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睦み合う仲
※目隠しシリーズ



「ナマエ〜」

「あ、エースせん……」

 甲板の清掃を終えたところでふと声を掛けられ、見やった先にいた相手の顔に反射的に呼びかけてしまったナマエは、言葉の途中で口を閉じた。
 おかしな風に呼びかけた相手に、まだその癖ぬけねェのかよ、と近寄ってきたエースが笑う。

「もう結構経つだろ」

「いや、今のはちゃんと呼んでいないから、大丈夫ってことで一つ」

「んー……仕方ねえな!」

 寄越された言葉に軽く首を傾げてから、あっさりとそう言い放ったエースの手がナマエの肩に触れ、それからぐいと引き寄せた。
 近寄ってきた顔に戸惑って目を丸くしたナマエへ向けて、元スペード海賊団の船長が言葉を囁く。

「それで、サッチとはどうなんだよ」

 ひそり、と寄越されたそれに、ナマエはぱちぱちと目を瞬かせた。
 サッチと言うのは、つい先日晴れてナマエが手に入れた、ナマエの恋人殿の名前だった。
 恋人なのだからもちろん想いを伝えあっているし、ナマエとサッチは男同士なのだからそれ以上の進展はない。
 何を聞きたいのだろうか、と不思議そうな顔をしたナマエへ、エースも不思議そうな顔をする。

「なんだよ、のろけとかねェのか」

「のろけって」

「普段、お前らあんまり変わんねえからよー」

 そんな風に言い放ち、エースの手がぱっとナマエの肩から離れる。
 言われた言葉に、そうだろうか、とナマエは首を傾げた。
 モビーディック号の厨房を預かる四番隊長がナマエに惚れてくれたという奇跡は、ナマエが気絶している間にどうしてだかすっかり船内に広まってしまっていて、色々なことでナマエはサッチと二人にされることが多くなった。
 二番隊隊長であるエースももちろんそれに噛んでいるのはわかっているし、二人きりになることが多いというのは、十分な『変化』ではないか。
 不思議そうな顔のままのナマエを見やって、エースがひょいと自分の帽子をかぶり直した。
 それからまたも顔が近づいて、帽子から張り出したつばがナマエの額を攻撃する。

「例えばほら、二人きりの時になんて呼び合ってるのかとか?」

 今度の宴で聞き出してやるってイゾウが言ってたぞ、なんて言い放ってにかりと笑ったエースに対して、ええと、とナマエは声を漏らした。
 二人きりの時にと言われても、と瞳を揺らして、その口が言葉を紡ぐ。

「……サッチ隊長は『サッチ隊長』だけど」

 何かおかしいのかと言葉を漏らしたナマエに対して、エースはどうしてかとても呆れた顔をした。







「ナマエ?」

 恋人の様子がおかしい、とサッチが気付いたのは、夜のことだった。
 新入り達がサッチから片付けを取りあげてしまったことで出来た二人だけの時間を、せっかくだから二人で過ごそうと私室に誘ったのはサッチだ。
 拒む様子もなくおとなしくついてきたはずのナマエが、どうしてかとても緊張した面持ちで椅子に座っている。
 がちがちに緊張した様子に、サッチは軽く首を傾げてから、少しばかり眉を寄せた。

「……そんな緊張しなくても、頭から食っちまったりしねェぞ?」

 確かに私室に誘い込んだが、明日も明後日も航海は続くのだ。
 サッチより間違いなく経験の浅いナマエに無体を強いるつもりはなく、ただ二人で過ごしたいと思って誘っただけのことだった。
 確かに少しくらいスキンシップはとりたいところだが、いやだというなら無理強いをするつもりもない。
 これだけ意識しているとなると、誰かに何かを吹き込まれたのだろうか。
 数人の顔を脳裏に浮かべ、今度は何を言われたんだ、とまで考えたサッチの前で、いやその、とナマエが声を漏らす。
 その目がちらりとサッチを見て、それから慌てて伏せられた。
 どことなく恥じらう様子のそれは珍しくて、サッチがわずかに目を見開く。
 サッチのその様子に気付くことなく、目を伏せたままのナマエが、その、ともう一度声を漏らした。

「ちょっと、考えてたんですが」

「お、おう?」

「年下が生意気言うようなものなので、嫌だったらちゃんと、言って欲しいんですが」

 言葉を重ねて、サッチに比べて小さく、あの日サッチを庇い受けたいくつもの傷のうちの一つを受けた掌が、その膝の上で軽く拳を握る。
 それを見やり、どうしたのだろうかと戸惑ったサッチの前で、ナマエの顔が赤らんだ。
 眉すら寄せているその姿は、たまにサッチが迫った時の困り顔に似ている。
 そう気付いてしまったサッチが軽く自分の口元に手を当てたところで、意を決したようにサッチのほうへ顔を向けなおしたナマエが、言葉を放った。

「……サッチ!」

「…………」

 そうして放られた自分の名前に、サッチがわずかに身を強張らせる。
 それを見上げながら、これからは二人の時だけそう呼んでもいいですかと、ナマエが言葉を放った。
 やはり顔を赤くして、間違いなく恥じらいながらも真剣なまなざしをサッチへ向けている。
 それを見下ろし、しばらく押し黙ってからそっと相手から目を逸らしたサッチは、口元を手で隠してから言葉を零した。

「……今は駄目」

「えっ?」

 放られたサッチの言葉に、ナマエが困惑した声を上げる。
 それもそうだろう、サッチだって逆の立場だったなら、盛大に戸惑うに違いない。
 たかだか名前で呼ばれるくらい、どうということでもない。
 むしろ『恋人』のナマエはいつだってサッチのことを『サッチ隊長』と呼んでいて、その距離を相手側から詰めようとしてくれているのだから、嬉しいことであるはずだ。
 けれども、よく知っている声音が綴ったそれの破壊力が、サッチの口元をだらしなくさせてしまっている。
 そんな顔、大事な恋人に見せられるはずもない。

「あの、サッチ隊長……?」

「あと一時間な。一時間したら、いいから」

 顔の下半分を隠したまま言葉をつづったサッチに対して、戸惑った様子のナマエがこくりと一つ頷く。
 後からエースの差し金だということを聞き出したサッチは、翌日の誰かさんの朝食の肉を一枚増やしてやったのだった。


end


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