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愛の混淆
※主人公はドンキホーテファミリー
※NOT異世界トリップ主で無知気味



 ナマエの『好き』という言葉ほど、価値のないものはない。
 ドフラミンゴはそう思っている。

「お! コーヒーかァ、ありがとうなベビー5、そういうかいがいしいところ、可愛くて好きだな」

 たかだかわずかな給仕をしたくらいでそんな風に言って笑いかけるナマエに、ベビー5と呼ばれた少女がくすぐったそうに笑った。
 受け取ったカップを片手に頭を撫でてから、彼女から視線を外したナマエの双眸がドフラミンゴを見やる。

「おはよう、ドフィ。今日も輝いてるなァ」

 ドフラミンゴの髪色が明るいからか、そんな賛辞を口にしてから近寄ってきた相手が『すき』だと紡ごうとするのを、ドフラミンゴの指が繰る糸が遮った。

「んぐ」

 物理的に縛り付けられた唇に目を瞬かせて、ナマエの片手が自分の口元へ触れる。
 それを見やってにやりとドフラミンゴが笑うと、少し置いて眉を寄せたナマエもまた、閉ざされたままの唇に笑みを浮かべた。
 まだ口をつけていないコーヒーを差し出されて、受け取ったそれをそのままテーブルへと置いてやる。
 朝の八時過ぎ、そろそろファミリーで集まる朝食の時間だ。
 いつもの通りの席に陣取ったドフラミンゴの傍で足を止めて、ナマエが身を屈めてくる。
 口元に当てた指で自分の唇を小突き、自由を求める相手に仕方なく糸を解いてやった寛大なドフラミンゴは、目の前の相手が微笑んだままで言葉を紡ぐのを聞いた。

「糸解いてくれてありがとうな、ドフィ。大好きだ」

 あとおはよう、とあいさつの方をおざなりに寄越され、軽く抱擁されて、離れる相手を見ながら肩を竦める。
 寄越された言葉が誰に向けるものと同じ無価値な好意であるという事実は少しばかりドフラミンゴの機嫌を損ねたが、しかしその事実には知らないふりをして、ドフラミンゴはナマエの為に淹れられたコーヒーに口をつけた。

「30点だな」

「またか! いい加減合格点をくれよ」

「フッフッフ! うるせェぞ、席につけ」

 毎朝のごとく示す点数にナマエは不満そうな声を出しているが、ドフラミンゴはそれを無視して、犬を追い払うように片手で相手を払う。
 ほとんど毎朝のことなので、二人のやり取りを特別に見やるような仲間達もいない。
 本日の食卓も滞りなく始まるようだった。







 今日の『夕食』は豪華にとり行う、なんて発言がファミリーたちの方から出たのは昼前時だった。
 何故なんてことはドフラミンゴにも分かり切ったことだ。今日はドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生日なのである。
 海軍へと潜り込むために離れた大事な『家族』の一人からは大きな贈り物が昨晩のうちに届いていて、今さら隠すことは不可能だということはよく分かっているらしく、仲間達もサプライズよりどうやって『家族』を祝うかに重点を置いているようだった。
 やれ一つ街を襲って資金を調達するかだの、どこそこの島のケーキ屋を襲った方が早いだの、ドフラミンゴとしては日常ながらも不穏すぎる会議を行っている家族達に『ほどほどにしろよ』と言い置いて、ドフラミンゴは会議室に使われることになった部屋を出た。
 ドンキホーテファミリーのトップであるドフラミンゴにも多数の仕事が割り振られているが、今日はそれもすべて攫われてしまっている。
 部屋にはあちこちの『企業』からの贈り物がいくつか届いていたが、それらも全て開けてしまった。いくつか『脅かし』が入っていたので、お返しは丁寧に行うつもりだ。
 久し振りすぎる空白の時間に、さて何をして過ごすか、なんて考えたドフラミンゴの視界に、ふと鮮やかな何かが過った。

「……?」

 気付いて足を止め、視線を向ければ、大きな何かが通路を歩いてきている。
 もさりとうごめくそれは幾本もの花で、色とりどりの鮮やかさだった。
 花の種類も多種多様で、近付いてくるに従ってその匂いも押し寄せてきている。

「おっとっと」

 途中で躓きかけ、たたらを踏んだ運び主の漏らした声に、ドフラミンゴは首を傾げた。

「花屋でもやるのか、ナマエ」

 声を掛けながら糸を手繰って、ほころびかけていた『花束』を包んでやる。
 持ちやすくなったのに気付いたのか、あれ、と声を漏らしてから、花の塊がその場で立ち止まってくるりと回った。

「あ、ドフィだ」

 体を横向きにして、ドフラミンゴの方を見たナマエがそんな風に言って笑う。
 その両手に抱えている花の量は、横から見ても呆れてしまうほどだ。ドフラミンゴより大きく見えるのだから相当だろう。
 重量があるのは間違いなく、腕に力が入っているのが見てわかる。

「どこから持ってきたんだ、こんなに」

「花屋で買ったに決まってるだろ」

 尋ねたドフラミンゴへ答えたナマエに、飾りつけに使うんなら統一性を持たせろよ、とドフラミンゴの口から呆れた声が漏れた。
 まるで店先の花すべてを買い込んできたのかと思えるような多様な花々だ。時々ベビー5達が食卓や通路に花を飾っているが、それに使うにしても多すぎだろう。

「やっぱり多いか?」

「全員の部屋にでかい花瓶を置かなきゃ間に合わねェだろうな」

 喜ぶ人間と喜ばない人間とで半々だろうと笑いながら片手を花へと添えたドフラミンゴに、全部ドフィの部屋に置いてほしいんだけど、とナマエが声を漏らす。
 どことなく不満そうな声にドフラミンゴが視線を向ければ、どうしてかナマエはむっと眉を寄せていた。

「ナマエ?」

 どうした、と尋ねるドフラミンゴの手に、ぐい、と触れていた花が押し付けられる。
 それに気付いてドフラミンゴが身を引くと、さらにぐいと花束が押し付けられて、ドフラミンゴの服に花粉が付いた。

「おい」

「最近思ったんだけど、今いち伝わってないんじゃねェかって」

 みんなに相談したら花束でも渡してみろって言うから、と言葉を続けて、ナマエの目がドフラミンゴを見上げる。
 寄越された言葉に眉間へしわを刻んで、何の話だ、とドフラミンゴが声を漏らした。

「いつも言ってるだろ。大好きだよ、ドフィ」

 ドフラミンゴの問いに答えるように、ナマエがいつもと同じ言葉を口にする。
 他のファミリーに紡ぐときと全く同じ抑揚の、ほとんど同じその言葉は、確かに好意を述べるものだった。
 しかし、ナマエは好いたもの相手なら道端の猫にだって同じ言葉を口にする。
 他と同じなら、ドフラミンゴにとっては大した価値もない言葉だ。
 だからと言って、他の言葉を言えと言おうにも、なんと言わせれば満足するのかはドフラミンゴ自身にも分からない。
 何とも言えない顔になっただろうドフラミンゴに、やっぱり今いち伝わってねェ気がする、とナマエが何やらぶつぶつと文句を言っている。
 その手がもう一度ドフラミンゴへ自分の持っている巨大な花束を押し付けて、ドフラミンゴは仕方なくそれを受け取った。

「伝わってるに決まってるじゃねェか。なんだ、『おれもだ』って言いや満足か?」

「そうだけど、そうじゃなくて」

「訳の分からねえことを言うなよ、ナマエ」

 少し年下の『家族』へ宥めるように言葉を紡いで、ドフラミンゴは受け取った花束を天井へ伸ばした糸で釣り上げた。
 重たいそれを真上に引き上げて支えるドフラミンゴの糸は、ドフラミンゴの意識で緩めも強めもできるドフラミンゴの武器だ。
 空いた両手を軽く広げてみせると、うーん、と声を漏らしたナマエがドフラミンゴの方へと近付く。
 抱擁の為に近付いてきただろう両手が、けれどもドフラミンゴを抱きしめる前にぴたりと動きを止めて、その目が真正面からドフラミンゴを見上げた。

「こういうのって、何て言うんだ?」

「こういうの?」

 問われた言葉に、ドフラミンゴがもう一度首を傾げる。
 その目の前で片手を持ち上げて、ナマエは数えるように指を折り曲げた。

「『好き』だろ。『大好き』だろ。その上は?」

 親指、人差し指を折り曲げて中指を軽く揺らした相手が、もう一度ドフラミンゴを見上げる。
 不思議そうなその眼差しは、知らないことを教えてもらおうとする子供のような色をしていた。
 ナマエはドフラミンゴが路地裏で知り合った孤児だ。
 ナマエにとっての『良いもの』も『悪いもの』もそれ以外もドフラミンゴが教え込み、ナマエはドフラミンゴの教えたことをしっかりと吸収してきた。
 小さな頃のように『答え』を求められていると気付いて、戸惑いながら、ドフラミンゴは寄越された質問の答えを考える。
 数秒を置き、聡明なドフラミンゴの脳裏に浮かんだのは、病床の母が寄越した尊い言葉と、無責任な父親が寄越していた台詞だった。

「……『あいしてる』、か?」

 二人を真似た言葉を口にしたドフラミンゴに、なんで教えるほうが疑問形なんだよ、とナマエの方から不満げな声が漏れる。
 そうしてそのあとで、分かった、と応えてから、その両手が改めてドフラミンゴに絡みついた。
 よく朝に寄越してくる抱擁のようにぎゅっとドフラミンゴを捕まえて、ナマエがドフラミンゴに向けて言葉を紡ぐ。

「誕生日おめでとう。アイシテルよ、ドフラミンゴ」

 囁くように寄越された言葉にドフラミンゴの内側で何かがはじけた様な気がしたのと、真上から大量の花が降ってくるのはほとんど同時だった。
 重量を受け、さらには前から後ろへ押されて、ドフラミンゴの体が通路へと倒れ込む。

「ぶはっ! いって! 大丈夫か、ドフィ!」

 できるだけドフラミンゴを庇おうとしたらしいナマエに押し倒されるなんて言う姿のまま、花まみれのドフラミンゴが漏らした『ああ』という返事は、ドフラミンゴ自身には何とも遠くぼやけて聞こえる。
 あいしてる、なんていう安っぽい言葉が毒のように耳から頭に回って、ふつりとこそばゆさが沸き上がった。

「……フ、フッフッフッフ!」

「え? なんかおかしいか?」

 自分よりも花まみれなナマエを見上げ、目の前の男に言わせたかった言葉を知ったドフラミンゴの口から笑い声が漏れる。
 それを聞きながら、何も知らないナマエはドフラミンゴを押し倒したまま、不思議そうにぱちくりとその目を瞬かせていた。



end


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