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ルッチ先生といっしょ
※転生男児とルッチ



 ロブ・ルッチと言う男は、とても容赦がない。

『お前と? 馬鹿を言え』

 だからこそ真っ向から寄越された言葉は、ざっくりと俺の胸を突き刺した。
 確かに俺は弱いし、弱いし、弱い。
 CPとなるべく受けていた訓練からすら逃げ出した根性無しである。
 処分されるかもしれなかった俺を助けてくれたのは間違いなくルッチで、それからずっとCP9最強の男の手元にいるからこそ安全なんだということだって、ちゃんと理解している。
 ルッチにとっての俺は多分、守るべき対象で枕でクッションでついでに言えば重石であって、仲間じゃない。

「落ち込んどるのう、ナマエ」

 だからこそ頑張りたいと思って言ったのに、ひどい。
 そんなことを考えつつ両手でダンベルを持ち上げていると、ひょいとそれが真上に奪われた。
 うわあ、と声を漏らしつつ傾いだ体が、後ろから支えられる。
 驚いてそちらを見上げると、俺からダンベルを奪い取ったカクが、いつも通り笑ってこちらを見下ろしていた。

「カクだ」

「気配にはもうちっと気を配らんと、後ろから刺されたらどうするんじゃ」

 CPの本拠地でとんでもなく恐ろしいことを言い放つ相手に、何それ、と軽く笑う。
 ルッチの部屋に勝手に入ってくる奴なんて限られているのだから、気にしたって仕方ないことだ。
 そのまま上へ両手を差し出して求めると、カクの手が俺の方へとダンベルを降ろしてきた。
 最後にぽとりと落とされたそれの重量に、ぐっと歯を食いしばって耐える。
 順調に加重しつつあるダンベルは、最近また新調したものだ。
 とんでもなく重たいそれを一回、二回と持ち上げて、決めた回数を繰り返してからごとりと足元へ置く。

「カク、今日しごとは?」

 その間ずっと後ろにいた相手を振り向いて尋ねると、今日は休みじゃ、とカクが答えた。
 つい昨日も聞いた台詞だ。どうやら誰かさんは連休だったらしい。
 俺は基本的にルッチのスケジュールしか知らないので、ふうん、と声を漏らしてから肩にかけていたタオルで汗をぬぐう。ちなみにルッチは、あと数日は島を離れている予定だ。

「最近、暗い顔で体を鍛えとるのう。ルッチになんぞ言われたのか?」

 横に屈んできたカクが、そんな風に言いつつ俺の顔を見上げる。
 長い鼻を向けられて、俺はむっと眉を寄せた。
 俺の顔を見てなんでか笑ったカクの手が、ひょいと伸ばされて俺の眉間をぐりぐりと刺激する。

「う、」

「ルッチみたいになったらどうするんじゃ」

 寄越された攻撃に頭を傾がせた俺を放っておいて、カクはそんな風に言う。
 それから、改めて俺の頭を軽く撫で、うかがうようにその目が俺を見つめた。
 答えを求められていると気付いて、仕方なくため息を零す。

「…………ルッチが、くみてしてくれない」

 ルッチの手元に置かれて、俺は訓練から解放された。
 毎日こまごまとやることはあるが、それは大体が給仕の仕事だ。
 元CPの訓練生である以上、島から離れて普通の人間になることは難しいだろう。
 しいて言うならルッチ達のような諜報員になる道だが、戦闘すら満足にこなせない。
 ルッチのように強くなりたい、とまでは言わなくても、せめて自分の身は自分で守るべきだよなと思い直した俺は、かつて逃げ出した訓練を思い出して少しずつ実行する傍らで、俺が知る限り誰より強い最強の男に付き合ってもらえないかと打診した。
 時々ジャブラ達と遊んでいるような本格的なものではなくても、片手間でもいいからと頼み込んだ。
 その結果、とんでもなく冷えた目と声を向けられてしまっている。
 俺の繊細な心はとてつもなく傷付いた。本当に子供だったら泣いたに違いない。ルッチはひどい奴だとしっかりノートに書いておいた。
 思い出してもう一度眉を寄せた俺に、ふむ、とカクが声を漏らす。
 その手が俺の頭から離れて、そりゃあ仕方ないのう、とその口が言葉を漏らした。
 何が仕方ないのか、と間違いなくむくれた顔で見つめた俺をよそに、屈んでいたカクの体が立ち上がる。

「それじゃあ、まずはわしとやるか」

「……カクと?」

「そうじゃ。それで強くなれば、今度はルッチも相手するじゃろ」

 何ならとんでもなく強くなって見返してやれ、と笑顔を寄越されて、ぱあっと目の前が開けた気がした。
 なるほど、それはいい考えだ。
 明日からと寄越された約束にすぐさま頷いた俺を、カクは笑って見下ろしていた。







 約束の時間は、早朝だった。
 だから時間に合わせてすぐに部屋を出た俺は、訓練の場所としてカクから指定のあった中庭で、ごしごしと目を擦った。
 おかしい話だ。
 まだ帰ってきてないはずの相手が、なんだか異様な雰囲気を漂わせて佇んでいる。

「………………ルッチ?」

 目を擦っても消えなかった幻に、そろりと声を掛けつつ近寄る。
 俺が近寄ってくることに気付いたのか、それともまさか待ち構えていたのか、ルッチがゆらりと身じろいで、その顔をこちらへ向けた。
 何やらとんでもなく不機嫌そうな顔が俺を見下ろして、俺は何かしただろうか、と慌てる。
 しかし、ちゃんと課題はこなしていたし、何か無茶をやった覚えもない。

「あの、おかえり。……カ、カクいなかった?」

 戸惑いのままに言葉を投げて問いを続けると、俺の方へとその体まで向けたルッチが、ゆっくりと歩きだしてこちらへと近付いた。
 すぐそばで足を止め、真上からルッチが俺を見下ろす。

「……気に入らん」

「え?」

 低い声に、驚いて自分を見下ろす。
 何か恰好がまずかったのかと思ったが、俺の着ている服は全て、ルッチが用意したものだ。
 組み合わせだって変えていないそれを確認してから、何の話だと顔をあげる。
 俺の視線が戻るのを待ってから、ルッチが口を動かした。

「おれに殺されたいのか、ナマエ」

「え……え? いや、それはちょっと」

 とんでもなく恐ろしい発言に、ぶんぶんと首を横に振る。
 俺の言葉に、そうだろうな、と言葉を落としてから、ルッチの口からはため息が漏れた。
 それから仕方なさそうに動いた足が、とん、と軽く俺の体に触れる。

「組手はしねェが、面倒は見てやる。まずは走り込みだ」

「はしりこみ」

 寄越された言葉を思わず復唱した俺に、さっさと始めろ、と言葉を放ったルッチが足を動かす。
 ぐい、と押しやられて慌てて駆けだすと、ルッチがすぐそばを並走してきた。
 いや、俺は走っているが、ルッチは少し早く歩いている程度にしか見えない。
 隣のルッチに誘導されて中庭から移動させられて、困惑しながら足を動かした。

「ルッチ、あの」

「余計なことができない程度にしごいてやるから、安心しろ」

 余裕のあるうちに『なぜ』と問いたかった俺へそう言いながら、ルッチがその顔をこちらへ向けた。
 そこにあったとんでもなくあくどい笑みに、俺はひやりと背中が冷えたのを感じる。
 そしてその日から、ルッチによる俺のしごきが始まった。
 ルッチはとんでもなく厳しい先生で、時々やりすぎる誰かさんにぶっ倒れるようになったが、まあ仕方ない。
 俺の目下の目標は、ルッチと組手ができるようになることだ。


end


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