計画変更の必要あり
※(有知識)トリップ主は海兵さんで準社畜
※微妙にサカたん(しかしスモーカー夢)
「ヘイそこの素敵なお兄さん、お茶していかない?」
声を掛けたと同時に体に覇気をみなぎらせたのは、飛んできた拳がめしりと俺の頬にめり込んだからである。
武装色のおかげで痛くはないが、何も対応してなかったら首を痛めていそうな勢いだった。
捕まえようとしたら逃げて行った拳の主が、もくもくと煙を零しながら俺を見やって舌打ちを零す。
「相変わらず武装色だけは扱いのうまい野郎だ」
「出会い頭に殴ることないと思うんだよなァ」
しかも本部の廊下で、とぼやく俺を前に、葉巻を咥えた相手が『てめェが悪い』と唸る。
「どこのナンパ野郎かと思ったぜ」
「いや俺はナンパしてんだよ。お茶しようよスモーカー」
「生憎と、野郎と茶を飲む趣味はねェ」
「それスモーカーくんの方がナンパ男じゃない?」
「あァ?」
どこかのプリンスのようなことを言い出した相手に首を傾げると、ぎろりと酷い顔で睨まれる。
怒ったようなその顔に、けれども彼が怒ってはいないことを知っているので、俺はへらりと笑った。
目の前の相手がちょうど任務が終わったところだということを、俺はちゃんと把握している。
俺もちょうど定時で仕事が終わったところなので、良い時間帯だ。
少し前に隊をわかれたせいでなかなか会えなくなった相手だが、久しぶりに定時で帰れる今日と言う日に出会えたのはきっと間違いなく運命だろう。
「お茶が嫌ならご飯でもいいぜ」
だからそう言って近寄ると、俺のことをじろじろと見やったスモーカーが、それから少しばかり首を傾げた。
「どこも怪我はしてねェようだが、仕事はどうした」
「怪我してなかったら残業してると思うのどうかと思うんだよな」
「いつもはそうだろうが」
「そうだけど」
あっさりと寄こされた言葉に、むむ、と眉を寄せる。
何故だかうっかりと『漫画』の世界に生まれ直した俺が、正義の味方を目指して海軍にはいったのはもう随分と前になる。
スモーカーとは時々顔を合わせたりするくらいで、しかしその毎回に近寄って声を掛けていたら相手の方も俺を認識してくれるようになった。
友達と言えるくらいには親しくなった相手が偉大なる航路へ戻ってきて、俺が一緒の隊にいることが出来たのはほんのわずかな間だ。
俺の働きが認められて、俺はかの苛烈な正義を掲げる海軍大将の直属になってしまったのである。
ストイックと言えば聞こえはいいが、むしろ社畜と言うやつなのではないかと思うくらい働く上官殿は、残業も上等のお仕事を部下にも振ってくる。
つらいよう苦しいようと訴える俺の背中を『馬鹿いってねェで働け』と蹴飛ばし、しかしたまに飲みに行きたいと言えばついてきてくれるのがスモーカーだ。
日頃の俺を知ってるからこそ怪訝そうな顔をするスモーカーに、俺はひょいと手帳を取り出した。
見開きでカレンダーの記載があるページを開いて、今日と言う日付を指で示す。
「今日は八月十六日なんだよなァ」
「それがどうした?」
「今日は、赤犬殿のお誕生日なんだよ」
誕生日ですから定時で帰りましょう、と声を最初にあげたのは上官の副官だった。
そうですよと全員で声を揃えて、誕生日おめでとうございますの祝福やプレゼントもつけて、俺達は今日ついに上司を定時で帰らせたのだ。
明日の仕事は恐ろしいが、困惑しながらも両手に贈り物を抱えて帰ってくれた大将も、今日は羽を伸ばしているに違いない。俺より年上なんだから、もっと自分の体を大事にするべきだ。
「よくそれで納得したな」
「全員でお祝いしてどうにかこうにか」
「へえ」
声を零しつつ、スモーカーが俺の手帳を受け取る。
そのままこちらに許可も取らずにぱらりとページをめくり始めた相手に、あ、こら、と声を掛けた。
「勝手に見るのは良くないと思いますよ、スモーカーくん」
「減るもんじゃねェだろう。それとも、やましいことでも書いてんのか?」
「まァ、そんなプライベートなことは書いてないけど」
葉巻を揺らして問われた言葉に返事をすると、じゃあいいじゃねェか、とスモーカーの指がぺらぺらとページをめくる。
確かに基本的に仕事のスケジュールしか書いてないけど、とその様子を見やった俺は、相手が手帳の終わりの方へ差し掛かったのに気付いてふと自分が何を書いたのか思い出した。
慌てて伸ばした手で、スモーカーの手から自分の手帳を奪い返す。
「やっぱり恥ずかしいから無し!」
部隊の演習の内容も書かれているから、外で落としたりしたら大変なものだ。
もちろん目の前の相手は正義の味方であるスモーカーなんだから問題はないのだが、それはそれとして、見られたら困るものだってある。
「それより、せっかく時間あるし今日は何処かでご飯していこう。スモーカーは何か用事とか……」
ささっと閉じた手帳を懐へ仕舞い直した俺は、そんな風に言いながらスモーカーの方を見やった。
そこで言葉が途中で途切れてしまったのは、スモーカーが何故だか目を少しばかり丸くしてこちらを見ていたからだ。
驚きと困惑の混じったその視線に、はっと息を飲んで胸元を抑える。
そこにいる手帳の厚みが、しっかりと掌に伝わった。
「まさか……見た?」
見られる前に奪い返したと思ったのに、と尋ねた俺に、数秒を置いてスモーカーの目が瞬きをする。
「…………いや、見てねェ」
そうしてようやく絞り出された答えは、誰がどう見ても『嘘』だ。
「嘘だ! 絶対見た!」
「見てねェ」
しかし自分の嘘を認めないスモーカーは、さっさと行くぞと言葉を放って俺をよそに歩き出した。
慌ててそれを追いかけながら、ちょっと、と声を上げる。
「見たんなら見たって言えよ! サプライズなんだから見たんならサプライズじゃなくなるだろ!」
「なんの話だか分からねェな。やりたいんならやりゃあいいだろう、サプライズ」
「スモーカー!」
「うるせェぞ、ナマエ」
その日一日付きまとって声を上げても、あしらうように言葉を寄こすスモーカーは、絶対に認めてはくれなかった。
だけどあの反応は絶対に見たはずだ。
三月十四日のサプライズパーティは、たしぎちゃんと相談して内容を考え直した方がいいに違いない。
end
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