には、あの日拾ったものがそのまま入っている。
 絶対に忘れたくなくてわざわざ身に着けられるものを作ったのに、結局、もうほとんど覚えていない。
 それでも少しだけ残っている記憶の中で一番鮮やかなのは、おれが今触れている青い石と同じ色の、青い炎をまとった大きな鳥だ。
 崖から落ちたおれを助けてくれたのは、炎に包まれた生き物だった。
 不思議と熱を感じさせないその炎の美しさに目を奪われた小さなおれは、その鳥が『人間』になったことにとても驚いた。
 とても驚いて、そのせいでか顔も声ももはやまるで覚えていない。
 つまり、あの日ガキだったおれを助けてくれたあの大人は、悪魔の実の能力者だった。
 多分、食べた実は動物系の幻獣種で、モデルの名前は不死鳥だろう。
 そしてその悪魔は今、おれの『家族』が身に宿している。
 この世に、同じ能力を宿した悪魔の実は存在しない。
 声も姿も覚えていないのだから再会できる可能性は低かったとは言え、それが意味することに気付いた時には、寂しさと悲しさを感じたものだった。

『……ひょっとしてこの実が食いたかったのかよい。悪かった』

 少し落ち込んだおれに、マルコが申し訳なさそうな顔をしたことまで思い出して、おれはそっとペンダントに触れていた手を酒瓶へ戻した。
 きつい酒を舐めるために口元へ引き寄せて、サッチの方へ顔を向ける。

「でよォ、その時に会った美人が」

「美人が?」

 話が盛り上がってきたらしいサッチへ相槌を打ちつつ、話を聞く姿勢に戻す。
 サッチの話は随分長かったが、おれより何とも感動に満ちた話だった。




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