ディナーにはケーキがついていた
※『とある海軍大将の憂鬱』の二人
※notトリップ系海兵主人公は赤犬の部下
とんとん、と扉が叩かれる。
「はいよ、どうぞ」
執務室の中でクザンがそう声を掛けると、一泊置いて『失礼します』と声が聞こえ、扉が開かれた。
声で気付いた相手が扉の入り口に立っている事実に、頬杖をついていたクザンの背中が何となく伸びる。
「ナマエじゃねェの」
「はい、ナマエであります」
名前を呼ばれてそれへ答えながら、しっかりとした足取りで室内へ入ってきたのはナマエと言う名の海兵だった。
その両手が、高い書類の塔を抱えている。
どこから連れてきたのかと少しばかり呆れたクザンは、それが海軍大将赤犬のところからだろうとあたりをつけた。そもそもナマエは赤犬の部下なのだから、間違いはないはずだ。
すたすたと歩いてきたナマエの為に、執務机の一角を掌で示すと、ナマエがそこへ荷物を置く。
ふわ、と少しばかり飛び上がった一番上の書類をその手が素早く抑えて、海兵はポケットから何かを取り出した。
青いガラス細工のそれが、そのまま書類の塔の上に据えられる。
「あらら、随分しゃれたペーパーウェイトだね」
溶かしたガラスを固めたと思われる丸みのある丸みのある土台の上で、一羽の鳥が羽根を休めているかのような姿をしている。
クザンが時折作り出す雉にもにたその姿を眺めてから、どういうことか思い至ったクザンの口元に笑みが浮かんだ。
「ひょっとして、おれにくれるやつ?」
小物を統一しろとはもちろん言わないが、わざわざ大将赤犬の部下が、他の海軍大将を思わせる意匠のものを使用することは珍しい。
このままここへ置いていくつもりなのかと考えての問いかけは、今日の日付を考慮してのことだった。
今日は九月二十一日。
クザンの誕生日だ。
クザンとしてはどうでもいいが、部下達にはそうでもないらしく、朝から小さな贈り物をもらっている。
数が増えてきたそれは執務室の一画でカートを占拠しているし、『今日だけは執務室にいてくださいよ!』と副官から念押しまでされているくらいだ。
別に机にでも置いといてくれたらいいのにと思ったが、仕事がクザンの想定よりも溜まっていたことと、外出の多いクザンにせめて手渡しをしたいという他からの要望であるらしい。
これもそのうちかと、クザンの指が軽くガラスのペーパーウェイトをつつく。
クザンの言葉に、ナマエは素直に返事をした。
「はい、こちら、サカズキ大将からです」
「……うん?」
「渡すなら仕事道具一択だとおっしゃって」
ペンかこれかで悩んでいたようですと続いた言葉に、クザンはぱちりと瞬きをした。
ナマエが『サカズキ大将』と呼ぶのは、海軍本部海軍大将のマグマ人間、つまり『赤犬』と呼ばれるクザンの同僚に他ならない。
仲が悪いとは言わないが、贈り物を贈ったり贈られたりするほどの仲の良さであっただろうか。
どういうことだろうかと考え込んだクザンの前で、それで、とナマエが言葉を続ける。
「あと、こちらの方も頂いたのですが」
言いつつナマエがスーツから取り出したのは、二枚の紙きれだった。
クザンもよく知るそこそこに価格帯の高い店の名前が記された、ディナーチケットだ。
それも二枚。
ますます目を瞬かせたクザンの前で、海兵は直立不動の姿勢を崩さない。
頂いた、というのは、赤犬に誘われたという意味だろうか。
しかしそれなら、ナマエに二枚も持たせる必要は無いだろう。
それはつまりとクザンが結論を出す前に、じっとクザンを見つめながらナマエが言う。
「今晩、ご一緒にいかがですか?」
もちろん、予定が入っていれば別の日でも構わないのですが。
そう続いたナマエの言葉に、クザンはすぐさま頷いた。
「分かった」
「良かった。ちゃんと自分も、プレゼントを用意してあるので……その時にお渡ししますね」
誕生日おめでとうございます、と言いながら、ほっとしたようにナマエが笑う。
その場でそのまま時間を決めて、何ならナマエがここまで迎えに来るというのに頷いて、クザンはそのままナマエを執務室から送り出した。
扉が閉ざされて、すぐさまその手が捕まえたのは電伝虫だ。
「ありがとうサカズキ、やっとおれを婿に迎える気になったわけね」
『騒がしい奴じゃ……おどれのような婿はいらん』
電伝虫が口を曲げ、向こう側の表情を真似している。
『言っておくがクザン、仕事を片付けんで出ようとしちょったら、券どころか店が消し炭になるけェのォ。心して掛かれ』
照れ隠しと言うにはあまりにも怖い言葉を言われたが、分かったよとクザンは答えて電伝虫の受話器を置いた。
執務机の上には書類が大量にある。
いくらかは明日に回すつもりであったが、これは全て片付けてしまわなくてはならないだろう。
大変だなとは思うが、夜のことを想うとうきうきとしてくるのを止められない。
来年の同僚の誕生日には、何かお返しをしてやらなくては。
赤犬だけで決めるとも思えないので、恐らくは黄猿も噛んでいる筈だ。となれば再来月が先だろうか。
「……やれやれ、全く」
どちらにしても今年は、なかなかに楽しい誕生日になりそうだった。
end
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