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Mr.Jums
※アニマル転生主人公は仔猫で無知識



 四肢をつっぱり、ぐっと背中を逸らした。
 んん、と大きく伸びをして、ついでに大きめに口を開けて盛大にあくびをすると、くくく、と上から笑い声が落ちる。
 それに気付いて口を閉じて目を向けると、とんでもなく巨大な男が、笑いながらこちらを見下ろしているところだった。

「よォ、ナマエ。目ェ覚めたか」

「みあ」

 寄越された言葉に返事をする。
 口から漏れた声音はふざけた様なものだったが、これが俺の精一杯だ。
 何せ、俺の体は今、小さく可愛い仔猫ちゃんなのである。
 つい二週間前、死んだはずの『俺』は猫になっていた。
 最初は自分の境遇が分からず混乱して過ごしたが、空から落ちてきたという俺を助けてくれた傍らの大男が俺に名前を付けてくれて、そしてよしよしと甘やかされているうちに随分と落ち着いた。
 多分、俺は生まれ変わりと言うやつをしたのだ。
 輪廻転生なんて漫画や本の中だけの話だと思っていたが、体験してしまったのだから仕方ない。
 どうあがこうとも俺は猫で、そして多分仔猫で、一匹ぼっちでは生きていけない生き物だった。
 どうやら俺を拾ってくれた大男は俺を飼ってくれるつもりのようなので、大人しく飼われていれば安全だろう。
 せっかく生まれたこの命、今度は猫生を謳歌すると決めた俺は、よいしょと両足を使って目の前の大男の体をよじ登った。
 確かに俺はまだまだ小さな仔猫だが、それにしたってこの大男は大きい。
 特別俺が小さいのかもしれないが、まるで六メートルはありそうな大きさだ。
 もちろん、そんなに大きければギネスブックに載ったりだってしている筈だし、テレビの取材だってくるだろう。こんなに特徴的な髭を蓄えた男をテレビで見たら、忘れられるはずもない。
 若い頃はプロレスか何かでもやっていたんじゃないのか、と言うくらいたくましい足をよじ登り、登頂してふうと息を吐くと、ひょいと目の前で影が動いた。
 それに気付いて視線を向ければ、大男が俺の方へ大きなその掌を差し出している。

「みい」

 どうも、とそれへ声を掛けつつひょいと掌の上へ飛び乗ると、大男は俺を乗せた掌をそのまま動かした。
 ぐらりと動いたのに少し驚いたが、今回は爪を出すのを我慢した。痛くはなかったようだが、俺だって好きで誰かをひっかきたいわけじゃないのだ。
 そのことに気付いたのか、大男の手が俺を自分の肩へと近付ける。
 たくましい肩へ向けて飛びつき、そしてそこへよじ登った俺は、俺が小さいせいか随分と広く感じる肩の上に座り込んだ。
 本当はもう少しよじ登りたいところだが、さすがに頭の上によじ登るわけにもいかない。何せ、俺の飼い主である大男の頭によじ登るということは、その顔や頭に爪を立てるということになるからだ。

「みっ」

「てめェは本当に高いところが好きだなァ、ナマエ」

 やっぱりどっかによじ登って落ちてきたんじゃねェのか、と機嫌よく大男が口にする。
 言っているのはどうやら俺が大男の真上に落ちてきたその日のことらしいが、しかしそんなことは俺の記憶には無いので、俺はみいと鳴き声を零してぱたりと尾を振った。
 動かしたそれが軽く大男の首を掠めて、くすぐってェよと大男が笑う。
 それを聞いてずりずりと大男の肩口を滑るように移動した俺は、大男の首へと今度は頭をぐりぐり押し付けた。

「みーあ」

「グララララ!」

 俺の攻撃に相変わらずの変わった笑い声を零して、大男は軽く肩を竦めた。
 くすぐってェともう一度言いながら、それでも俺を引きはがそうとしないのは、多分俺があまりにも小さいからだ。
 俺だって真っ当な猫なのだからそう簡単につぶされたりはしないつもりなのだが、どうも大男は俺のことをか弱い紙細工か何かだと思っているふしがある。
 そのせいで無抵抗に俺の攻撃を受けることしかできない相手に存分に擦りついてから、満足した俺は大男の首にくっつくようにしながら腰を落ち着けた。

「そんなとこじゃァ落っこちまうんじゃねェのか、ナマエ」

「みい」

「心配はいらねえってか?」

「みっ」

 俺の様子に言葉を寄越す相手へ返事をすると、仕方ねえなと呟いた大男が、少しだけ腕を動かした。
 きっともし俺がここから落っこちても、大男はそんな俺を受け止めてくれるに違いない。
 とんでもなく子だくさんの大男はみんなに『オヤジ』と呼ばれていて、俺はその名前すらも知らないが、俺と言う猫を大事にしてくれるいい人だということは、たった二週間の付き合いでも理解していた。
 だからこそ、信頼の気持ちを込めて、目の前に伸びた特徴的な髭を毛づくろいしておくことにする。
 俺の様子に軽く目を細めて、大男はまたグラララと笑い声を零した。


end


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