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無自覚プロジェクト
※トリップ主人公は白ひげクルー
※微妙に『ははのひ』の続き
※青年マルコからの微妙な暴力表現ありにつき注意



 マルコは、うちの可愛い弟分だ。
 俺達の船長であるニューゲートが拾ってきた子供たちのうちの一人で、今はもうずいぶんと大きくなった。
 まるでひよこのようにうろちょろしていたのがつい昨日のことのようなのに、今では誰かさんも立派な海賊である。
 同じころに拾われたサッチたちも同様で、今はあいつらの『弟分』もたくさんいる。
 それはその分俺も体が老いるということで、今もしニューゲートがあの頃のマルコくらいの年頃の子供を拾ってきたりなんかしたら、さすがにあの頃のマルコたちのように面倒を見ることは出来ないかもしれない。
 繰り返すが、マルコは俺の大事で可愛い『弟』だ。

「好きだよい、ナマエ」

「ああ、ありがとう」

 だからこそ俺の返事に間違いはなかったはずなのだが、その次の瞬間に頬をはられたのは何でだろうか。
 じんじん痛む頬を押さえた俺を置いて、マルコはどかどかと足を踏み鳴らして去って行ってしまった。
 ひゅるり、と甲板を吹き抜けた風を受けて、じわりと頬の痛みが増す。歯を食いしばらなかったから口の中を切ったらしく、血の味が舌に染みた。

「…………これが……家庭内暴力か」

 なんということだろうか。マルコがグレてしまった。
 このまま酒を食らって煙草を始めて盗んだバイクで走り出すのか、となんとなく考えてみたが、そんなのは『この世界』にはふさわしくないと思い出して首を横に振る。
 大体マルコはもうすでに酒を飲んでるし、煙草はこの間試して顔をしかめていた。それにバイクよりマルコ自身が飛んだ方が速いんだから、わざわざそこいらから盗む必要もない。
 それにしても、頬が痛い。
 この場合、俺はどうしてやればいいんだ。
 ニューゲートなら『教育』として拳の一発でも打ち込むかもしれないが、暴力に暴力で対抗することなんて俺にはできない。
 それに、なんで殴られたのかも分からないままだ。
 先ほどの受け答えで何が間違っていたのか。

「どう思う、サッチ」

「あ、気付いてたのかよ」

 ぽつりと呟いて視線を向けると、物陰に隠れているつもりだったらしいサッチがひょこりと木箱の横から顔を出した。
 急成長を遂げた自分の体が木箱一つじゃ隠せないと、どうやらまだ気付いていないらしい。
 ついでに言えばその自己主張の強い髪型もまたはみ出ていたので、結局頭も体も隠れていないわけである。
 教えてやるべきか気付くのを待つべきか、悩む俺に気付いた様子もなく、のそりとサッチが木箱の後ろから立ち上がる。

「痛そうだなァ、ナマエ」

 近寄ってきたサッチに見下ろされて、痛いぞ、と言いつつ頬を擦った。
 とてもいい音が鳴ったから、きっとマルコの手の形に跡ができていることだろう。鼻を打たれていたら鼻血だって出ていたに違いない。

「最近、マルコの沸点が低い気がするんだが」

 お年頃と言うやつなのだろうか。
 手をあげられたのは今日が初めてだが、最近は特に、マルコはよく怒っていた。
 何か苛立つことがあるのかと気に掛けると逆効果で、かといって放っておいてもどんどん悪くなる。
 時々機嫌がよくなってはすぐにまた些細なことで苛立つ様子に首を傾げて、ニューゲートにも相談はしてみたのだが、懐が深くどちらかと言えば放任主義の俺達の『船長』は軽く笑っただけだった。
 体の不調かと船医にも聞いてみたが、船医の方も何やら温かく微笑むだけだった。
 思い出して眉を寄せた俺の前で、ナマエの前でだけだろ、とサッチが笑う。
 寄越された言葉に目を瞬かせてから、俺は首を傾げた。

「……俺が怒らせてるのか?」

「や? マルコが勝手に怒ってるだけだとは思うけどよ」

 俺の言葉にそう言って、サッチがにまりと笑う。
 その手がひょいと掌を広げて、指を一本折り曲げた。

「だけどナマエも悪いんだぜ。この間はあれだろ、ちゃんと飯食えって野菜ばっかりマルコの皿に入れてたしよ」

 この間と言うのは、数日前にマルコが夕食の席で怒ったことだろうか。
 確かにマルコが肉ばかり食べようとするから、注意しながら大皿の料理を取り分けた。
 しかしそれは、マルコだけに限った話じゃない。

「……ハルタとビスタの皿にも乗せただろ?」

 一人にだけ意地悪したと思われたのだろうか。
 困った顔になった俺へ、わかってるよとサッチが頷く。
 その手がまた指を折り曲げる。

「それに、その前はあれか、自分だってびしょびしょだったくせに雨に濡れてたマルコの髪拭いてただろ」

「あれは、マルコが風邪をひくといけないから……お前のことも拭いたよな?」

「おれはいいんだよ。それと、もう部屋別れて結構なるけど、ちょくちょく夜中に見回ってるよな。タオルケットかけ直したりよ」

「それは寝相の悪いお前らが悪い。腹壊すだろ」

「そん時マルコにとっ捕まったって聞いたけど?」

「ああ、何か変な夢見たんだったかな。そのまま添い寝したような……そういやその朝も不機嫌だったな」

 指を折り曲げながらいくつか言葉を重ねられて、それへ答えつつ首を傾げる。
 一体何が言いたいのかと視線を向けると、俺を見やったサッチが、折り曲げ損ねた小指をゆっくりとたたんでその手を降ろした。

「よくも悪くも、ナマエはおれらの『かあちゃん』のまんまだよなァ」

「…………男にそれはふさわしくないって言っただろ」

 小さい頃、時たま寄越された呼び名に眉を寄せて、ひとまずそう注意する。
 年下のくせに俺より大きくなってしまった相手からその呼び名を寄越されるのは、小さなマルコたちに言われたのよりもさらに複雑な気分だ。
 大体俺だってもうずいぶんな年齢だ。『母親』呼ばわりされる『おっさん』というのは、字面からして心に優しくない。
 しかし、サッチの発言にふとひらめくものを感じた俺は、そうか、と軽く呟いて手を叩いた。

「つまり、反抗期か」

 世話焼きの『家族』をうざったく感じる、よくあるアレだ。
 自分自身にもなんとなく覚えがある。
 暴力をふるうのはいただけないが、そうだとすると納得だった。
 そういうことなら、時間と共にマルコが成長してくれるのを待つしかないだろう。
 ほっと胸をなで下ろした俺の前で、あー、とサッチが声を漏らす。

「……なんか違くね?」

「ん?」

 頭を掻いてのつぶやきに、どうしたんだと視線を向ける。
 俺の様子を見下ろし、それから何かを考えるように目を逸らしたサッチが、やがて軽くため息を零した。

「…………まあ、いいわ。マルコにはおれからも言っとくからよ」

「サッチ……」

「ナマエがにぶいのはいつものことなんだから、そう簡単にキレんなって」

「うん?」

 何かおかしい発言をされた気がして声を漏らした俺をよそに、それじゃあな、と笑ったサッチが先に歩いて行ってしまう。
 向かった方向はマルコが去って行った方向なので、自分の発言を遂行するつもりらしい『弟分』を見送って、俺はもう一度首を傾げた。

「……にぶい?」

 一体、俺のどこをそう言っているんだろうか。
 確かに人の気持ちを常に察することは出来ないが、どちらかと言うと大雑把すぎる『家族』の中では細やかに気配りができるほうだと思っていただけに、何とも納得のいかない評価である。
 サッチめ、と眉を寄せたままそっと頬から手を離すと、ひりひり痛む顔を潮風が緩く撫でた。
 ひとまず船医にでも見てもらうか、なんて考えてその場から踵を返した俺が、サッチの言葉の意味を理解したのは、その日の夜のこと。

「……だから、好きだって言ってんだろい……っ」

 寝ていたところを起こされたとはいえ、やけくそになったらしい『弟』から言葉と共に拙い口づけまで贈られては、さすがに『好き』の意味を理解しないわけにもいかない。
 どうやら俺の可愛い『弟分』のこれは、反抗期なんて言う可愛いものではなかったらしい。
 寝ぼけた脳裏に『おれとケッコンしろよい!』と言い放っていた小さな頃のマルコが浮かび、俺は慌てて首を横に振った。

「ま、まてマルコ、昔も教えただろ、男同士は結婚できなくてだな」

「知ってるよい。だから、結婚はいらねェ」

「うん? そうか、知ってるか、マルコは賢いもんな」

「照れるよい。それで、ナマエ」

「え?」

「ナマエは、おれが嫌いかい?」

 そんな風に尋ねながら、マルコの手が俺の服を捕まえる。
 じっとこちらを見据えるその目はまるですがるようで、小さな頃のマルコが目の前の相手に重なった。
 可愛い『弟分』にのしかかられるという格好のまま、寝ぼけた頭を覚醒させようとしながら、ひとまず口を動かす。

「……嫌いじゃないけど、それは」

「じゃあ、好きだってことだねい?」

「え?」

 しかし俺の言葉をマルコに遮られて、俺の口からは間抜けな声が漏れた。
 嬉しいよい、と俺の上に乗ったままのマルコが笑って、ぐい、とその両手が俺の体を引き起こす。
 着ていた服を掴みながらのそれに慌てて体に力を入れると、ベッドへ座る格好になった俺の足の上に腰を下ろして、マルコの両手が俺を抱きかかえた。
 ついでに言えば両足も俺の体を捉えていて、もはや眠らせる気もなさそうである。

「ナマエ、好きだ、ずっと、昔っから、ガキの頃から」

 言葉を重ねてぎゅうと抱き着いてくる相手に、待て、と制止しかけた俺の口が、マルコによって塞がれる。
 先ほどのように可愛らしいものではなかったそれを受け、混乱した俺にその日『恋人』ができてしまったのは間違いなく、そのまま流されてしまったからだった。
 『強引に行った方が早いって言ったけど問題あったか?』とは、翌朝食堂で遭遇したサッチの弁だ。
 食事中俺の横に座っているマルコが可愛いだとか格好いいだとか色っぽいだとか、そういうことはさておいて。
 そうなると俺はまさかどこぞの物語の平安貴族のような真似をしてしまったのかと言う犯罪的な論点から言えば、問題は大ありだ。
 何よりの問題は、『まあいいか』で流してしまいそうな自分である。

「どうしたんだよい、ナマエ。難しい顔して」

「いや……うん」

 この世界に来て数十年。
 どうやら俺は、立派に海賊らしさを得てしまっていたらしい。



end


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