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凸と凹
※主人公は白ひげクルー(何気にトリップ主)



「マルコ、お前浮気した?」

 起き抜けの開口一番、寄越されたとんでもない台詞に、マルコはしばらく思考を停止させた。
 そんなマルコを見下ろす相手は、普段と大して変わらない顔に、普段とは比べ物にならない真剣さを浮かべている。
 ナマエと言う名前の彼は、マルコの恋人だった。
 男同士だというのにおかしな話なのかもしれないが、事実そうなのだから仕方ない。
 そして恋人らしく、昨日も二人で船内の一室へと収まったはずである。
 少々あいまいなのは、マルコの記憶が酒のせいでおぼろげになっているからだった。
 いくらマルコが酒に強いとは言っても、さすがに体格すらも違う『船長』と飲み比べをすれば、マルコの方が負けるに決まっている。
 酔ったマルコにナマエが声をかけてきた覚えがあるので、マルコをここまで連れて戻ったのはナマエだろう。
 酒のせいか、それ以外の理由でか、少々の気分の悪さすら感じながらため息を零して、マルコはゆっくりと起き上がる。
 体に違和感はないが、酒でも零したのか、マルコはほとんど裸と言っていいような状態だった。対するナマエはきちんと着替えているので、恐らく随分先に起きていたのだろう。

「……なんでそんなこと言い出すんだよい」

 ベッドに座ったままでそう尋ねると、マルコの傍らに座っているナマエの手がぐっとシーツを掴んだ。
 何かをこらえるようなそれに、マルコはじっとナマエへ視線を注ぐ。
 一つ、二つと深呼吸をしてから、ナマエはそっとその手を自分の腹へとあてた。
 もうじきたどり着く島が冬島だからか、随分とあたたかそうな恰好をしているそこに触れる指は、どうしてかひどく優しい。
 そのことに首を傾げたマルコの向かいで、ナマエは口を動かした。

「……最近、その……してないだろ」

 『何を』とは口にせず寄越された言葉の意味を正しく理解して、まァねい、とマルコは頷く。
 つい一昨日まで、マルコは単独で船を離れていた。
 それは『オヤジ』の願いによるもので、昨晩飲み比べに呼ばれたのだって、その労りが半分を占めていたと知っている。
 ナマエはいつも通り船にいたのだから、半月ほどの間、マルコは自分の恋人と顔を合わせもしなかった。
 そこまで考えてからマルコは眉間にしわを寄せ、なんだってんだ、と低く唸る。

「たかだか顔を合わせなかったくれェで、浮気を疑われてんのかい、おれァ」

 もしや昨晩、一緒にベッドへ転がりながら手を出さなかったことをなじられているのか。
 酒をあれだけ飲んでいたら役に立たないし、前後不覚だったことはナマエだって知っているだろうと睨み付ければ、そうじゃない、とナマエの方から否定が寄越される。
 それからその目がちらりとマルコを見やり、唇が引き結ばれた。
 言いたいことを飲み込むことにナマエがよくやるその仕草に、舌打ちを零したマルコの手が伸ばされる。
 逃げを打った男を逃さずその顔を捕まえて、マルコは相手をそのままベッドの上へと引き倒した。

「あ!」

 慌てたように声を上げ、どうしてか両手で自分の腹を庇ったナマエへと覆いかぶさる。
 急に動いたせいで残っていた酒が回ってきた気もするが、久しぶりに会えた恋人に女々しくも面倒くさい勘違いをされるくらいなら、このくらいどうと言うこともない。
 ナマエの服を捕まえたマルコの手が強くそれを引っ張ると、縫い付けの甘かったらしいボタンが二つほど、ぶちりと音を立てて布から離れた。
 面倒なほど厚着している相手を気にせず脱がしにかかったマルコの下で、待ってくれ、と声をあげたナマエがじたばたともがく。

「こんな朝っから、何考えてるんだ、馬鹿マルコ!」

「馬鹿はお前だろい、いいから大人しくしろよい」

 わずかに顔を赤らめて、怒ったように声をあげる相手にマルコがそう言い返し、服の中に入り込ませようとした手を止めて、その体が少しだけ前へと傾いだ。
 ナマエの額に自分の額を押し付けて、マルコの唇がナマエの間近で言葉を零す。

「『浮気』してねェって証明してやるから、覚悟決めろい」

 馬鹿みたいな発言を寄越されて、怒るべきはマルコの方である。
 しかしマルコの発言に、ぱちぱちと瞬きをしたナマエと言えば、困ったような悲しそうな表情をその顔に浮かべた。
 まるでマルコの『浮気』を確信しているようなその面構えに、マルコは少々戸惑う。
 たかだか『何もなかった』程度のことで、こんな顔をする男だろうか。
 まだ酒が回っているからか、何がナマエをそこまで悩ませ追い詰めたのか分からず、マルコは額を相手へ押し付けたままで唇を動かした。

「……それで、なんでおれが『浮気』したって思ったんだよい」

 言ってみろ、全部否定してやる。
 そう続けたマルコに対して、ナマエがわずかに息を飲む。
 その両手はいまだに自分の腹を庇うようにしていて、もぞりと身じろいだナマエの片方の手が、そうっとマルコの方へと伸ばされた。
 触れてきた掌によって誘導されて、マルコの片手がナマエの腹へと寄せられる。

「そっとだぞ」

「ん?」

 言葉と共にその腹部へと掌を押し付けられて、冬島用のあたたかな服の内側にある何か硬いものの感触に、マルコはわずかに声を漏らした。
 さわさわと、ただそこにある物を確かめる動きで掌を動かしたマルコの手が、それから間髪入れずにずぼりと服の中へと入り込む。

「うわっ」

 驚いたように声をあげたナマエが止めに来るのに構わず、マルコはナマエの腹と接していたものを捕まえて、そのまま服の裾から引きずり出した。

「馬鹿! 冷えちゃうだろ!」

 慌てたように両手を伸ばしたナマエの手が、マルコがつかんだものを取り返す。
 大事そうに懐に入れ、身を捩ってそれ以上の追撃から逃れようとしたナマエを上から見下ろして、マルコはその顔に戸惑いを浮かべた。

「…………なんだよい、そりゃあ」

 マルコがつかみだし、そして取り返された楕円を描く物体。
 誰がどう見ても、それは卵だった。
 時々厨房で見かける鶏卵と大して変わらぬ大きさだが、その殻は澄んだ海原のように青い。
 ナマエが服の内側に隠していたからか、生温かだった感触を思い返すようにあいた片手を握りしめると、ナマエがじとりとマルコを見上げる。

「お前がうんだんだろ」

「……は?」

 そうして放たれた言葉に、マルコの口からは間抜けな声が漏れた。
 眉を寄せ、非難がましい顔でナマエの言う話によれば、それはマルコとナマエが寝ていたこのベッドの上に、突然現れたらしい。
 もちろん寝ていたナマエはそれがあらわれた瞬間など見ていない。ただ、目を覚ました時は二人の間に丸い卵があり、寝ぼけた頭でそれを保護したということだった。
 ナマエに言わせれば『マルコが生んだ』と言うことだが、男が卵を産む奇病など、マルコは聞いたこともない。
 どちらかと言えば誰かの悪戯か何かだろう。気配にさといマルコの方が酒にやられていたのだから、その可能性こそ否定できない。
 ナマエは時々こういう間抜けをしでかす男だったと、マルコは思い出した。
 たまにとんでもなく常識知らずで、よくそのせいでサッチやハルタ達に悪戯を仕掛けられているというのに、当人にはまるで改める様子がない。
 そういえばマルコが最初にナマエを気にするようになったのも、ナマエのそういうところを心配したからだった。

「お前なァ……」

「偉大なる航路には常識が通用しないんだからな」

 呆れた顔になってしまったマルコの向かいで、ナマエは口をとがらせて言葉を紡ぐ。
 どうやら、半月もの間『そういったこと』をしていなかったマルコが卵を産んだという思い込みが、先ほどの『浮気』発言を引き起こしているらしい。
 そう把握したマルコの口からは、大きくため息が漏れてしまった。

「……馬鹿かよい」

「ひどいお父さんだ」

 なじるマルコを見上げて、ナマエがまたも身を捩る。
 懐の卵を守ろうとするその仕草に、お前の方が親みてェじゃねェか、と声を漏らしたマルコは体を起こした。

「それが浮気の証拠だってんなら、あっためてねえで放っとけよい」

「殺せってのか」

「誰もそこまでは言わねえけどよい……おれと『どっかの誰か』の子供を、お前があっためる義理はねェだろい?」

 組んだ足に肘を置いて頬杖をついたマルコがそういうと、ゆるりと起き上がったナマエはマルコから少しだけ距離をとった。
 卵を奪われまいとしているその様子は、やはりまさしく親のそれである。
 むしろお前が産んだんじゃねェのか、と笑いたくなってしまったマルコの向かいで、ナマエが口を動かす。

「だって、マルコの子供だろ」

 俺がちゃんと育てるよと、きっぱり寄越す言葉に嘘偽りは見当たらない。
 間抜けなくせに真っ向からそんな言葉を寄越してくる相手に、マルコは酒を逃がすようにため息を零した。
 それからとりあえず、大事なことを口にすることにする。

「……まァとりあえず、おれァ浮気なんてしてねェよい。だからもしそれが本当におれの子供なら、ナマエのガキでもあんだろい」

「けど」

「偉大なる航路に常識は通用しねェんだろい?」

 時期が合わないだとか、そんな馬鹿な話を今さら言いはしないだろうと見やると、困惑や戸惑いをその顔に描いたナマエが、やがて頷く。
 その手が恐る恐ると言った風に卵を押し込んだあたりを撫でて、その顔が少しだけ赤らみ、少し離れていた距離が向こうから縮められた。

「う……疑ってごめんな、マルコ」

「許してほしけりゃ、おはようのキスでも寄越せよい」

「え」

 マルコの言葉にぱちりと目を丸くしたナマエを見やり、マルコがにやりと笑う。
 からかわれたと気付かないナマエが、意を決した様子で顔を近づけてもう一度謝罪を寄越してきたのを仕方なく受け入れてやって、マルコはひとまず悪戯の首謀者を探しにいくことにしたのだった。



end


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