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おはなみ
※ミホーク逆トリ→一緒にトリップな主人公
※『倍返しは基本』続編



 俺が住んでいたアパートの裏手には、少し広い公園がある。
 桜の木が植えられたそこは、近隣住民の格好の花見スポットだ。
 時期が来るとやかましいですよと笑った俺に、ミホークは少し不思議そうだった。
 いまいち想像ができないらしい相手に、あはははと笑う。

『あ、でも、うちのベランダからも立派な桜が見えますから。高い位置で花見ができるっていうのは利点ですね、混んでないし』

 酔っ払いが多く、公園を汚す連中が増える上に夜中まで騒ぐ奴らがあらわれるから春先は好きじゃなかったが、今年はもしかしたら、少しは楽しめるかもしれない。
 花が咲いたら一緒に見ましょうね、と言った俺に、ミホークはゆるりと頷いた。
 今となってはもはや、ただ懐かしいとしか言えない思い出だ。
 結局、花見の季節が来る前に俺はあのアパートを離れることになってしまった。
 異世界に来るなんて馬鹿げた話だが、俺の目の前にいた生き証人がそれを『ありえないわけではない』ことを証明している。

「……あの、ミホークさん」

「どうかしたか? ナマエ」

 そして現在、少し高い場所に陣取って俺を隣に座らせた相手が、こちらを見やって軽く首を傾げた。
 俺がいるのと逆隣りには酒瓶が置かれていて、すでに半分減っていることを俺は知っている。
 気に入らぬか、と尋ねて寄越された言葉に、俺は首を横に振った。
 俺がこの世界へやってきたとき、ミホークは俺を『保護』してくれた。
 ミホークいわく、俺がミホークへしたことを返しているだけとのことだが、まるでつり合いが取れていないと思う。
 俺がいた日本でこれだけ命の危険に晒されているのは、ドラマや映画の中の主人公たちくらいなものだ。
 そして、俺の命をとんでもない回数救った『鷹の目』ミホークは、安全圏であるという城へと俺を連れて行った後も、俺を連れてよそへ外出していくのだった。
 シッケアール城なんて名前のあそこはどうやらミホークの拠点らしいし、幾度か一緒に帰ってはいるが、海の上を行く日数の方が多い気がする。
 城を離れない限り安全だと言いながら俺を安全圏から連れ出すあたり、ミホークにどういうつもりがあるのか俺にはまるで分からない。
 しかしまあ、置いていかれるよりは連れて行ってもらった方が気がまぎれる。何よりミホークが俺を連れていくところは大体が未知のものばかりで、見て回るだけでも素直に楽しい。
 そして今回、春島の海域に入った時に俺の目を奪ったきれいな花を付けた木々が、今俺達の目の前に広がっていた。
 俺の知っている桜とよく似ているが、アパート裏の公園だってこんなにひしめいて生えてはいない。

「きれいですね」

「ああ」

 俺の言葉に頷いて、ミホークは片手を動かした。
 花を肴に酒を飲んでいる誰かさんを見やり、それにしても、と小さくため息を零す。

「…………海王類の上で花見をすることがあるとは、思いませんでした」

 思わず呟いて見やった下で、ぶすくれた様子の海王類が海から頭を出したままでぷかぷかと揺れている。
 その体はとても大きく、俺達が乗っている場所がこぶのように膨らんだ一段高いところであるせいで、島に生え並んだ木々を少し見下ろすくらいの高さになっていた。ミホークの船も一緒に乗っている。
 一見して動物虐待なのだが、相手はこちらを殺す気だったことを考えると、恐らく寛大な処置だ。
 島へと近付いたところで、まるで小舟を待ち構えていたかのようにミホークと俺が乗る船を襲ったお馬鹿さんは、ミホークによってすぐに倒された。
 ミホークが海王類を殺さなかったのは、ただたんに面倒だったからか、この間ミホークが海獣を両断したのを見て気分が悪くなった俺が一緒だったからだろうか。
 あの時は船酔いしていたために耐えられなかったというだけのことなのだが、もしも後者だとしたら『今は平気』だと思われても困るので、可哀想な海王類の為に俺はおとなしく口をつぐんでいる。

「高いところから見るのが好みなのだろう?」

 もう少し高い方がいいのか、なんてよくわからないことを言いつつ、ミホークがこちらを見て首を傾げる。
 高いところが好きなわけじゃないですよとそれに反論しつつ、俺は手元のものを持ち直した。
 先ほどミホークに分けてもらった酒は、全然減っていない。

「花を見ながら酒を飲むなんてこと、こっちでも出来るとは思いませんでした」

「酒も花も、どこでも変わらん」

「うーん」

 寄越された言葉に、こんなに強い酒はなかなかないとは思いますよ、と思いつつ声を漏らす。
 ミホークが好む酒の強さを考えるに、俺のところにいる時、時々一緒に飲んだ酒は、ミホークにとってはほとんど水のようなものだったんじゃないだろうか。
 それでも文句ひとつ言わなかった『鷹の目』の忍耐強さを考えると、酒が強いと文句を言う気にもなれない。
 少し考えてから、まあ確かに、と俺は頷いた。

「どっちにしても、ミホークさんが一緒にいるんだから変わらないですね」

 一緒に花見をしようと告げたあれは、本当に些細な口約束だった。
 偶然だったとしても、それを叶えてくれるあたり、ミホークはすごい大剣豪だ。
 俺の言葉に、ふむ、と声を漏らして、ミホークが酒瓶を揺らす。

「次は花見抜きで言わせてやろう」

「え?」

 何やら不穏な言葉が聞こえた気がして視線を向けるも、ミホークは平然とした顔でただ酒を呷っている。
 聞き間違いかと首を傾げた俺の下で、ぶしゅう、と海王類が不満げに息を吐いて波を揺らした。



end


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