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さびしんぼ
※主人公は革命軍



 『革命軍』というのは、案外忙しい。
 政府の闇を探ってみたり海にのさばる海賊達のつながりを辿ってみたり、情報を集め流通を調査し来る日に備えて力を蓄え道を作っていくのだからまあ仕方ないが、とにかく忙しい。
 しかしながらさすがに三日も寝ないでいるとおかしな状態になるもので、これはまずいと把握した俺がバルティゴへ戻り報告を終えてすぐに自室のベッドへ向かったのは、何一つ間違いではなかっただろう。
 いつもとの違いなんて何一つ分からなかった。たぶん、眠さに意識のほとんどが支配されていたのだ。
 だからこそベッドへ倒れ込んだ俺は、俺しか使わないだろうそれの上にあった何かにごちりと頭をぶつけて、無防備だった額によぎった痛みにとてつもなく驚いた。

「いって……っ …………は?」

 痛みに声を漏らして額を押さえつつ、ベッドに転がったままで人のベッドに潜んでいた凶器を見やる。
 そして、こちらを向いて目を閉じている顔を目の前にしてしまい、ぱちりと目を瞬かせた。
 ドラゴンさんが拾ってきた頃に負ったという『話』の傷跡をその顔に刻んだ誰かさんが、すうすうと人のベッドの上で寝息を零している。
 いつも大きく丸みを持って開かれている意思の強い目が閉じられているせいでだいぶ印象が違うが、それが誰かなんてことを、この俺が見間違えるはずもなかった。

「…………サボ?」

 思わず名前を呼んで、はた、と気付いて周囲を見回す。
 しかし、見やったそこはやはり俺に与えられた寝室で、うっかりサボの部屋へと迷い込んだというわけではなさそうだった。
 だとすれば、サボの方が俺の部屋に迷い込んだのか。
 そんなポカをやらかすくらいに参謀総長が働かされているのかと困惑しつつ、改めてサボへ視線を戻す。
 そこでふと気付いたが、サボは俺のシャツをタオルケット代わりにしていた。
 ベッドにはタオルケットもあるのだから、わざわざクローゼットから引っ張り出してきたなんてことはないだろう。あまり覚えていないが、半月前にバルティゴを出る時は随分と慌てていたから、脱いだシャツをベッドに放り出していってしまったかもしれない。
 俺とサボに体格差はあまりないが、大きめのシャツだったせいで、サボの上半身がすっかり隠れていた。
 何かをもやりと刺激してくる光景に、軽くため息を零す。

「……お前な」

 どうにも、サボは無防備な奴だった。
 俺より先に『革命軍』へと入り、参謀総長となり、たぶん革命軍の中でもトップクラスの実力を持つ男だ。
 何をされようと自分でどうにかできるという自負の現れなのだろうが、そういうことは俺以外の前でやってほしい。
 叶わぬ想いを抱いて数年、ちゃんとごまかしだましてやっていくつもりだというのに、ひょんなことからばれてしまったら俺はもうここにはいられない。
 俺が元気だったら襲われてるところだぞ、と本人を相手に言ったこともないような台詞を吐きつつ、俺はサボへと手を伸ばした。

「そんなの汚いだろ。せめてタオルケットにしろよ」

 呟きつつ、サボの体からするりとシャツを引き取る。
 すると、シャツをかぶろうとするくらいなのだから当然だが、寒さを感じたらしいサボの眉間にしわが寄った。

「……ん」

「サボ? 起きたか?」

 声を漏らして身を捩った相手に、そう声を掛ける。
 それからその肩へ手を触れると、ゆるりと動いたサボの掌が、俺の腕を捕まえた。
 そのままぐいと引き寄せられて、目を丸くした俺の前で、サボの両手が俺の腕を抱き込むように引っ張る。
 そうされると体を傾がせる羽目になって、片手で体を支えながら、俺はサボの方へと体を傾がせた。
 眠っているからだろうか、サボの体は少し温かい。
 俺の手へわずかに頬を触れさせて目を閉じる様子はとてつもなく幼く、同じ年頃の男に言っていい台詞とは思えないが、どう考えても可愛い。

「…………」

 思わずその寝顔に見入ってしまった俺の目の前で、とんでもなく唐突に、サボの両目が開かれる。

「うわっ!」

 かっと見開かれた両目に見やられて、驚いて声を漏らした俺の腕が、サボの手から解放された。
 思わず先ほどまで傾いでいたのとは逆向きに倒れ込んだ俺を見やり、むくりとサボが起き上がる。

「…………間違えた」

 その目が数度周囲を見回し、その口が言葉を零した。
 それからその両目が改めてこちらへ向けられて、よお、と軽く挨拶が寄越される。

「帰ったんだな」

「あ、ああ……つうか、驚かすなよ、どういう起き方だ」

 どきどきとときめきとは違う意味合いで跳ねる心臓を感じつつ、ひとまず相手を非難する。
 俺の言葉に不思議そうな顔をしてから、サボはひょいとベッドを降りた。
 その手が俺の方へと伸びて、俺の頭を掴んで先ほどのサボと同じ向きに倒れるように引き倒してくる。
 変な風に体がひねられて、いてェ、と声を漏らした。

「すげェ顔だな、寝ろ」

 痛みに顔をしかめる俺をよそに、そんな風に言い放ったサボの手が、ばさりとベッドの端に蹴られていたタオルケットを掴んで広げる。
 ふわりとそのまま体の上へと掛けられて、ベッドへ横倒しになったまま、俺はちらりとサボを見やった。
 俺を見下ろして軽く笑ったサボが、もう一度俺へ向けて手を伸ばし、俺の両目をその手でふさぐ。
 石畳だろうが何だろうが粉砕する恐ろしい掌だが、力の入っていない様子からして、俺を攻撃する意図はないらしい。

「おかえり、ナマエ」

「……おう、ただいま」

 俺の視界を奪ったままのサボから言葉を寄越されてそれに返事をする。
 それから片手をサボの手に添えて離せと訴えると、目を閉じたら離してやるよ、とサボが笑いを含んだ声を漏らした。
 寄越された言葉に仕方なく、そっと目を閉じる。
 覇気でか気配でか、それとも俺が目を閉じるのをただ触感で認識したのか、俺が目を閉じて数秒も経たずにサボは俺から手を離した。

「とりあえず寝ろ。起きたら来いよ」

「来い?」

「肉でいいか?」

 目を閉じた向こう側で言葉を放つ相手に、何が言いたいか把握していいやと首を横に振る。さすがに寝起きの飯が肉ばっかりというのは困る。

「野菜多めで」

 腹に優しそうなやつ、と言葉を続けると、仕方ねえなと声を漏らしたサボが、ぽんと軽く俺の体を叩いた。
 どうやらそのまま出ていくようだが、目を開けたところを見られるとまた目をふさぎに来られそうな気がしたので、ひとまず目を閉じたままでいることにする。
 体をベッドに横たえたまま、そっと体から力を抜くと、先ほどまで去っていた眠気が駆け足で近寄ってきているのを感じた。
 仕方ない。とんでもなく疲れたのだ。
 泥のように眠りたいという気持ちを体現するべく、ぐったりとベッドに懐いた俺の鼻を、ふといつもとは違う匂いが刺激した。
 それが何なのかはすぐにわかって、もやり、とまた少しばかり自分が刺激を受けたのを感じた。

「…………サボの匂いかよ……」

 つい今しがたまで誰かさんが寝ていたのだから当然だが、シーツとタオルケットの合間にわずかに満ちたそれは、間違いなくサボから漂うのに似た香りだった。
 いやなにおいだなんてことは無いが、それとこれとは違う問題だろう。
 睡眠欲が人間の最大の欲求だというのは、よく言ったものだ。
 眠くなかったならきっと、もう少し慌てたり騒いだりしてしまったに違いない。
 起きたらシーツを変えよう、と胸に誓いつつ、俺はひとまず眠りの国へと足を進めることにした。
 どこぞの参謀総長殿が、何度も何度も『間違えて』俺の部屋で寝泊まりしていたことを俺に密告してきたのは、目覚めた後の食事の場に同席していたコアラである。

「寂しかったんだよ、きっと」

 ナマエがなかなか帰ってこないから、と朗らかな顔でこっそりと寄越した彼女は、たぶん俺を殺す気だったと思う。



end


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