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ぼくはきみのもの
※なんとなくトリップ系主人公はドンキホーテファミリーでトリップ特典:怪力



 ばき、ともどか、ともつかない物音が唐突に室内へと響き渡り、シーザーはびくりと跳び上がった。

「な、なんだ!?」

 手には扱っていた薬品を持ったまま、驚きのあまり体の一部をガスに変えて、慌ててその顔が後ろを振り向く。
 その目の前でさらに大きく音が鳴り響き、施錠してあった外開きの扉が内側へ向かって開かれた。

「ハッピバースデーディーアシーザー」

 調子の外れた間抜けな歌声と共に、襲撃者がひょいと顔をのぞかせる。
 無表情で無感動な顔を晒されて、シーザーは驚いたりわずかに怯えてしまったのが馬鹿らしくなってしまった。

「何をしてやがるんだ、ナマエ……」

 思わずうなった先で、扉があかなかったから、と言い放ったナマエの足が内側に倒れたドアを踏む。

「そこは外側に開くって言っただろうが! 大体、鍵が掛かってんだよ!」

「え? あ、本当だ」

 シーザーの主張に蝶番と鍵穴を確認したのか、まるで悪びれた様子もなくごめんねと謝罪して、ナマエはそのままずかずかと部屋の中へと入り込んできた。
 遅くなったこの時間、警備をさせている連中が近くを通っていなくてよかったと考えながら、シーザーの口からため息が漏れる。
 近寄ってきたナマエが、両手で抱えていた大きな箱を薬品の並ぶ机の端に乗せて、軽く首を傾げた。

「シーザー、ため息は幸せを吐き出すって迷信を知らないのか?」

「迷信を信じるような馬鹿だとでも?」

「なんでもありのこの世界じゃあ、あながち迷信とも言えないかもしれないよ」

 シーザーへ向けてそう言い放つ、ナマエの顔は相変わらずの無表情だ。
 表情筋が動かないこの男が、まるで『世界』を外から見たような言い方をするのは、いつものことだった。
 ナマエは、シーザーが気付いた時には『ジョーカー』に拾われていた男だった。
 シーザーが『ジョーカー』を頼るように、と言うよりは、あの王下七武海の『ファミリー』がそうするようにドンキホーテ・ドフラミンゴを慕っているナマエは、どうしてだかこうしてよくシーザーのもとを訪れる。
 もちろんその際は何かしらの『ジョーカー』からの伝言や用事があってのことだが、前までだったならモネや他の幹部達であるときだってあったというのに、今となってはナマエ以外の顔はほとんど見ない。
 一度不思議に思って尋ねたシーザーに、ナマエはいつも通りの無表情で『会いたいから』と口にしただけだった。
 何の感情もこもって見えなかったそれを信用できるほど馬鹿ではないので、何かしら『ジョーカー』の思惑があるのだとはシーザーにもわかるが、賢いシーザーでもこれだけ情報量が少ない中では答えを見いだせない。

「それで、今日は何の用だ?」

「そうそう、これは『ジョーカー』から」

 シーザーの問いに、ナマエはポケットからひょいと四つ折りにされた紙を一枚取り出した。
 手に持っていた試験管たちを試験管立てへと移動させたシーザーが、ふわりとガスを漂わせながら伸ばした手で捕まえて、それをぺらりと開く。
 中身は幾分かの走り書きで、確かに『ジョーカー』の文字だった。
 中身を確認し、証拠隠滅のためにも後で燃やそう、とそれを懐へしまい込んでから、シーザーは軽く首を傾げる。

「『ジョーカー』からはこれだけか?」

 それならば、机の端に乗せて今も支えているその大きな箱は何だというのか。
 不思議そうなシーザーの言葉に、ああ、と声を漏らしたナマエがずるりと箱を机の中央側へ押しやる。
 その際にいくつかの薬品を押しやったので、シーザーは慌てて倒れる寸前のビーカーたちを回収した。

「馬鹿野郎! 人の薬になんてことしやがるんだ!」

「ごめんごめん、零れた?」

「誰が零すか!」

 謝罪の気持ちを感じない言葉にさらにシーザーが声を上げると、それならよかった、とナマエが言う。
 その手が改めて箱に触れ、真上にあったリボンがするりとほどかれた。

「よいしょ」

「…………なんだ、こりゃあ」

 そうして箱を開かれて、出てきたものにシーザーの口が怪訝そうな声を漏らす。
 現れた箱の中身は、真っ白なクリームを塗りたくった二段重ねのケーキだったからだ。
 あちこちにみずみずしい果物が飾られていて、開かれた途端にふわりと甘い匂いが漂う。
 そういえば今日はまだ昼食すら食べていなかった、と思い出してしまったシーザーの腹がわずかに音を立てて、シーザーの手が慌てて自分の腹を軽く抑えた。

「おなかすいてるのか」

 それを聞いて首を傾げたナマエが、それじゃあ早速食べよう、なんて言いながら持ってきたらしい皿とフォークを取り出す。
 ナイフすらないまま無造作にケーキへ突き立てようとしたそれに、シーザーは顔をしかめた。

「いらねェよ、何が入ってるか分かったもんじゃねェ」

 シーザーのことを守ってくれる『ジョーカー』のことは、とても信頼している。
 けれども、ナマエと言う男はシーザーにとって、ほとんど未知の相手だった。
 何度も顔を合わせるが、いまだにシーザーはナマエが笑った顔すら見たことがない。
 ましてやナマエは今日のように、突拍子もないことをしては迷惑をかけてくるのだ。
 その体で生まれて育ったくせに、『いまいち力の加減が分からなくて』なんて嘘まで言う始末の男に、何度部屋の備品を壊されたか分からない。
 間違いなく疑ってかかっているシーザーの言葉に、ナマエはごそりとケーキの一角をフォークで崩して皿へのせた。

「中身は、スポンジケーキとクリームとフルーツしか入ってない。あ、下半分はチョコも入ってるけど」

 そっちがよかったか、とさらにもう一度フォークを扱う相手に、そういうことじゃねえよ、とシーザーが唸る。

「大体、なんでケーキなんだ」

「ん? さっき言ったじゃないか」

 言葉を重ねたシーザーに対して、二回分のケーキを皿へと乗せたナマエが言葉を放った。

「ハッピーバースデー、シーザー」

 今日誕生日だろ、なんて言いつつ、近寄ってきたその手がひょいとクリームまみれのフォークでケーキをひとかけら差し出してくる。
 食べろ、と押し付けてくるそれに目を眇めて、シーザーは顔を逸らした。

「ガキじゃあるまいし、このおれ様への誕生日プレゼントがケーキだと? 馬鹿にしてるのか」

「なんだ、欲しいものがあったのか」

 それなら事前に言ってくれないと、なんて言いながらさらに動いた手が、ぐり、とシーザーの口の端にケーキを押し付けた。
 引き結んだままの唇にぐりぐりとクリームを塗りたくられて、やめろ、と怒鳴るつもりで開いた口にずるりとそのまま押し込まれる。
 驚いて体をのけぞらせてもそれから逃れられるはずもなく、結局一口分のケーキを口に含まされてしまったシーザーは、盛大に顔をしかめた。
 口の中でクリームがとけて、しっとりとしたスポンジがフルーツと合わせてその甘さを染み渡らせる。
 思わずもぐりと咀嚼してしまったのは、その場で吐き出すなんて行為を行えば、自分の研究室の床が汚れてしまうからだ。
 そのまま仕方なく飲み込むと、すっかり空腹を思い出してしまっていた胃が甘い塊を歓迎した。

「…………」

「はい、もう一口」

 口についたクリームをぬぐい渋面を作ったシーザーへ、ナマエがまたケーキを差し出してくる。
 しばらくそれを睨み付け、それから仕方なくシーザーが口を開くと、先ほどとは違う一部分らしいケーキがシーザーの口へと入り込み、チョコレートの甘さが舌を刺激した。

「甘いの好きだよな、シーザーは」

「……そんなガキみてェな、んぐ」

 シーザーを眺めて寄越された何とも不名誉な評価にシーザーが反論すると、その隙を狙いすましたナマエの手がケーキを押し込む。
 相変わらず無表情なその顔が、どことなく面白がっているように見えて、シーザーはますます顔をしかめてしまった。
 それでももぐもぐと口を動かしているのは、今日は頭を使っていて体が糖分を欲していて、何より空腹だったからだ。それ以外にある筈もない。

「それで、シーザーの欲しいものって?」

 数回にわたってシーザーへケーキを運び、そして皿の上がすっかりなくなった頃に手を止めたナマエからの問いかけに、片手でもう一度口元をぬぐったシーザーはごくんと口の中身を飲み込んだ。
 『欲しいもの』と言われても、先ほどのあれはケーキを贈られた事実に対して嫌味を言っただけで、別にシーザーに何か特別欲しいものがあるわけでもない。
 もっとも欲していた『評価者』も『庇護者』も『研究材料』も、シーザーはここ数年で手に入れた。
 しいて言うなら今欲しいものは『実験の成功』だが、それは自分の手で成し遂げなくてはなんの意味もない。
 眉を寄せたシーザーに、言いにくいものなのか、とナマエが首を傾げる。
 どことなく不思議そうにも見えるその顔を見やってから、少しだけ考えたシーザーは、その視線をちらりと部屋の入口へと向けた。
 そしてそれから少し甘ったるいため息を零して、片手を扉の方へと向ける。

「あの扉をきちんと直せる奴が欲しい」

 やらかしたのだからナマエが直すのこそが当然なのだろうが、シーザーの目の前の男は『ジョーカー』の伝令だった。
 仕事が終われば早く帰らなくては、『ジョーカー』に何らかの不都合が生じてしまうかもしれない。
 業者でも手配していけ、と言葉を紡いだシーザーへ、ああ、と声を漏らしたナマエが同じく扉を見やる。
 それから少しだけ考えて、その目がシーザーへと向けられた。

「それって俺でもいい?」

「………………ああ?」

 寄越された問いかけに、シーザーはわずかに目を丸くする。
 その間にちょっと待っててくれと言葉を落としたナマエは、部屋の一角においてあった電伝虫へとその足を向けた。
 シーザーが後ろから見ていてもわかるくらい恐る恐ると受話器を掴んで、どこかの番号へ電話を掛ける。

「あ、『ジョーカー』? 俺俺、俺だけど」

『フッフッフ! どうした、ナマエ』

 何ともぞんざいな挨拶に笑い声を返した電伝虫に、シーザーはそれが誰宛ての連絡なのかに気が付いた。
 驚いている間にいくつかの会話を交わし、『休み』をもぎ取ったナマエがそっと電伝虫へ受話器を乗せる。
 それからくるりと振り向いて、無表情のままにその片手が拳から人差し指と中指を立てた。

「三日くらい休み貰えたから、俺が直すよ」

 俺が壊したんだし、と何とも常識人のような言葉を口にした男に、シーザーは目を瞬かせる。
 それを見やり、ナマエは無表情のままで元いた位置まで戻って、先ほどほどいたリボンを手に取った。
 くるりとそれを自分の首へ巻きつけて、いびつな形でリボンを結ぶ。

「それじゃあ、今年のプレゼントは『俺』っていうことで」

 なんでもするよ、大事にしてね。
 無表情のままでそんな言葉を寄越す男の真意が、シーザーには分からない。
 だがしかし、シーザーがどんな無理難題を言ってもそれを遂行したナマエと言う男に、なんとなくそこまで危険な奴ではないのかもしれないと、シーザーはうっかり思ってしまったのだった。



end


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