バースデーサプライズ
※性別勘違いシリーズの二人は付き合っている
「そういや、もうすぐサカズキの誕生日だねェ〜」
ふと思いついたように言われて、サカズキはじろりと視線を向けた。
『少し暇が出来たから』と、わざわざ人の執務室まで来てのんびりとコーヒーを嗜んでいる同僚が、その視線に笑っている。
楽しそうなそれは大体いつもその顔に浮かんでいるもので、人の良いふりをしてそれなりに海兵らしいことをする海兵であることを、サカズキは知っていた。
「今度は何をたくらんじょる」
「オォ〜……たくらむなんてひどいじゃねェか〜」
警戒するように目をすがめたサカズキに、同僚が目を丸くする。
驚いたような顔をしているが、あまりにもわざとらしいそれに、サカズキの口からは舌打ちが漏れた。
何が言いたいのかは分からないが、確かに今月はサカズキの誕生月だ。
小さな頃はそれどころではなく、海兵になってからも大して気に留めたこともなかった日付だが、ここ数年はそうでもない。
今のサカズキには、サカズキが生まれたその日付を、『良い日』だと祝ってくれる存在がいるからだ。
「ナマエくんが今年もお祝いしてくれるんだろォ〜?」
脳裏に浮かべた顔の名前を呼ばれて、サカズキの眉間にしわが寄る。
「知らん」
「おっとォ、今年もサプライズしようとしてるのかァい?」
きっぱりとしたサカズキの言葉に、くすくすと笑う同僚はやはり楽しそうだ。
数年共に過ごして知ったが、どうやらサカズキの大事な一人は、そう言ったことをサプライズで行うのが好きなようだった。
今年もまた、こっそりと準備を進めているということを、サカズキは知っている。
知っているが、知らないふりをしている。
何せ本人は気付かれていないと思っているし、とても楽しそうにしているのだ。
サカズキよりずいぶんと年下で、口がきけず、そして同性であるナマエと言う名の彼が楽しそうにしている様子を見るのが、サカズキには好ましい。
「じゃあ、わっしも協力しておかねェとォ〜」
「いらん」
にこにこと笑って言い放つ同僚に、サカズキは端的に拒絶を示した。
何が楽しいのか知らないが、この同僚はよくサカズキとナマエのところへ絡んでくる。
もう一人の海軍大将まで巻き込むこともあり、だらけきった正義などという腑抜けたものを掲げる男などうんざりした顔をしていたりもするのだが、気に留めた様子もない。
サカズキとしても、今ナマエと共に過ごしている場所を、荒らされることは好まない。
もちろん当人にはそのつもりも無いだろうし、いたずら心が大半だとしても、そのうちの何割かには純粋な好意があるというのは分かる。
分かるが、それを受け止めるかどうかはサカズキ側の勝手だ。
「祝われるだけで十分じゃけェ、おどれは何もするな」
「健気なんだかひどいんだかわからないねェ〜」
ため息交じりに言い放ったサカズキに、やれやれと同僚が肩を竦めた。
※
サカズキは、確かに『いらない』と告げたはずだった。
だがしかし、これは絶対にあの年上の男の差し金だろうと、そう考えている。
「……?」
どうしたの、と小さな相手が首を傾げたのが、視界に入る。
今日は八月十六日だ。
すなわちサカズキの誕生日であり、家に帰ればきっとなにがしかが起きるだろうと予想していた。
だが、きびきびと仕事をしているサカズキのもとへ書類を運んできた海兵が、知ってはいるがここにいるはずもない人間だという事実はどうにもしがたい。
きちんとスーツを着込み、正義のコートを羽織り、腰に警棒を刺し、しっかりと海軍将校の恰好をしたそれは、しかし間違いなくナマエだった。
きりりと背筋を伸ばしているが、着込んでいるスーツはいつだったかサカズキがナマエへ贈ったものだ。
女性的な衣類を好むらしいナマエへ送ったのは男性ものと女性もののスーツの二揃いで、今日ナマエが着込んでいるのは男性用だった。
顔立ちが甘く可愛らしいせいで、どうにも男装をした女性のようにも見える。
禁欲的にも見えるのは、わざとらしくすました顔をしているからだろう。
「……何をしちょるんじゃ」
漏れかけたため息を押し込めて尋ねたサカズキに、ナマエは取り出した小さめのスケッチブックを捲った。
その中の一ページをサカズキへ向けながら、何故だか胸を張っている。
『今日、遅くなるって聞いたから、手伝いに来た』
記されたその文字に、サカズキは同僚の謀略を知った。
今日『遅くなる』予定は、サカズキには無い。
誕生日だからと浮かれているわけではないが、ナマエが家で様々な用意をしているだろうと知っていたから、絶対に定時で帰ると決めていた。
大きな予定は前々からずらして配置していたし、もしもどうしても対応しなくてはならない予定が入ったとしてもどうにかして見せるという、強い意志がある。
『誰にそんなでたらめを聞いた』と尋ねたところで、一人の名前しか出てこないだろう。何故だかナマエは、あの光人間とも仲が良い。
『それと、スーツ着てるところも見せたくて』
ぺらりと捲ったもう一ページに記された言葉に、サカズキは目の前の相手をしげしげと眺めた。
贈りはしたものの、ナマエがそのスーツに身を包んだことは、試着の後は一度も無かった。
そもそもナマエはあまり外出を好まないし、公の場に出るようなことも無い。
不慣れな手で締めたのだろうネクタイは少し不格好で、それが何となく可愛らしい。
片手が無意識に相手へとのびかけ、それに気付いて拳を握ったサカズキは、不自然にならないようにそのまま拳を執務机へと押し付けた。
しゅう、と小さく何かが音を立てたが、まだ執務机は燃えていない。
「ほうか」
どうにか言葉を吐き出して、サカズキは少しばかり背もたれへ背中を預けた。
少し引いたところで、ナマエが目の前にいるという事実は変わらない。
そう言えば副官が部屋にいないのは、ナマエが来ることを耳にしていたからだろうか。そこがあの光人間とつながっているのであれば、後々で締めあげなくてはならないだろう。
頭の端でそんなことを考えつつ、ナマエを見やる。
「なら、しっかり働いてもらうとするかのォ」
そもそも民間人であるナマエがサカズキの職場でできることなど、本当に限られている。
部外者なのだから機密は任せられないし、不慣れな海軍本部の中をうろうろさせるわけにもいかない。
細腕に荷物を持たせるくらいならサカズキが持った方が良いし、サカズキよりも小さなナマエがともに歩けば、サカズキの足取りがゆっくりになることは間違いない。
しかしそれでも、普段はあまり家を出ないナマエがここまで出向いたという事実を前に、さっさと帰れと追い出せるはずがなかった。
甘いと言われるかもしれないが、仕方がない。サカズキが、ナマエのすることを拒絶しきれた試しはない。
「茶汲みからじゃァ」
言葉と共に給湯室の方を顎で示すと、頷いたナマエが気合を入れた顔をする。
すぐさまとたとたとかけて茶をいれに行ったナマエを見送り、サカズキは目の前の書類を片付けることにした。
すぐそばにナマエがいるという事実を前に、書類の山は普段より早く瓦解して消え、午後の演習場ではマグマが飛んで噴火が起きて部下達が慌てふためいた。
やりすぎたかとも思ったが、海軍将校の恰好をした部外者が『格好良かった』と瞳を輝かせて安全な場所で手を叩いていたので、問題は何一つ無かったと言えるだろう。
end
戻る | 小説ページTOPへ