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幸せを約束しよう
※短編『夢の島からの脱出』の続き
※異世界永住を決意し決行したトリップ主人公と白ひげと白ひげ海賊団




 ニューゲートが俺を連れて行った先にあったのは、随分と可愛い船首の大きな船だった。
 モビーディック号だ、と言ったニューゲートに、知ってる、と返事をするのを飲みこむ。
 今にも歌い出しそうな船首の上で何人かの海賊達が手を振って、オヤジ、とニューゲートを呼んだ。
 それが聞こえたのか、わらわらと他にも海賊達がその顔をあらわして、両手を振ったり縄を降ろしたりしながら、ニューゲートを出迎えている。

「……随分と子だくさんだな、ニューゲート」

 気圧されそうなくらいの人数に思わず呟くと、グララララ、とニューゲートが楽しそうに笑った。
 その手が降りて来た何本かの縄を船のあちこちに結んで、ニューゲートが合図をすると、ぐい、と船が上へと引っ張られる。

「うわ」

「こっちに来い、ナマエ」

 ぐらりと揺れた船に驚いて船体にしがみ付くと、ニューゲートがそんな風に言いながら俺に貸した自分の上着を掴まえた。
 ぐいとそれを引っ張られて、体に服を巻き付けていた俺も当然ながらニューゲートの方へと引き寄せられる。
 べち、とその鍛えた体に顔をぶつけて、痛い、と思わず顔を押さえた俺は、自分の濡れた体がニューゲートに密着していることに気が付いた。

「濡れるぞ、ニューゲート」

 いずれ『ワンピース』の『大海賊』になる男、『白ひげ』エドワード・ニューゲートは悪魔の実の能力者だ。
 まだその能力を見せて貰ったことは無いけど、本人の自己申告でもうニューゲートがその能力を得ていることを俺は知っている。
 強大な力を手に入れる代わりに海水や水が苦手になったニューゲートに、海水まみれの自分の体を押し付けたりなんかしたら、ニューゲートの方が体調を崩したりするんじゃないだろうか。
 そこまで思い至り、比較的乾いている掌をニューゲートの体に当てて、慌てて体を離そうと試みる。
 けれどもそれが叶わないのは、俺のものよりずいぶんと太いニューゲートの片腕が、俺の体の後ろ側に回り込んでしまったからだった。

「ちっと濡れたくれェでどうにかなるほど軟なつくりはしてねェよ。お前が海に落ちるのに比べりゃあなんてこともねェからなァ」

 そんな風に嘯いて、グラララ、とニューゲートの口から楽しげに笑い声が漏れる。
 さすがに落ちたりはしないって、とそれに抗議をしながら腕をつっぱろうとした俺は、しかしニューゲートの腕に軽く力が入っただけであっさりと抵抗の中止を余儀なくされた。
 がっしりと抱きこまれて、いつの間にやらそのたくましい体に顔まで押し付けるような格好にされている。
 呼吸を確保するために顔を横に向けたら耳をニューゲートの体に押し当てる姿になって、大きな体の割に俺とそんなに変わらない速さの心拍数が、俺の鼓膜を軽くくすぐった。
 これだけ体格が違うのだからもっとゆっくりだと思ったのに、別にそんなことも無いらしい。
 それともニューゲートの心拍数を上げるような何かがあるのかと考えてみたけど、しいて言うなら乗っている小舟が揺れているくらいだし、そのくらいでニューゲートが恐怖心を抱いたりするとも思えなかった。
 ぎい、ぎいと船が少し軋みながら大船へと引き上げられていく最中、随分と近くに聞こえる鼓動を聞きながら、仕方なく体から力を抜く。

「……それじゃあ、船に上がったらすぐ体拭いて新しい服着ろよな。風邪引いちゃうだろ」

「ああ、お前もなァ」

 とりあえず呟いた俺にニューゲートが返事をして、俺の体を抱え込んでいるその腕の力を少しだけ抜いたようだった。







 ニューゲートの『家族』が俺に提供してくれた服は、真新しく、俺の体にぴったりだった。
 『お前の意見を尊重する』だなんてニューゲートは言っていたけど、案外自信家で海賊らしい海賊である彼は、多分、断られるなんてことは考えてもいなかったに違いない。
 まあ結局のところその思惑の通り『家族』になったのだから、ニューゲートの読みは外れていなかったということだろう。
 『俺』という新参者を歓迎してくれて、『モビーディック号』に乗るクルー達は酒盛りを始めた。
 かわるがわる自己紹介をして、よろしくな、なんて話をして、向けられるジョッキに手元のそれを軽くぶつける。
 注がれる酒は随分と度数の強い物のようだったけど、一口飲むか飲まないかのうちに次がやってくるから、あまり大量には飲まないまま、程よく酔いが回ってきていた。
 いつの間にかニューゲートとも離れた場所に座っていて、さっきまで座っていたあたりに顔を向ければ、『家族』に囲まれたニューゲートが機嫌よく酒を呷っているのが見える。

「ほら、どんどん飲めよい」

 そんな風に落ちた言葉と共に、まだ酒の入っていた手元のジョッキがだぱりと水音を立てながら重たくなった。
 慌てて視線を戻せば、さっきまでナミュールとか言うニューゲートの『息子』がいた位置に、特徴的な髪形の男が座っている。
 見たことのある顔だなと見つめると、『マルコだ』、とそいつが名乗った。
 そうだった。不死鳥マルコだ。俺がいた『元の世界』でも人気があって、あれこれと景品が出ていた。
 見たことのある筈だと頷きながら『ナマエだ』と名乗ると、知ってるよい、とマルコが笑った。
 それからその手が自分の手元の酒を口に当てて、まるで水でも飲むように中身を飲みこむ。
 ひょっとしてこの世界の人間の肝臓は何か特別なもので出来ているんじゃないだろうかと思いながら、俺も同じように少しだけジョッキに口を付けた。

「っぷは……で」

 見る見るうちに手元の瓶の中身を飲み干して、最後に勢いよく手を降ろしたマルコが、こちらを見やって口を動かす。
 何だろうかと視線を向けると、俺の目を見返したマルコは言葉を続けた。

「それで、おれ達はアンタを何て呼びゃァいいんだよい」

「ん?」

 唐突すぎる問いかけに、ぱちぱちと瞬きをした。
 『何て』も何も、俺は名乗ったんだからきちんと名前で呼んでくれたらいいんじゃないのか。
 それとも、俺が知らないだけで、『白ひげ海賊団』というのはあだ名か何かが必須の海賊団だったんだろうか。
 戸惑いを顔に出しているだろう俺を見やったままで、マルコが軽く首を傾げる。

「『オフクロ』でいいのかい?」

「……いやいやいやいや」

 男の俺に対してなんていうあだ名をつけようとしてるんだ。
 慌てて首を横に振ると、何だ嫌なのかよい、と呟くマルコが子供のように少しだけ口を尖らせた。
 どうやら、見た目ではよく分からないだけで、マルコはもう随分と酔っているらしい。
 まあこんなきつい酒を水のように飲んでいたら当たり前かと、変なことを言い出した酔っ払いを前にして少しだけ笑う。
 それから近くにあったつまみの皿を引き寄せて、そのうちのいくつかを適当な取り皿に乗せてマルコの方へと差し出した。

「少し何か胃に入れたらどうだ? 酒ばっかり飲んでると悪酔いするぞ」

 もう遅いかもしれないが、とりあえずそう言ってつまみを勧める。
 俺の言葉に俺の手にある皿を見下ろして、マルコの手がひょいとそこからチーズをつまんだ。
 ぱくりとそれを口に運ぶ様子を見てから、改めてきょろりと周囲を見回す。
 広い甲板の上には、所狭しと酔っ払いたちが溢れていた。
 すでに酔いつぶれた何人かは倒れ込んでいて、ぐうぐうといびきをかいている奴もいる。このあたりの気候は穏やかな方だが、後でどこかから毛布でも探して来てやろう。

「酒盛りは、いつもこんな感じなのか?」

 明日には二日酔いの連中がどれくらいいるんだろうかと騒がしい周囲を眺めて言葉を零すと、今日は特別だ、と向かいでマルコが返事をした。

「オヤジの念願が叶ったからねい。近いうちにどっかの島で補給しねェと」

 そんな風に言うマルコへ視線を戻すと、俺の皿から新たにつまみを口に運びながら、さっきまでの俺と同じく周囲に視線を向けたマルコがにまりと笑っている。
 楽しげなその顔を見やってから、念願? と軽く首を傾げた。
 何かニューゲートにいいことがあったってことかと視線を向ければ、マルコの目がこちらをちらりと見やった。

「アンタが『家族』になっただろい、ナマエ」

 そんな風に言われて、え、と思わず声を零す。
 それからもう一度周囲を見回して、楽しそうにどんちゃん騒ぎを起こしている連中を見て、ひときわ楽しそうに酒を飲んでいるニューゲートを見やって、それからすぐにマルコへと視線を戻した。
 普段の『白ひげ海賊団』の酒盛りがどういうものなのかは分からないが、これが特別だと言うのなら、俺は随分と歓迎されているんじゃないだろうか。
 全く会ったことも無いニューゲートの『家族』達にそういうふうに扱われている、と考えてみると、何となくどこかがくすぐったいような気がした。

「え、えっと……なんていうか、その、ありがとうな」

「それはまずオヤジに言えよい」

 呟いた俺に笑って、マルコの手が手近なところにあった酒瓶を掴まえる。
 まだ封の切られていなかったそれを開けて、とりあえず飲めよい、とまだほとんど中身の減っていない俺のジョッキに酒を注いだマルコに、俺は慌ててこぼれそうになった酒を飲んだ。







 ぱち、と目を開いた時、目の前にあったのは見知らぬ天井だった。
 あれ、と声を漏らしながら少しだけ考えてみるが、酔っ払いの何人かを介抱したり毛布を借りてかけた覚えはあるものの、いつ眠ったのかも思い出せない。
 どうやら、ちびちびと飲んではいたものの、結局酔いつぶれてしまったらしい。
 まだ酒の残った頭で、次に起きた時の二日酔いが怖いななんて考えながら、ゆっくりと起き上がる。

「何だナマエ、起きたのか」

 そこでそんな風に声を掛けられて、緩慢な動作で声がした方を見やった。
 そこには、この大きな部屋に似合いの体つきのニューゲートが座っていて、片手には俺が両手で抱えそうなジョッキがある。
 くつろいでいるその姿をみて、ああなるほど、と俺は納得した。

「ここはニューゲートの部屋か」

 呟いた俺に、ああ、とニューゲートが返事を寄越す。
 その手がまだ酒を飲んでいるのを見やって、とりあえず両手と両足を使ってニューゲートの方へと距離を詰めた。

「俺にも少し分けてくれ」

「迎え酒か」

 好きにしろ、なんて言いながら、ニューゲートが近くにあった内で一番小さな瓶を俺の方へと押しやる。
 ニューゲートの向かいに座り直しながら少し周囲を見回したが、俺にちょうどいいサイズのグラスなんてものは見当たらず、とりあえず俺は渡された瓶の封を切った。
 それから少しだけ中身を口にして、食道から胃にかけてじわりと熱を宿させるその度数に、うお、と声を漏らす。

「また、きっついの飲んでるなァ」

「グララララ! お前が弱ェんだろう」

 俺の呟きに笑って、ニューゲートがもう一口酒を飲んだ。

「おれの『家族』はどうだった、ナマエ」

「ん、にぎやかでいい船だな」

 それから問われて返事をすると、そうだろうと目の前の海賊が満足げに頷く。
 それを見上げて、そういえば、とふと思い出したことを口にした。

「マルコに、なんて呼べばいいんだって聞かれたんだが」

 何かあだ名が必要なのかと問いかけを重ねると、ん? とニューゲートが首を傾げる。
 別にそんなこたァねェぞと言葉が続けられ、そうか、とよく分からないまま頷いた。

「それじゃ、あれは冗談だったんだな」

 随分と普通の顔で言っていたから、笑ってやることも出来なかった。
 悪いことをしたなァと呟きながら酒を舐めると、何を言われたんだとニューゲートがこちらへ問いを落としてくる。

「いや、男の俺に、『オフクロって呼べばいいのか』なんて聞いてきたから」

 酒の席だったのだし、ノリよく母親じみたことでも言ったりしてみても良かったかもしれない。
 もしもまた酒盛りがあったらその時は試してみようかな、なんてことまで考えながら酒をもう一口飲んで、やはりからいそれに瓶のラベルを確認しようと手元へ視線を落とすと、ナマエ、と上から俺を呼ぶ声が掛かった。

「冗談じゃねェと言ったらどうする?」

「え?」

 落ちた言葉の意味が理解できずに、ラベルからニューゲートの方へと視線を戻す。
 片手にジョッキを持ったままで、こちらを見下ろすニューゲートの顔は軽く笑みは浮かんでいるものの、その目はどこか真剣だった。
 何でそんな顔をしているんだろうかとそれを見上げながら、今のニューゲートの言葉を反芻する。
 『冗談じゃない』というその言葉は、今の会話の流れからすると、マルコのあの発言に対するものだろうか。
 つまり、俺は本気で『オフクロ』と呼ばれるところだったと言うことなのか。
 『オヤジ』と言ったら、普通は父親を表す言葉だ。ニューゲートはクルー達を『息子』と呼んでいるのだから、この認識は間違いない。
 そして『オフクロ』というのは、その相方、つまり普通は母親を示す言葉だ。
 父親と母親というのは、日本の感性で言うなら、結婚している男女をあらわすものになる。
 やっぱりどう考えても、男である俺につけるには不釣り合いな名前だ。
 大体、俺が『オフクロ』でニューゲートが『オヤジ』だったら、俺とニューゲートが夫婦ってことになる。
 夫婦。
 ぐるん、とその単語が頭の中を二回ほど回って、え、と思わずもう一度声が漏れた。
 思わずニューゲートから顔を逸らして、自分の顔が相手に見えないよう必死になって体を逸らす。

「おい、ナマエ」

「……ちょっと待ってくれ。酒が抜けてからまた考える」

 掛けられた声にそう返事をしながら、自分を落ち着かせるために瓶に口を付けた。
 流れ込む酒に喉が熱さを帯びるが、気にせず一口二口と飲みこんで、妙な速さで跳ねる胸にそっと手を当てる。
 冗談だ。そうに決まってる。なんてタチの悪い。
 必死になってそう考えようとするのに、今まで一緒に過ごした時間が、ニューゲートがそういう冗談を言わない男だと言うことを俺に知らしめる。
 胸の内に嬉しさがわいているような気がするのがまた問題だ。
 確かに俺は『元の世界』よりニューゲートを選んだけど、一緒にいたいと思ったけど、出来ればこの先もずっと一緒にいたいと思っているけど、でも、いや、しかし。

「保留か。まあ、許してやらァ。待たされんのは慣れてるからなァ」

 ぐるぐる思考を回す俺のすぐ傍で、ニューゲートがグララララと笑う。
 その声音が随分と楽しげなのは、ひょっとすると俺の顔が耳まで熱を持っているせいかもしれない。
 これは酒のせいだぞと酒瓶片手に顔を逸らしたままで唸ると、そう言うことにしておいてやる、とニューゲートが嘯いた。
 その台詞が余裕たっぷりに聞こえて少し悔しい気がしたが、そちらに顔を向けることの出来ない俺の敗北は決まっていたのだった。




end


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