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予定調和
※死亡トリップ系主人公は現在わるいひと
※アラバスタ編以前




 死んだ筈だったのに新しい人生が始まっていた。
 俺の『この世界』での始まりは、その一言で終了する。
 確かに死んだ筈なのに、どうしてか意識が浮上して、目を開いた先はぼんやりしていて何も見えなかった。
 それでも自分の体が、随分と巨大な誰かに抱き上げられているということは分かる。
 『いいこね、ナマエ』とその時の俺には理解不能な名前を紡いで囁いだその人は、どうやら『母親』だったらしい。
 俺が生まれて数日のうちに殺されたらしい彼女の、写真でしか見たことの無い顔を記憶の中に重ねてみてもしっくりはこないが、まあ、産んでくれたことには感謝している。
 前世の記憶と言う奴を持ったまま生まれたのかもしれない、と思った俺が、どうやらそう言う問題じゃないと気付いたのは、俺が生まれた家の稼業が『悪いこと』だという事実ではなく、売り買いされている化物の中に『かいおうるい』や『あくまのみ』があると知った五つの頃だった。
 周囲の人間よりは物覚えの良かった俺を親父は自分の仕事に連れ回していて、そこで見聞きした出来事だ。
 子供には分からないだろうと高をくくったのかもしれないが、お粗末な俺の頭でもはっきりとそれが何を示しているかは分かった。
 問題は、俺が今の俺として生まれる前に読んでいた『フィクション』とそっくりそのまま同じだったと言うことだ。
 思えば扱う通貨は『ベリー』で、『父親』が敵愾心を持っている正義の味方は『海軍』だった。更には魚人や人魚までいる上に、グランドラインなんていう名前の航路も存在する。
 ならばすなわち、恐らくここは、前の俺が生きていたあそことはまるで違う『世界』だ。
 手に入れた情報から辿り着いた衝撃的な事実にしばらく震えて、それから自分の現状を思い返して、子供の体で一つだけため息を零す。

「…………まー、だから何だって話か……」

 田舎とは言わないがグランドラインからそれなりに離れた場所で裏稼業にせいを出す家に生まれた俺に、ここがあの『漫画の世界』であるという事実がどれほどの影響力を持っていると言えるだろう。
 前の世界と同じように、普通に生きて普通に死ぬだけだ。何の問題もない。

「どうした、ナマエ」

「ううん、なんでもない」

 不思議そうな声を出した親父にそう返事をした俺は、多分、達観した可愛げのない子供だったと思う。







 やれやれと、煙草の煙と一緒にため息を零した。
 俺がこの世界に生まれて、もう何年たつだろうか。
 三十年を超えたあたりで数えるのが面倒になったからあまり意識しなくなったが、律儀に部下達が数えてくれるのでそれなりの年齢になったのは分かる。
 俺が小さい頃に言った不用意な一言で毎年用意されるようになったバースデーケーキとそれに突き刺さるろうそくは、親父がこの世界からいなくなっても変わらず用意されていて、いいかげん吹き消すのも苦労する量になった。
 悪事を働いていた親父がそれにふさわしく殺されて、今まで育てて貰っていた恩を返すべくそれの復讐をした俺が親父の跡を継いだのは成り行きだ。
 行っているのは前の世界での意識からすれば『悪いこと』に入る稼業だが、俺がそれを辞めたいが為に部下達全員を路頭に迷わせるわけには行かない。
 ただし出来る限り非人道的なことはしないようにと言い含めて、人身売買からは手を引いた。
 何となく覚えているあの漫画では確か人身売買の描写もあった筈だから、これで少しは俺の知っている『あれ』からは遠くなるだろう。さすがに『主人公』に倒される側には回りたくない。
 そんなことを考えて、ああでも今更か、と軽く笑ったところで、ざらりと床がこすれる音がした。

「何だナマエ、ご機嫌じゃねェか」

 そう言いながら目の前に現れた相手に、ちらりと視線を送る。
 それから手元の煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、別にそんなことは無いと返事をした。

「ご機嫌よう、サー・クロコダイル。お元気そうで何よりだ」

 そんな風に言いながら椅子から立ち上がって、似たような高さになった相手に椅子を勧める。
 どうやら部屋の外に誰かを置いてきたらしいそいつが、ちらりとそちらを見やってから、はっ、と軽く笑って俺の勧めた椅子に座った。

「酒でも?」

「いらねェよ。てめェも座れ」

 尋ねた俺に自分の正面を指差した相手に、頷いて再び椅子へ腰を下ろす。
 見やった先の誰かさんは、俺がこの年になっても覚えている『キャラクター』の一人だった。
 『サー・クロコダイル』。最近王下七武海の一人になった海賊で、俺の知っている『未来』で『主人公』に打ち倒される男だ。
 まさしく海賊と言った風情の鉤爪までつけた相手に微笑んで会釈すると、相変わらずスカした野郎だな、とクロコダイルが椅子に背中を押しつけた。
 鍛えた海賊の体を支えても軋みの一つも零さないその椅子は、俺がこの場に用意させた高級品の一つだ。
 椅子だけでなく、今クロコダイルが片手を乗せているテーブルも、その体の後ろにある絵画も、何なら窓を覆い隠しているカーテンも言及するなら高級品だった。
 目の前の男が俺達の『顧客』の中でもかなり金払いの良い人間であるという事実と、そして何より彼が『クロコダイル』であるからこその特別扱いだ。
 一目で『クロコダイル』だと気付き、そして彼と直接ビジネスを交わすようになった最初からこうなので、俺の部下達ですら俺がクロコダイルを『お気に入り』にしているということは知っている。
 こんな年になって漫画のキャラクターに入れあげているのかと自問すると苦く笑いたくなるが、まあ俺以外にはそんな事実は知りようもないので問題ない。『この世界』での『クロコダイル』は、現実にいる海賊だ。
 もっと女にも目を向けてくださいと泣かれたような気もするが、そこは気にしないふりをしておくことにする。

「それで、首尾はどうだ」

「お望みの『商品』を用意した。あと『オマケ』もつけておいた」

「何をだ?」

「まあ、そこはいつも通り、船に戻ってからのお楽しみだ」

 問われた言葉に返事をすると、面倒臭ェ野郎だ、とクロコダイルがうんざりとした声を零す。
 その口がはさんでいた葉巻から煙が零れて、先程まで俺の煙草の匂いが満ちていた部屋でゆらりと揺れた。
 葉巻の独特の香りが部屋に広がっていくのを眺めながら、そう言わないでくれよ、と肩を竦める。

「そちらにだって損はさせてないさ。それに、今回は特に『特別』なものにしておいた」

「『特別』だと?」

 俺の言葉に軽く眉を動かして、クロコダイルがこちらを窺った。
 どちらかと言えば『紳士的』と噂を聞くが、今のその顔はあくどいことをしでかす海賊でしかない。
 これがどこかの国では英雄のように扱われるというのだから、演技と言うのは恐ろしい。
 見つめてくるその目を見つめ返して、俺は軽く両手を広げて見せた。何も持っていないことをアピールした上で、口を緩めて言葉を零す。
 不都合になるようなことなんてしていないと言った俺に、ちっ、とクロコダイルが舌打ちをした。
 それでもそれ以上こちらを問い詰めてこないのは、目の前の相手が、俺が『サプライズ好き』だということを知っているからだろう。
 本当はその頭に『対クロコダイルに限り』と一言入るが、当人には知りようもないことだし、クロコダイルがこうやってビジネスに直接出向いてくれるのは、そのたび俺が寄越す『サプライズプレゼント』を受け入れてくれる気があるからに違いない。
 そんなことを考えながらそっと手を降ろして、そのままテーブルの上に乗せた。

「それと、この間の件だけど」

「……ああ、報告は聞いた」

「それなら良かった」

「例の取引はどうなった」

「後は金払い次第だとさ。高くつくぞ」

「報酬分の働きをするんなら問題は無ェ」

 殆ど重要な言葉は出さずに、簡単に連絡を交わす。
 クロコダイルがそうしろと言ったことは無かったが、どうやら彼はいつでも盗聴や録音を疑っているらしいと気付いていたからだ。察しが悪くては、こんな稼業は務まらない。
 あれこれと言葉を交わすうちに報告もつき、葉巻の一本を吸い終えたクロコダイルが、それを自分の傍の灰皿に乗せた。

「今日は終いだな。金は後で例のところに運ばせる」

「ああ。……ちょっと待った」

 言われた言葉に頷いて、それから立ち上がろうとしているクロコダイルに気付いて言葉を続けた。
 俺のそれを聞いて、何だ、と少しばかり怪訝そうな顔をしたクロコダイルが、それでも動きを止めてこちらを見る。

「報酬に不満があるとでも?」

「いや、違う。ビジネスの話じゃない」

 分かってるくせに軽く首まで傾げて尋ねた相手に返事をしながら、俺は机の上の鐘に手を伸ばした。
 こちらを見つめるクロコダイルが、その目に少しだけ警戒を浮かべたのを見ながら、出来る限りそっとそれを持ち上げる。

「そんなに毎回警戒しなくても、アンタなら俺が何かをする前に俺を殺せるだろうに」

 笑いながら、それでもゆっくりと動くのは、自分で言ったその言葉が事実だからだ。
 スナスナの実だなんていう悪魔の実を口にしたクロコダイルは自然系の能力者で、そうでなくてもその膂力で俺一人くらい簡単にねじ伏せて殺してしまうことが出来る男だった。
 体を鍛えようが何をしようが、その事実は変わらない。
 しかし俺の言葉を聞いても警戒を解くことなく、だったらこちらを警戒させるような行動は慎むんだな、と唸るクロコダイルの目はひたりとこちらへ向けられている。

「悪名高いナマエのことだ、何をするか分かったもんじゃねェ」

「心外だ」

 昔より家業の『悪さ』は鳴りを潜めていると胸を張って言えるのに、どうしてか俺の名前はあくどい方向へとどろいているらしい。きっとこれは誰かの陰謀だ。
 そんな被害妄想を抱えたままで、大したことじゃないんだが、と前置いて言葉を紡いだ。

「もう帰るだけで予定がないんなら、ここで食事なんてどうかと思ってるんだが、一緒にどうだ?」

「何?」

「酒も、この間言ってたのを揃えてある」

 怪訝そうな顔でこちらを窺う相手に言いながら、軽く首を傾げてみせる。
 この誘いをするのも、もう何度目だろうか。
 何回かに一回は付き合ってくれているはずなのに、毎回同じように警戒してくるクロコダイルは、本当に警戒心の強い男だ。
 こちらを見つめるクロコダイルの顔を見返しながら、駄目押しをするために更に口を動かした。

「今日、誕生日だろう?」

 『お祝い』させてくれ、とまで言葉を続けると、こちらを見つめる怪訝そうなその顔に、不審物を見つめる様子が加わる。
 何故それを知っている、と言いたげなその顔に肩を竦めて、このくらいの情報なら簡単に手に入るさ、と勝手に返事をした。
 実際のところ、俺のこの情報はあの『漫画』から得た情報だが、それは言わなくたっていいことだ。クロコダイルの誕生日が九月五日の語呂合わせだなんてことは、ここで生きる上では必要ない。

「…………なるほど、だから『特別』か」

 ついでに先ほどのやり取りを思い出したのか、そんな風にクロコダイルが唸った。
 やっと気付いたのか、とその言葉に微笑む。

「俺からの『誕生日プレゼント』、大事にしてくれよ」

「この年になって『タンジョウビプレゼント』なんざ、受け取りたいとも思わねェがな」

 ふん、と鼻で笑うクロコダイルに、まあそう言わないでくれよ、と言葉を交わす。
 それから、まだ鐘は鳴らさずに『どうだ?』と尋ねると、クロコダイルがその手でもう一本の葉巻を取り出した。
 口にくわえたそれに火をつけて、白い煙がその口元から零れて落ちる。

「……今回だけだぞ」

「ああ、ありがとう」

 その台詞は先月も聞いたぞ、とは言わないで置いてやった。




end


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