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ずるい
※大将未満クザンさん
※主人公はクザンさんの同期
※主人公(→)←クザンさん



「ずりィなァ、クザンめ」

 酒を孕んだ息を零しながら俺がそう呟くと、斜め向かいから『何が』と声が返された。
 二人の手元にある酒の銘柄はそれぞれ違うが、お互いそれなりに酒が入っている。
 同期達数人で飲んだ店を出た後、二人で入った適当な居酒屋の小さな席は、お互いの席が離れていて話をするにはうってつけだ。
 常温のまま注がれた酒の入ったグラスを見つめて、俺は口を動かした。

「だってお前、もう大佐に上がるんだろ?」

 噂を聞いたぜと呟きながら口につまみを放り込むと、ああ、と声を漏らした誰かさんがこちらを見る。
 俺より体格がよく、いつものスーツを少し崩したクザンは、酒が入ったからか少しぼんやりした目をしていた。
 さっきの店ではまるで酔って見えなかったのに、歩くことで酒が回ったのかもしれない。

「まだ昇進受けるって決めてねえのに、もう噂が流れてんの」

「受けるだろ、どうせ」

「まァ受けるけど」

 言葉を落として酒で舌を湿らせたクザンが、テーブルに頬杖をついた。

「でもそれも『実力』の評価でしょうや。ずるいって言わなくてもいいじゃねェの」

 子供じゃあるまいし、とあきれたような声を落とされて、お前が言わせてんだろ、と肩を竦めた。
 片手をひょいと広げて、クザンの『ずるい』ところを指折り数える。

「ヒエヒエの実の能力者で、ガープさんのお気に入りで、ゼファー先生にも目を掛けられてるし、強いし、クザンだし」

「最後のはおれ自身なんだから仕方ねえでしょうや」

 小指を折り曲げたところでひょいと手が伸ばされて、俺が曲げたばかりの指が一本無理やり伸ばされた。
 小指をつままれたまま、いや、と首を横に振る。

「クザンがクザンなのはずるい」

「…………結構酒入ってんだね、今日」

 俺の言葉に、クザンが少しばかり目を瞬かせてそんなことを言う。
 確かに酔ってるかもな、と呟いて、俺は自由な方の手でグラスを掴んで中身を舐めた。
 いつもだったらもう少し、まともな『理由』も出せたというものだ。
 俺の同期にはクザンをやっかむ人間も多かったから、クザンの『ずるい』ところなんていくらでも出てくるはずだった。
 酒に酔った程度でそれを思い出せないあたり、最近クザン抜きであいつらと飲んでいない証拠だろう。
 今度適当に理由を付けて酒に誘うか、と頭の端で予定を立ててから、俺は視線を自分の片手に向ける。
 相変わらず、俺の左手の小指はクザンに捕まったままだ。
 くい、と軽く引っ張ると案外強い力でつまみ直されて、逃れることが叶わない。

「……お前も結構酒入ってんじゃねェの?」

 仕方なくそのままにさせて視線を戻すと、頬杖をついたままのクザンが、あー、と声を漏らした。

「そうかも。寝たら悪いね」

「道端においてくわ」

「あららら、友達甲斐の無ェ奴」

 寄越された言葉に言い返すと、笑ったクザンが言葉を落とす。
 俺のことを『友達』だなんて思ってもいないくせに、よくもまあそんなことが言えるものだ。
 仕方ねえ奴だなと軽くため息を零して、俺はグラスを置き、減った分の酒を注いだ。
 俺がクザンを『ずるい』と言うのは、クザンが俺にそれを求めるからだ。
 当人がわざとか無意識なのかは知らないが、あえてこちらに自分が優遇されるところを見せびらかしたり、高い評価を受けたことを遠回しに自慢してくることもある。
 今度の昇進の『噂』だって、出所をたどって行けば最終的に誰かさんへとたどり着くのである。
 確かに一緒に入隊した最初の頃はほんの少し羨ましかったし、多少はやっかみの気持ちもあったが、今のところの俺の胸の内にあるのは、さすがだな、なんていう感心程度だ。
 しかし、反応しないでいると、だんだんクザンの元気がなくなるので仕方ない。
 自惚れのようにも聞こえるが、かなり長いこと検証した結果ととある事実をもとに、俺は一つの結論を出した。
 目の前の海兵殿は、どうも、俺に惚れているようなのである。
 そして、間違いなく自覚があるだろうに、絶対にそれを口には出さない。

「面倒くせェ奴だな」

 胸のうちの言葉を口から吐き出して、クザンのグラスにも酒を足してやる。
 入っていた銘柄が違うので、グラスの中身が異様な色になってしまった。青い酒を飲んでいるほうが悪い。

「フローリングと毛布だ、お前の体に合うベッドはうちにはねェからな」

「枕もつけてよ」

「この間超ペンギンのぬいぐるみもらったから、それにしとけ」

「え」

 言葉と共に酒瓶を置くと、ぴくりとクザンの指が震えた。
 ひやりとわずかに冷えたのを感じて、おい、と声を漏らして手を引く。
 相変わらず俺の小指を捉えたまま、ひんやりとした空気を醸し出した相手を睨んで、俺はグラスを掴み直した。

「俺を凍らせてどうすんだよ」

 どうせ冷やすんならこっちにしろ、と常温のグラスを相手へ差し出すと、数秒を置いて俺の手を放したクザンが、俺からグラスを受け取った。
 そこの方を少し冷やして凍らせて、その手が俺の手の近くへとグラスを戻す。

「誰からもらったの、ぬいぐるみ」

「ん? んー……誰だっけか」

 うかがうように問われて、記憶をさらうように視線を動かす。
 俺は多分、どちらかと言えば貢がれる方だ。
 もちろん女を食い物にしているとかそういうわけではなく、友達や部下から、適当に理由を付けた適当な贈り物をもらいやすいだけと言うことである。
 その分の礼をするのが面倒なのだが、好きかと思って、と笑顔で手渡されては断ることなどできはしない。俺は空気の読める男なのだ。

「……また誰からもらったかもわかんねェの?」

 なんて奴だとばかりにため息を零して、クザンは自分のグラスをその手に取った。

「酒が入ってっから思い出せねえだけだろ」

「こないだもそんなこと言ってたでしょうや」

 呆れたように言いながら、クザンが酒を軽く口にする。
 それから眉間にしわを寄せて、その目が手元を睨み付けた。
 まずそうだなとそれを見やって笑いながら、まあいいだろ、と言葉を零す。

「誰からもらったにしても、クザンの枕になることにかわりゃしねェし」

「人からの贈り物を枕にしろっていうのも、ナマエくらいでしょ。やだよおれ、そんな枕」

「わっがままァ」

 人の家に泊まるつもりのくせにそんなことを言う相手に軽く笑って、仕方ねえな、と俺は一つ頷いた。

「それじゃあ俺の枕使えよ。俺は超ペンギンちゃんと同衾すっから」

「……ぬいぐるみと寝る海兵ってのもどうなの」

 呆れたようにクザンが言うのを、別に誰に見せるわけでもねェんだからいいだろ、と軽く流す。
 どうせ、俺が寝てる間に超ペンギンは奪われてしまうのだろうから、気にする必要もないことだ。
 どうもクザンは、うちに泊まった時、自分が寝ている俺に何をしているか、俺に知られていないと思っているらしい。
 いくら酒が入ってるからとは言っても、あれだけ接近されれば目を醒ますに決まっている。
 触れるだけとはいえ顔のあちこちに唇を落とされてしまえばいくら何でも、誰かさんが俺にそういった目を向けているということくらいは気付くというものだ。
 最初の頃はとてつもなく動揺したし、酔っ払いの奇行だとか、寝ぼけて誰かと間違えているんだと自分を納得させる努力をしていたが、ある日囁くように名前を呼ばれたことで、その努力も水泡に帰した。
 寝込みを襲うくせにそれ以外はいつも通りですごそうだなんて、クザンは本当にずるい奴だ。男なら男らしく告白して来いという話である。
 もしも唇に直接触れてきたら、その時はいい加減仕返しするなりとっつかまえるなりして尋問してやろうと思っているのだが、額や頬や瞼にはするくせに唇にしてこないあたりも、やっぱりずるい。
 今日はどうだろう。やっぱり、ずるいクザンはずるいままだろうか。

「まあとりあえず、そのまずそうなカクテルは頑張って飲めよ」

「自分がやっといてひどいんじゃねェの? 飲んでみる?」

「ぜってェやだね」

 俺がグラスを指さして笑った先で、呆れた声を漏らしながら笑ったクザンは、まるでいつもと変わらない。
 万が一今日その唇を味わうことになっては困るので、飲み干したグラスにはちゃんと一種類の酒を注いでやろう、と心優しい俺は思った。


end


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