空は青い (1/2)
※主人公は有知識トリップ主でローが好き
※主人公に若干のオタク要素ありにつき軽く注意?
今日は久しぶりの晴天だ。
天気がいいならと浮上した潜水艦の上、クルー総出で船の上や側面に群がり、海水にずっとまみれていた船体を掃除している。
ある程度は塗料が何とかしてくれるらしいが、やっぱり海の生き物や浮遊物がくっついたままになっていては『トラファルガー・ロー』の潜水艦が様にならないからだ。
数人のクルーと共に甲板を丁寧に掃除しながら、俺は額ににじんだ汗をぬぐった。
「はー……」
小さく漏れたため息に、すぐ隣で同じくデッキブラシを動かしていたペンギンがちらりとこちらを見る。
「働いてる合間にため息なんか吐くな」
こっちまで疲れるだろうが、なんて続いた言葉に、ごめんごめん、と言葉を投げた。
ブラシを動かす手を再開させて、ごしごしと甲板の上を擦る。
「せっかくのいい天気なのに、船長が起きてこないなァと思って」
人間と言うのは日光を浴びなきゃいけないものだ。
浮上を命じたローだってそれは同じはずなのに、すぐに部屋へと引っ込んでしまった誰かさんを思い浮かべて、軽く首を横に振る。
また船長の話か、とあきれた声を零したペンギンが、甲板の方へ視線を戻した。
「本当に船長が好きだな、ナマエは」
「そりゃもう」
寄越された言葉ににんまりと笑って、両手を動かす。
何せ、この船の船長はあの『トラファルガー・ロー』だ。
強いし優しいし格好いいとなれば好意を抱かないほうがどうかしていると思うし、俺以外のクルーだって、船長を慕っていなかったら船に乗っていないはずだ。
いつだって船長の役に立ちたいと思っているし、できればちょっとくらい好かれたいとも思っている。
俺の言葉にちらりとこちらを見やったペンギンが、その口からため息を零した。
「……さっき人に注意したくせに」
「おれはいいんだ」
思わずつぶやいた俺に対して、がき大将のようなことを口にしたペンギンの体が、俺とは逆方向に向けてブラシを動かしながら歩いていく。
「掃除が終わったら出てくるだろ。昨日も遅かったみたいだからな」
日光より睡眠のほうが大事だぞ、と続いた言葉に、それもそうかと頷いた。
目の下に隈をくっつけた誰かさんは、どうにも夜更かしさんだ。
夜に三回も茶を出しに行ったし、本に集中していたローは多分俺が眠ると宣言した後もずっと起きていたことだろう。
だとしたら起きてくるのは昼過ぎかな、なんて予想を付けて、俺はブラシを動かす手に力を込めた。
「それじゃ、船長が起きてきてびっくりするぐらいピカピカにしなきゃな」
とくにこの辺はローのお気に入りスポットだし、と甲板の一角、船内への扉と近いあたりをさらに丁寧に擦る。
甲板に出るとき、大体ローはこのあたりにいる。
確かにここは立っても座っても海が見えるし何かあればすぐに船内に入れるし、背もたれになる壁もあり、いい風も吹き込みやすい場所だ。
気持ちのいい場所を知っているなんてまるで猫みたいだなあなんて思いながら、後ろをついて回っていた俺も好きになった場所だった。
「あんまりこすりすぎて船体に傷をつけるなよ」
「わかった!」
ローを喜ばせたいあまり力の入った俺へ、ペンギンの方からそんな注意が飛ぶ。
それに答えて両手を動かし、俺は引き続き甲板を掃除した。
※
俺が『この世界』へとやってきたのは、一年ほど前のことだ。
コンビニに入ったと思ったら違ったのだから、まるで意味が分からない。
足を踏み入れた先がコンビニの店内でないことにすごく驚いて、こちらをじろりと見やった何人ものつなぎ集団が怖く、慌てて戻ろうとしたのに後ろにはもう自動ドアはなかった。
ぶわりと冷や汗がにじんだ俺はつなぎの集団に捕まえられて、その中で唯一つなぎを着用していなかった人間の前に引っ立てられたのだ。
『てめェ、能力者か?』
そうして訊ねてきた目の前のコスプレ男に、とんでもなく感動した。
ここまで完成度の高いコスプレを見たのは初めてだ。
しかも、それは俺があの『漫画』で一番好きなキャラクターだった。
よくよく見まわしてみれば周りのつなぎ集団もどうやら『あの海賊団』のコスプレ集団のようで、そういうことをする人たちにそこまで悪い人はいないだろうと勝手な仲間意識を持った俺が瞳を輝かせてしまったのは、まあ仕方ないことだと思う。
『お兄さん、それ、格好いいですね!』
撮影会だったんですか、邪魔してごめんなさい、俺も一枚撮らせてくれませんか!
立て続けに言葉を述べた俺に対して、『トラファルガー・ロー』のコスプレイヤーはとてもおかしな顔をした。
ご本人様だったという事実に俺が気付いたのは、それから数時間後のことだ。
発覚してしまうと自分のオタクっぽさ全開だった発言が猛烈に恥ずかしくなったが、ロー達はさらりと俺を許してくれた。
それどころか俺の『異世界から来た』なんていう荒唐無稽な話を信じてくれて、俺を『仲間』の一人にしてくれたのだ。
何とも優しい海賊団に感謝して、大好きな『トラファルガー・ロー』に尽くしていこうと心を決めてから、もう一年が経つ。
じわりと人数を増やして、ハートの海賊団はもうじきグランドラインへと入るところだ。
「そうしたら、こんな風に甲板でごはんなんて難しくなるのかもなー」
「ふぉうなおふぁ」
「口に物を入れたまま喋んないでくれよシャチ」
しみじみつぶやきつつ、きれいになった甲板の端で本日の昼食を頂いていると、傍らで同じようにおにぎりを口にしていたシャチがもごもごと口を動かしながら言葉を放った。
それに対して注意すると、さらにもごもごとよくわからないことを言いながら、おとなしくその口が食べ物を噛みしめる。
口の中身を飲み込んでから、半分になった昼食を片手に、シャチが改めてこちらを見た。
「ナマエ、案外調べもんうめェよな。グランドラインのこともしっかり調べてたしよ」
「案外って」
褒められているのか貶されてるのか分からないそれに笑って、視線を海の方へと向ける。
彼方に広がるレッドラインの向こう、常識外れの海のことを、俺は『漫画』で知っていた。
しっかり読み込んでいた勢としては、ログポースくらい用意しようと手を尽くすものだ。
俺が見つけて買ってきたとんでもなく高かった不思議な磁石は今ベポの懐にあって、これから先の出番を待っているところである。
ついでに資料をあさればあさるだけ、グランドラインとは一般的な常識から外れていて、危ない海域では基本潜水していこうという方針で話がまとまっていた。
今までより日光を浴びる時間は限られているようなので、今日は天気が変わるか時間になるまで甲板にいることにしよう。
「シャチ、この後暇か?」
大きく口を開けて残りのおにぎりを詰め込んだ隣の相手に、そんな風に言葉を投げる。
頬を膨らませてもぐもぐと口を動かしながら、んん? と声を漏らしたシャチが首を傾げた。
「いや、暇だったら組手してくれないかと思って」
シャチへ対してそう言うのは、俺がどう考えても弱いからだ。
一応、一年も『海賊船』に乗っていて少しは度胸もついたと思うのだが、人に殴り掛かったことなんてなかった俺に戦闘というのはハードルの高いものだった。
間違いなく弱い俺でもハートの海賊団のみんなは仲間として扱ってくれてるが、少しは強くなればもうちょっと役に立てるんじゃないかと思って、隙を見ては筋トレしたり誰かに稽古を頼んでいる。
俺の言葉に軽く首を傾げて、さらにもぐもぐと口を動かしたシャチが、その目をどうしてかちらりと俺の後ろ側へ向けた。
それに気付いて振り返るより早く、どす、と俺の腰が軽く蹴られる。
「うっ?」
驚いて体が傾ぐ前に、おにぎりを持ったままだった手が他の何かにつかまれて、ぐい、と上へ引っ張られた。
視線を向ければ、俺の昼食に噛みついた男がそこにいる。
帽子の下からじろりとこちらを見下ろして、もぐもぐと口を動かした相手に、あれ、と思わず声が出た。
「船長、おはよう」
昼過ぎまで寝ているかと思ったが、少し早く起きてきたらしい。
俺の言葉に『おう』と返しながら、ローがさらに俺の昼食にかじりつく。
持っていた半分以上が食べられてしまって、手放された俺の手には多少米粒がくっついている程度なものだった。
おなかが減っているならキッチンの方へ行けば出来立ての美味しいおにぎりがある筈なのだが、まっすぐここへ来てしまったのだろうか。
「おにぎり、もらってこようか?」
逃がされた手を見やってからそう尋ねると、ローの眉間にどうしてかしわが寄る。
それからもう一度軽く背中を蹴られて、いらねェ、と声を漏らしたローは俺から離れていった。
いつもの場所へ向かっている相手を見送って、軽く首を傾げる。
「まだ眠いのかな」
いつもの場所に座ったローは、俺が丁寧に磨いたそこにごろりと横になってしまった。
いい天気だからすでにすっかり乾いているが、甲板よりもベッドで寝たほうが気持ちいいのではないだろうか。 そんな風に呟いてから、自分ができることを少しばかり考えて、はっ、とわずかに目を見開く。
それからすぐに視線を傍らへと向けて、ごめん、とシャチに謝った。
「今日はやっぱり、組手はなしで」
「おう、わかった」
口の中身を飲み込んだらしいシャチが、ぺろりと手を舐めつつ返事をくれる。
行儀の悪いそれに自分の手を見下ろしてみたが、同じようにするには少しハードルが高かったので、俺は無理やり視線を手元から引きはがした。
それからすぐにシャチの隣を立ち上がり、船内へと走って戻った。
手を洗って、必要な物を持ってすぐに甲板へとって返す。
戻った先では、すでにシャチが移動していた。木箱の横でベポと話している背中を見やりつつ、すぐそこに転がっているトラファルガー・ローへと近付く。
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